白い燕の叙事詩 01 —砂の城③—
女王竜から絶望の業火が放たれる。
地上付近を飛ぶ私は旋回しながら上昇し、その炎をかわした。
『義足の剣士』さんの声が頭に響く。
『——莉奈、大丈夫か。あまりギリギリを攻めるんじゃないぞ』
「うん、わかった。正直余裕ないけど、頑張るよ」
うん。もう、敬語とか使ってられないくらいには余裕がない。けど、私が言い出しっぺだ。頑張らなくては。
クラリスの歌が聴こえる。彼女は通信魔法の届く範囲内で、私のあとをついてきてくれているのだろう。ありがたい。
私は振り返りながら飛び、火竜達の炎を待つ。
「さあ、どんどん吐いて来なさい!」
†
「やあ、皆、お疲れ様。キミ達の活躍で、無事、ケルワンは守られた。感謝するよ」
戦いが終わり座り込んで休む誠司達の元に、残雪を踏みしめながらグリムがやってくる。
その声に反応した誠司は不安そうな顔を向け、彼女に尋ねた。
「なあ、グリム君。君は莉奈が何をしようとしているのか、知っているのか?」
ルネディが言っていた、莉奈がやろうとしている『とんでもないこと』。それは。
誠司の問いにグリムは「ふむ」とつぶやきながら、その場に腰を降ろす。
「なあ、セレス嬢。『例の水筒』は、莉奈に無事渡せたかな?」
突然話を振られたセレスは顎に指を当て、首を傾げながらもグリムに頷いた。
「ええ、ちゃんと持っていったわよ。あなたとあの娘に言われた通り、『解毒薬』入りの水筒を」
——セレスは事前に莉奈とグリムにお願いをされていた。莉奈の水筒には『解毒薬』を入れておいてくれと。彼女が言うには、好きな味だからとのことだった。
まあ、確かに『解毒薬』は味は悪くない。清涼感もあり、水分補給の役割もこなせるが——ずいぶん変わった娘もいるのね、と特にセレスは気には留めていなかった。
「つまり、そういうことだ。わかったかい、誠司」
「いやいや、どういう事だ。全然見えてこないぞ……」
要領を得ないグリムの言葉に、誠司は眉をしかめる。その様子を見て、グリムは肩をすくめてため息をついた。くそっ、なんか腹立つな——。
しかし、誠司の頭に何かが引っ掛かる。解毒薬、解毒薬——。
その場にいる者は顔を見合わせて考え込む、グリムは莉奈がいるであろう北西の方に顔を向けた。
「なに、事情を知っている者は少し考えればわかることだ。『解毒薬』『マルテディが砂漠を作った理由』そして、『女王竜の大地を焼き尽くす炎』——」
そこまで聞いた誠司とセレス、マッケマッケの顔色が変わる。まさか、莉奈は——。
「——そう。莉奈はマルテディの、そして、この地に住まう者達のために『腐毒花』を焼き払おうとしているのさ。女王竜達の吐き出す炎を使ってね」
†
あの日、砂の城で——。
『義足の剣士』さんは、私に、とあるお願いをする。
『——女王竜がやって来る。今回の騒ぎの、全ての元凶だ』
「へ?」
突然の聞きなれない単語に、私はつい間抜けな返事をしてしまう。女王竜?
『——女王竜がやって来る。今回の騒ぎの……』
「あ、すいません、聞こえてはいます……あの、女王竜って?」
『——莉奈。「女王蜂」や「女王蟻」の存在は知っているかな?』
もちろん知っている。元の世界どころかこの世界にも、似たような生態の昆虫はいるのだから。
「ええ、知っていますけど……って、まさか」
『——ああ。今年、女王竜が動き出す。全ての渡り火竜の「母」だ。それが今回の異常事態の正体さ』
私も詳しい訳じゃないけど、『女王ほにゃらら』っていうのが群れの中心となる個体なのは知っている。あと、身体が大きいということも。
まさか渡り火竜達も、そういう生態だったということか?
「……あのう、その女王竜ってやつがケルワンに襲いかかってくると?」
『——その通りだ。そしてヤツは、速い、強い、格好いいと三拍子揃っている。まあ、君たちでは倒せないだろうね』
「……格好いいは関係ないんじゃ……」
軽口を叩いてみるものの、彼の言うことが本当なら大変だ。こちとら五十頭の渡り火竜でワタワタしているというのに——。
『——そこで君にお願いだ。その女王竜が来たら、この「砂の城」までおびき寄せて欲しい』
そう言って彼は私に頭を下げる。
待て待て待て。私!? いや、まあ空を飛べる私が適任なのは分かるけど——。
「ちょっと待って下さい! おびき寄せるって何でですか!? みんなと一緒に戦えばいいじゃないですか!」
『——いや、それは出来ないんだよ莉奈。私でも簡単に倒せない相手だ。奴は強い。それに、奴の吐く火炎は、熱く、広い』
「……それって、街やみんなが危険に晒されるってことですよね」
『——その通りだ。もし私と奴が街の近くで戦えば、攻撃の余波で街も君たちも、全滅する』
私の背筋に冷たいものが流れる。もし彼のいうことが本当なら——炎の中で踊る、私の大切な人達——想像しただけで、涙が滲み出る。
私は瞬きをし、彼に尋ねた。
「……あなたなら、勝てるんですか?」
『——ああ。もし君がここまで奴をおびき寄せてくれたら——私とマルテディが迎え討つ。負けは、ない』




