月の集落のエルフ達 06 —顛末—
洞穴の中は、その入り口の大きさから想像するよりも、ゆったりとしたスペースが広がっていた。
その開けたスペースには、大人の容姿をしたエルフが二人、子供の容姿をしたエルフが三人、申し訳程度の敷物の上に座っていた。
彼らは入って来た誠司の姿を認めると、各々が誠司の名を呼び、そして恭しく礼の姿勢をとる。
誠司が、いいから、と手で示すと、その内の一人、大人のエルフが立ち上がり誠司に尋ねた。
「エリス様は、御息災でいらっしゃいますか」
その言葉に事情を知る四人は顔を見合わせる。やがて誠司は腰を下ろし、地べたに胡座をかいた。そして、昨晩レザリアに語った様に、エリスの話を彼らにも語って聞かせた——。
「——そんな……エリス様が……」
ナズールドを始め、その場にいるエルフ全員がショックを受けていた。
子供のエルフの中には、泣き出す者までいる。そんな彼らの様子に誠司は頭を下げて礼を言う。
「君達にそこまで思ってもらえて、エリスは本当に幸せ者だったと思う。ありがとう」
「セイジ様……」
沈痛な表情を浮かべ続けるエルフ達。だが今は、感傷に浸っている時間はなかった。
「さて、気持ちは嬉しいが、今は君達の問題の方が先決だ。その為に私達は来たのだからね。大体の事情は把握しているつもりだが、どうしてこんな事になっているのかを君達の口から聞いておきたい」
「——それでは、私から」
誠司の言葉にナズールドが手を上げ、襟を正し話し始める——。
「——あれは三日前の事です。この集落に連中が現れました。どうしてこの場所が分かったのかは、定かではありません」
「それについては先程しめ上げた男の話によると、街まで買い出しに来ていたエルフの跡を尾けた、との事だ」
誠司の言葉にエルフ達が呻く。「ニーゼか……」「あの娘はまだ慣れてないから……」そんな声が聞こえる。
「跡をつけたのは、どうやら腕利きのスカウトだったらしい。あまりその者を責めないでやってくれ」
その誠司の言葉を聞き、レザリアが挙手した。
「——私もセイジ様の家へ向かう途中、跡をつけられました。恥ずかしながら私の実力ではその尾行に気付く事は出来ませんでした。しかもそいつの強さは、私の数段上に位置していたのは間違いありません」
レザリアの言葉に「あのレザリアが……」と、どよめきが起こる。そのエルフ達をゆっくり見渡して、レザリアはスゥーと息を吸って、続ける。
「ですが! 情け無くも気を失ってしまった私の元に! セイジ様が颯爽と駆けつけ! その輩を一刀の元に斬り伏せたのです!」
おおっ! と歓声が起こる。子供エルフなんか目をキラキラさせている。
だいぶ話が盛られてきたな、と莉奈は苦笑しつつ、すっかりうな垂れれている誠司を心の中で応援する——頑張れ誠司さん、自己責任だぞ。
「……ナズールド、続けてくれ」
「——はい、レザリアの命まで救って下さった事、感謝申し上げます。それで、大勢——二十人くらいでしょうか、に襲われた私達は、戦える者は応戦、戦えない私達は子供達を守りながら距離をとりました」
ナズールドは正確に思い出そうと、目をつむり上を向いた。
「戦える者、といってもこちらは六人ですが、戦況は優勢でした。ただ、相手に何人か腕利きの者がいて、なかなか攻め崩せないという状況が続きました。しかし、ある時を境に突然相手が一斉に引いていったのです」
誠司は頷きながら黙って聞く。
「——場所を知られてしまった焦りか、戦闘員は深追いしてしまいました。その時、ピンク色の霧が広がってきて、一人、また一人と倒れて行ったのです」
「……それは睡眠魔法だな——ヘザー」
口を開いた誠司は、振り返らずにヘザーに話を振った。
「はい。寝付けなかったり、子供を寝かしつける時に使用される『子守唄の魔法』は日常的に広く使われていますが……その規模ですと高位の魔法『深き眠りに誘う魔法』でしょうね。詠唱に時間がかかるのが難点ですが」
「この規模の集落を襲うにはうってつけ、という訳だな」
誠司とヘザーのやり取りを聞き、ナズールドが歯噛みする。
「……なるほど、奴らは囮だったのですね。詠唱に勘付かせない為の」
通常、魔法の詠唱中は魔力があふれてしまう。相手に魔法を使える者がいた場合、その者の才覚にもよるが気づかれてしまう恐れがある。
エルフは弓の得意な者が多い。詠唱に気づかれ狙われてしまったらアウトだ。なかなか狡猾じゃあないか、と誠司は敵ながら感心する。
「……それで私達はマズいと思い、避難する事を決意しました。後方で戦っていたお陰で魔法から逃れられた二人の護衛を伴い、森の道なき道を通って、私と子供達しか知らないこの隠れ家へと到着しました。幸い、追手はありませんでした」
「よく決断したね。もし、倒れた仲間を救おうとしていたら被害は広がっていただろう」
「この様な時は子供達を最優先する、と決めておりましたので。いや、正直に申しますと他になす術がなかったというだけですが。そして、護衛の二人は様子を見てくると出て行ったきり……戻ってきておりません」
そう言って、ナズールドはうな垂れる。自分の決断は果たして正しかったのか、と。そんなナズールドを、誠司は励ました。
「顔を上げろ、ナズールド。結果論かもしれないが、君は最善の選択をとった。襲撃に遭いながらも、集落十三人が全員生還出来る可能性がある道を、ね」
ナズールドが頭を上げ誠司の顔を見る。それは一体——と誠司の言葉の意味を咀嚼しようとする。
「まず、私が知っている情報を話そう。先程の話に出ていた魔法により眠らされてしまったエルフは四人。その者達は全員女性でいいかな?」
「はい、仰る通りです」
「——残念ながら彼女等は拐われてしまった。集落を襲った『人身売買』の集団によってね。食糧なども奪われてしまったようだ。それと、様子を見に行ったのは二人とも男エルフだと思うが——彼等も残念ながら手傷を負ってしまい、今は何処かに潜伏していると思う」
「……左様ですか」
ナズールドは再び肩を落とす。
「そして、生き残りを捕らえようと集落は待ち伏せされていた。こちらは片付けてきたがね——とまあ、状況は良くない。だが、全員生きている。ならやる事は一つだ」
誠司はナズールドの肩に手を置いた。
「私が動く。街まで行って、久しぶりにひと暴れしてくるよ」
「セ、セイジ……様、よ、宜しいのでしょうか?」
ナズールドが、いや、レザリアを含めたその場全員が期待と畏敬の念の入り混じった視線で誠司を見つめた。
その視線を感じながら、大きく息を吐き誠司は伝える。
「当たり前じゃないか。私は、君達を良き隣人だと思っているのだから。それとも、君達はそうは思ってなかったのかい?だとしたら悲しいぞ」
エルフ達が一斉に平伏する。
この種族の事は好きだが、この大袈裟な所はどうにかならないものか、と誠司は苦笑した。
「人身売買の受け渡しは、明日の夜行われるらしい。すぐに向かいたい所だが、訳あって睡眠時間をコントロールしなくてはならない体質になってしまっていてね。悪いが、今のうちに少し眠らせて貰っても構わないかな?」
「勿論ですとも! おい——」
ナズールドの言葉に寝床を用意しようと立ち上がったエルフを誠司は手で制した。
「それには及ばないよ。それでだ、莉奈」
「なあに?」
誠司に呼ばれ、莉奈は誠司の方へと歩み寄った。
「次にライラが寝たら街へと発つ。それまで君も出来るだけ睡眠をとりなさい」
「え! 一緒に行っていいの!?」
異世界に来て初めての街。それが、こんな形ではあるが訪れる事が出来ようとは——莉奈の口元は緩む。
「ライラの面倒を見て貰いたいからな。さて、そろそろ限界か——」
誠司は目頭を押さえながら続ける。
「——すまない、実はさっきからライラが起きたがってしょうがないみたいなんだ……詳しい話は起きた後に……」
必要な事を言い終えた誠司は、だんだんと虚ろな目になっていき、やがて目を閉じる。
それを合図に、一瞬の光と共にライラが姿を現した——。




