表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライラと『私』の物語  作者: GiGi
第四部 第一章
201/509

崩れゆく歯車 04 —父と娘【出会い】—









 ヘザーによって引き上げられた誠司は、辺りを見回す。


 いつもの見慣れたはずの、何もない空間。


 しかし、今、その誠司のそばには——眠っているライラの姿があった。


「ライラ……」


 誠司は今にも泣き出しそうな声で、ライラを見つめる。


 そんな二人を見守るヘザーに、何処からともなく現れた空間の管理者が声を掛けた。


「……やあ。セイジから話は聞いているよ。君がヘザーかい?」


「ええ。初めまして、空間の管理者様。お邪魔いたします」


「そうか、君が……」


 空間の管理者は、この家族の事情を聞かされている。彼女の中に、エリスの魂が入っていることも。


 いびつな家族の形。世界を救った代償。


 この報われない一家に、ほんのささやかな幸せの時が、今、訪れる。





 誠司は恐る恐る、ライラの頭に手を伸ばす。そして髪に触れ——ビクッとして手を引っ込めた。


 誠司はライラから目を逸らさず、背後にいるヘザーに話しかけた。


「……なあ、ヘザー。さわれる……さわれるんだよ。れた感覚があるんだ……」


「……ええ、よかった……です。さあ、早く起こして、抱きしめてあげて下さい」


「……ああ」


 誠司は深呼吸をし、深く目を瞑った。その閉じたまぶたから、溢れた涙が頬をつたう。


 そして誠司は、震える声でつぶやいた。



「……ライラ、起きなさい」



 ——その言葉をきっかけに、一瞬の光に包まれる二人。


 誠司のいた場所に目覚めたライラが、


 ライラのいた場所に、入れ替わりで誠司が現れた。



 少女はいつものように、自分の身を守る祈りを捧げ——かけたが途中で中断し、訪れているはずの状況を確かめるために、ゆっくりと目を開けた。



 真っ暗な何もない空間。



 その空間の中で、ライラのことを優しい瞳で見つめる男の姿があった。



 ——莉奈から聞いた。ヘザーから聞いた。その姿を、その人柄を、それこそ、何百回も。



 作務衣さむえ姿のその男は眼鏡を上げて涙を拭い、優しい声で少女の名前を呼んだ。



「ライラ」



 初めて聞くその声に、ライラの胸が熱くなってくる。


 この人が、この人が——。


「……お父、さん?」


 男は涙を堪えながら、しっかりと頷いた。


「ああ、そうだ」


「……お父さん!」


 ライラの瞳が、一瞬にして涙で満たされる。


 少女は前のめりに立ち上がって、父の胸へと飛び込んだ。誠司は娘を、優しく受け止める。


「お父さん、お父さん、お父さん!」


 少女は顔を埋め、その名を呼び続ける。


「……ライラ、大きくなったね」


 父は娘の名を呼び、少女を包み込む。


「……お父さん!」


 少女は泣き続ける。父の胸の中で。ただひたすらに。


 父は撫でる。その娘の頭を。ただ愛おしそうに。



 二人はお互いを優しく呼び続けた。



 ——何もないはずの空間。そこには今、確かに愛が満ちあふれていた。



 その光景を眺めるヘザーは、空間の管理者に漏らした。


「……なぜ私は……涙を流せないんでしょうね。こんなにも胸は、震えているのに……」


 自身の胸を押さえつけながら二人を見守るヘザーに、空間の管理者は答える。


「……奇遇だね。僕も同じことを思っていたよ。だけど、僕の夢は少し叶った。あの二人のああした姿を見るのを、僕は望んでいたからね」


「……ええ、私もです。本当に……本当に、よかったです」


 二人は祝福する。父と娘の邂逅を。


 いるのに、いない父。いるのに、いない娘。どんなに会いたくとも、会うことは叶わなかった。


 だがもう、この空間でなら二人は一緒にいられるのだ。


 そう、二人が望む限り。いつまでも、いつまでも——。









「——それでね、私、いっぱい勉強したんだよ。お父さんの国の言葉」


「——ああ、聞いてるよ。随分と上達したんだってね。聞かせてくれないか」


「——うん、もちろん!……ええと、じゃあ、お父さんの一番好きな言葉はなに?」


「——うーん……そうだね。ライラの好きな言葉が、私の一番好きな言葉だ」


「——えー、ずるいよう。私の好きな言葉かあ。何だろうなあ……」



 少女は父にもたれ掛かり、そして父は娘の肩に手を置きながら、ポツリポツリと会話を重ねる。その顔は二人とも穏やかだ。


 いつの間にか空間の管理者の姿は消えていた。だが彼も見守っていることだろう、この二人の幸せそうな姿を。


 ヘザーは飽くことなく見守り続けた。二人の他愛もない会話を。



「——それで、ライラ。魔法の練習も随分と頑張っているみたいじゃないか」


「——うん、お父さんからお願いされた魔法は、全部覚えたよ。あとはいっぱい練習するだけなんだ」


「——ああ。ケルワンの街を守ったライラの結界は、本当に凄かった。頑張ったんだね」


「——ホント!? うん、私ね、いっぱい、いーっぱい頑張ったんだよ! みんなを守れて、ほんとに良かったあ……」



 話は尽きない。二人はそれだけの長い時間、会えなかったのだから。


 二人は今、十七年分の時間を埋める為に話し続ける。


 ライラは思いつくまま話を振り、誠司も優しく答え続ける。


 そして話を振られた時は、ヘザーも二人の会話に参加した。


 ——家族だけの空間。本来あるはずだった、あるべきはずであった家族だけの時間。そこに邪魔者はいない。


 三人は時間を忘れ、一つずつピースを嵌め込んでいくかの様に、いつまでも、いつまでも話し続けるのだった——。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ