崩れゆく歯車 05 —腐毒花焼却作戦—
オッカトルの火竜襲撃から、ひと月近く経過したある日のこと。
ここトロア地方中央南部には、氷漬けにされた腐毒花を焼却するサランディア王国の魔法兵団と、それを護衛する少数の騎士団の姿があった。
騎士団長を務めるアレンは頃合いを見計らって、陣頭に立って指揮を執る魔法兵団長、グリーシアという女性に声を掛けた。
「どうだい、グリーシア。見た所、順調に思えるけど」
「ええ、アレン。厄介なのは瘴気だったから、何も問題はないわ。『厄災』の張った氷も、この暑さで溶かしやすくなっているし」
「そうか。なら、予定通り半月ほどあれば終わりそうかな?」
「そうね。オッカトルも東側から焼却しているのでしょう? だったら氷が溶けきる前には、終わらせてみせるわ」
二人は作業を続ける魔法兵を眺めながら、事の発端を思い返す——。
騎士団相談役の地位にあるノクスがオッカトルへと駆けて行き、そこから帰って来たのが半月ほど前のこと。
帰って来たノクスはすぐさま王に進言し、この作戦の決行の許可を願い出る。
最初は半信半疑の王だったが、『東の魔女』セレス名義の親書、通信魔道具から聞こえてきた顛末、そして、何より信頼するノクスからの提言ということもあり、快く了承してくれた。
『厄災』達が力を貸してくれた——むしろ疑念を抱いたのは兵たちの方だ。なぜならこの数ヶ月間、彼らは『厄災』の襲来に怯えていたのだから。
だが、彼らは耳にする。そう『白い燕の叙事詩』を。
『歌姫』クラリスの歌ったその歌は、瞬く間にトロア地方全土を駆け巡っていた。
その歌を聴いた彼らは思う。
——この国の恩人でもある、あの『白い燕』が、『厄災』達を従えたのか。それなら納得だ——。
その歌を聴き、兵達の抱える疑念は完全に払拭された。少なくとも、三人の『厄災』に関しては今や我らに仇なす存在ではないと。
——余談ではあるが、サランディアにて瞬く間に歌が広まってしまった要因に、かつて冒険者ギルドで莉奈に絡んだ人物、ビラーゴの活躍があるのだが——それはまた別の話である。
こうして一丸となった兵たちは、数日前から腐毒花焼却作戦に臨んでいるのであった——。
「——さて、私も手伝ってくるわ」
グリーシアは杖を握り直し、作業に戻るためにアレンに挨拶をした。
「ああ。頑張って」
アレンは手を上げて見送る。
——その時だった。一陣の風が吹いた。突然、空から声が響く。
「——なんだ、なんだ、その火力は。子供が火遊びでもしているのか?」
一様にざわつき、その場にいる者は声の聞こえてくる方を見上げた。アレンに緊張が走る。
「どれ。ワシが手本を見せてやろう」
声が響く。嫌な予感がする。アレンは前に出て空を睨んだ。だが、何も見えない。
しかし、次の瞬間——突然、空から大量の火球が降ってきた。
「——全員、逃げろぉっ!!」
アレンは兵達の元へと駆け出しながら叫ぶ。次々と着弾する火球。巻き込まれる兵達。所々から上がる悲鳴。
アレンは敵の姿を探すが——どこにも見当たらない。
再び、声が響く。
「フン。火魔法とは、こう使うんだよ。全く、見てられんわい。ほれ、ほれ、ほれ……——」
降り注ぎ続ける火球。騎士団は素早く動き、魔法兵達の盾になるが——近くに着弾した火球の爆発によって、吹き飛ばされてしまう。
「やめろおぉっ!」
たまらず空に向かって叫ぶアレン。その時、グリーシアの魔法が完成する。
「——『護りの魔法』」
その言葉と共に、周囲は障壁に包まれた。
——『護りの魔法』。何かに特化した効果を乗せず、純粋に様々な攻撃を防ぐ、ライラの『身を守る魔法』の広範囲版とも呼べる魔法。
その障壁の強度は、術者の魔力に大きく左右される。一国の魔法兵団長を務める彼女の魔力だ。相当な強度を誇っている、はずだった。
しかし、どこからともなく「フン」と鼻を鳴らした様な音が聞こえ、次の瞬間——
「あっ……」
——空から真っ直ぐに飛んで来た、とても細く練られた『光弾の魔法』。それは易々と障壁を通り過ぎ——彼女の腹を撃ち抜いた。
目を開けたまま倒れるグリーシア。時間がゆっくりと流れる。アレンの頭が、熱くなる。
「グリーシアッ!」
叫ぶアレン。必死に手を伸ばして、倒れ込む彼女を支える。魔法兵団の回復魔法の使い手が駆け寄り、すぐさま『傷を癒す魔法』を唱え始めた。アレンは空を睨み、叫ぶ。
「ふざけるな、姿を見せろ!!」
「フン、手伝ってやったのに、酷い言われようだのう」
「……手伝っただと?……何を言っているんだ……ふざけるなぁっ!」
火球の余波を受け、地面に転がる者達。聞こえてくる呻き声。全員の生死は、分からない。
「……全く、この程度でガタガタぬかすとは、ここにワシの相手になる者は居ない様だな」
声が地面に近づいて来て、燻っている焼け野原にその人物は降り立つ。そして、隠れているその姿を現した。それは、年老いた、魔族の耳を持つ人物——。
その姿を苦悶の表情で睨むグリーシアは、呻きながらつぶやく。
「……あなたは……魔人エンケラドゥス……いいえ、『厄災』ジョヴェディ……」
魔法兵達がざわつく。魔法に道を捧げた者なら、反面教師として誰もが知っているその名。力を求め、溺れ、『厄災』に姿を変えて人類の脅威となった人物——。
その反応を見たジョヴェディは、鼻を鳴らす。
「フン。名前なぞ、どうでもいいわい。それより、おぬしたちを生かしてやったのには理由がある」
「生かして……やった?」
強く歯を噛みしめるアレン。尊大な物言いだが、確かに目の前の人物はそれだけの力を持っているのだろう。アレン達は、生かされた。
「……理由って、何……?」
治療を終え、アレンの肩を借りて立ち上がったグリーシアが問いただす。場合によっては、ここで命を捨てる覚悟をしなければならない。
その様子を見たジョヴェディは、不敵に笑った。
「なあに、そう怯えるな。ワシは強い奴と戦いたいだけだ。せっかく力を手に入れたのに、試す相手がいないのは虚しいとは思わんか?」
目の前の老人を睨むアレンとグリーシア。その視線を見据え、ジョヴェディは二人に告げた。
「——『エリス』を連れて来い。ワシを殺した相手だ。もし無理だと言うのなら……ここら辺の村を、街を、順に焼き払っていく」




