何も出来ない王 01 —会合の始まり—
その日の夕方。だいぶ待ってしまったが、いよいよ魔法兵団長グリーシアさんとの会合の時間だ。なのだが——。
私は馬車から降り、目の前の建物を見上げた。
「あの、サイモンさん……会合って、ここでやるんですか?」
「ああ、そうだが。こちらから出向くのが、礼儀というものだろう」
うー、確かにそう、そうなんだけどさあ——。
——私達の目の前には、サランディア城がそびえ立っていたのだった。
「どうした、莉奈。キミは初めてではないのだろう?」
「……うう、そうなんだけど、私が入ったのはそこの兵舎の詰所だけだから……」
グリムの問いに、プルプル身体を震わせる私。まずいぞ。こんな普段着で来てしまって、果たしていいのか?
私は、アルフさんからもらった魔法の白い布を仕立て屋に出してしまったことを後悔する。いや、さすがに布に包まれた姿はそれはそれで失礼か?
私はソワソワしながらグリムに小声で尋ねてみた。
「ねえ、グリム。この世界のこういう場面でのドレスコードってどんなんかな……」
「ああ、それを気にしていたのか。大丈夫だ。私の服装についてすら、サイモンは何も言ってこないからな」
——確かに。
グリムの格好はいつもと変わらず、ブカブカのトレーナーに生足をさらけ出しているという、この世界ではカジュアルすぎる姿だ。
それに加えて『東の魔女』セレスさんから貰ったゴーグルを首にかけていて、耳にはインカムっぽいのをつけているというスタイル。どんなコンセプトだよ。
そのグリムの珍妙な格好に何も言わないのなら、こういった場面でのドレスコードは特に無いのかもしれない。
「それではご案内いたします。こちらへ」
「ああ、よろしく」
兵士の人に案内され、城の中へと入っていく私達。
サイモンさんはこういった事に慣れているのか、実に堂々としている。まあ、ギルド長を務めてるんだし当然か。
グリムは興味深そうに辺りを見回してるし、エンダーさんはすれ違う人にピッと指を振ったりしている。多分私だけだ、緊張してるの。
私は歩きながら、またまたグリムに尋ねる。
「……ねえ、城ってことはさ。ノクスさんに会っちゃうかな……?」
そう。この会合に私達が参加していることがバレれば、誠司さんに話が行ってしまうかもしれない。そうなったら困る。
——もう、あの家族に、余計な心配はかけたくない。
少しうつむいてしまう私の横で、グリムは視線を宙に預けながら答えた。
「ふむ。可能性はあるかもな。まあ、それならそれで、丸め込めばいいだけの話だ。むしろ知られるのは時間の問題だろうから、会えた方が私としては都合がいいな」
「……あはは、そっか。任せるよ……」
——まあ、その辺はグリムに任せとけば問題ないだろう。仮に会ってしまったとしても、彼女の言う通り、きっと上手く丸め込んでくれるはずだ。きっと。
廊下の突き当たりの部屋の前で兵士さんは立ち止まり、その扉を開ける。
中はちょっと広めの応接間っぽい造りになっており、魔術師のローブを羽織った女性が私達を出迎えてくれた。
「ご無沙汰しております、サイモンさん。サランディア国魔法兵団長の、グリーシアです」
「久しぶりだね、グリーシア君。今日は無理を言ってすまなかった」
「いえ、構いません。少しでもお役に立てれば——」
そう言いながらグリーシアさんはこちらの方をチラリと窺う。うっ。この部屋には護衛らしき兵士さんが他にも二人ほどいるが、その人達も横目で私の方をジロジロ見ている。やはり相応わしくない服装だったか——。
なんとか平静を装おうと努める私だったが、グリーシアさんは私の方に向き直る。
「——こちらの黒髪の女性が、リナさんでしょうか」
「は、はい、ごめんなさいっ!」
「……?……『白い燕』の話はお伺いしております。お会い出来て光栄です」
グリーシアさんは私に深々と礼をする。待って、やめて、作法とかわかんない。とりあえず私も倣って、グリーシアさん以上に深いお辞儀をしてみる。
「こ、こちらこそです! 今日はよろしくお願いします!」
なぜ私のことを——と思わなくもないが、私が来る事は伝達済みだったのだろう。それに『白い燕』の話はこの国で流行っちゃってるみたいだし、なによりノクスさんという共通の知り合いがいるのだ。私のことを知っていても不思議ではない。
その後グリムとエンダーさんも挨拶をし、私達は勧められるまま席につく。上座とか下座とかわかんない。まあ、空いた席に座っておけば大丈夫だろう。
途中で侍女らしき人が入ってきて、私達に紅茶を淹れてくれる。口をつけてもいい物なの、コレ?
こうして皆が落ち着いた頃合いを見計らって、サイモンさんは話題を切り出した。
「さて、まずはこの場を設けてくれたこと、感謝する。更には私の『知人』達まで同席させてもらえるとは——」
「ふふ。いいんですよ、サイモンさん。そちらにも体裁はあるでしょうけど、でも、『白い燕』の力になるのは王の願いでもあるんですよ」
——ズルッ
と、なるのを必死にこらえる私。フォーマルな場じゃなかったら床にめり込んでたぞ、おい。王ってなんだよ王って。ノクスさんか? あのオヤジ、また余計なこと吹き込んだのか!?
「……どうされました?」
「あ、いえ、なんでも、あはは……」
不思議そうに首を傾げるグリーシアさんに返事をして、私はシャキッと背を伸ばす。その様子を見たサイモンさんは咳払いをして、質問を始めた。
「それでは、始めようか。まず、そうだな……君が会ったのは、本当に『厄災』ジョヴェディで間違いないのか?」
「——はい。と言っても、私は『魔人エンケラドゥス』時代の写真しか見たことはありませんでしたが。しかし、伝え聞く印象とは一致しておりましたし、何よりあの魔法の数々、そして『エリス様に殺された』と言っておりましたので、まず間違いないかと」
と、その時。不思議な表情でグリムが口を開いた。
「横から失礼。『伝え聞く印象』とは? 過去の外見と変わったところでもあったのかな?」
「——はい。当時見た者の話では少し若返っており、こう、何というか……不謹慎ですが『神々しい』『美しい』という印象を持ったそうです。そしてその印象は、私も感じてしまいました……」
悔しそうにうつむいて発せられるグリーシアさんの言葉を受け、ふむ、と考えるグリム。サイモンさんが怪訝な表情で尋ねた。
「どうしたのかね、グリム君。それが何か……?」
「いや、失礼。私は『厄災』メルコレディしか見ていないが、同じ印象を持ったものでね。どうだ、莉奈。ルネディやマルテディも『美しい』のか?」
なんだ、その抽象的な質問は。それって個人の主観によって左右されるんじゃないか? でも——。
「あー、うん。ルネディやマルティも、外見に関しては、なんていうか『完璧』さは感じたかな……」
うん。言葉では上手くいえないが、なんていうか整い過ぎている印象を受けた。あの娘達は、『美しい』。
「ああ。私はメルコレディを見て不思議な印象を持った。『完璧過ぎる』とね。『厄災』化の影響なのかは分からないが、『厄災』達はベースはあれど『造られた存在』と断定して問題ないだろう……いや、すまないな。話が横道に逸れてしまった。続けてくれ——」
——私にとっては、もう、知っている情報。しかし、私はこの時のグリムの言葉を、しっかりと胸に刻み込んでおけば良かったと後悔することになる。それは、近くて遠い、やがて訪れる未来のその時に——。