『0%』 04 —砕け散る結界—
女王竜達がやってくる。街の方へと真っ直ぐに向かって。竜達はもう、目前にまで迫っていた。
『——エンダー、頼んだぞ』
グリムから通信が入る。街の外壁の上で待ち構えるエンダーは、杖を身構えた。
「——ああ、任せてくれ。もうすぐ射程内に入る」
彼の足元には、大量の魔力回復薬が入った箱が置かれている。魔力切れの心配はないだろう。
『光弾の魔法』の射程距離は長い。魔法抵抗を貫通する性質も持つ。この場面において、最も有効であろう攻撃手段。
(——撃ち続けてやるさ、最後まで)
エンダーは、火竜達に向け魔法を唱えた。
「——『光弾の魔法』」
街から放たれる幾筋もの光が、火竜達の群れへと吸い込まれていく。
これだけの火竜の数だ。外れる光弾も多いが、当たる光弾も多い。
そしてその内の何発かは、火竜の飛行能力を奪うことに成功していた。
だが——止まらない。
火竜達の群れは、街の結界部分へと到達した。
セレス達は群れの背後から攻撃を仕掛ける。エンダーは休まず撃ち続ける。火竜達は結界に攻撃を仕掛ける。
竜と炎を対象にした結界。ライラが頑張って、頑張って張った結界。その結界の強度は凄まじく、今のところ火竜達の攻撃を防げている。
そんな中——女王竜が大きく息を吸い込んだ。
『——来るぞ! 全員、備えろ!』
グリムが叫ぶ。莉奈は上昇する。ナマカは障壁を張る。エンダーは結界を信じ、撃ち続ける。
一瞬の静寂。後、絶望の火炎は、放たれた。
炎が結界を包み込む。巻き起こる熱波。
溶けていく、溶けていく、溶けていく——。
結界は、よく耐えた。耐えてくれた。
だが、女王竜の火炎ブレスを受け切った結界は、ブレスが止むと同時にその役目を終えた。
——パリンと音を立て砕け散る結界。
それを見た火竜達は、全てを焼き尽くさんと街へと突撃する——。
だが、先頭を飛ぶ火竜は見えない壁にぶつかった。後続の竜達も、見えない壁に阻まれ身体を打ちつける。
その様子を好機とばかりに、速度を上げ連続で放たれるエンダーの光弾。それが何匹かの火竜を撃つ。
困惑した様子を見せる火竜達。
——そう、ライラはその街を守る強力な結界を、『二枚』張っていたのだった。
グリムは息をつく。
「しかし、このままでは後がないな」
ジュリアマリアは唇を噛む。
「……やばいっすね、いよいよ。何か手は、ないんっすか……?」
「……ああ、何とか耐えるしかないな」
とは言うものの、あと一発、女王竜の火炎ブレスが放たれれば全ては終わってしまうのだ。
そこまで時間に猶予がある訳ではない。五分と経たずに次のブレスが来るだろう。
(……ここまでか)
グリムが諦めかけた、その時だった。アオカゲにぶら下げてある荷物が動くのが、彼女の視界に入った。
グリムの目が輝く。
「——全員、速やかに私の指示通り動いてくれ。一発、ぶちかますぞ」
†
莉奈はグリムの指示を受け、地上にいる誠司達の元へと急ぎ、向かう。
そこには、魔法を詠唱するナマカ、セレス、マッケマッケの姿があった。
ヒイアカが、迫ってくる莉奈に叫ぶ。
「リナ!『身を軽くする魔法』、ナマカにかけといたから!」
「さんきゅ、ヒイアカ!」
それと同時に、ナマカは詠唱を完成させる。
「——『大水海の障壁魔法』」
彼女達の近くに、ドーム状の水の障壁が完成した。
そのナマカを、莉奈は掬い取り上昇する。
軽い。ヒイアカの魔法が効いているのだろう。
そのナマカは、魔力回復薬を飲み干し次の詠唱を始めた。
残された面々に、マッケマッケが『水の障壁』を配る。その間セレスは、最大限の魔力を込めた魔法の準備をする。
やがて言の葉を紡ぎ終えたセレスは杖に魔力を収束し、女王竜の方を睨んだ。
「……あの位置だと厳しいわね」
「ああ。だが、グリム君を信じよう」
誠司がセレスの肩に手を置く。セレスは誠司の方を向き、強く頷いた。
「——こちら、セレス。準備は出来たわ、いつでも大丈夫よ」
「——こちら莉奈。ナマカの準備も大丈夫!」
女王竜の背後に回った莉奈は、ナマカの代わりに通信を入れる。
ナマカは両手を前に突き出し、女王竜をジッと見据えている。
女王竜は息を吸い込む動作をし始める。いよいよ絶望の火炎を吐き出す準備が出来たようだ。
皆が、汗を握る。果たして、果たして間に合うのか——。
そして、グリムの号令は下った。
『——今だ!!』
それを合図に、ナマカの『大水海の障壁魔法』が放たれる。その空中に出来た湖は、女王竜を取り囲む火竜達を巻き込んだ。
同時に、地上からセレスの魔法が放たれる。
「——『凍てつく氷の魔法』!」
人々から『東の魔女』『魔人セレス』と称される、その彼女の全力を乗せた氷の最上級魔法は、湖めがけて放たれた。
しかし距離が遠いせいで、凍らせるには至らない。
だが、充分だ。湖の温度さえ下げられれば。
そして、本命の魔法が上空から降り注ぐ。
「——『凍てつく氷の魔法』!」
その魔法は、充分に温度の下がった湖めがけて放たれた。
——凍りつく、凍りつく、凍りつく。
大気が、湖が、火竜達が——
氷漬けにされる取り巻きの火竜達。さすがの女王竜も、困惑した様子を見せていた。
その魔法を唱えた人物は、ふうと息を吐き眼下を見渡す。
その空に浮かぶ者は、ウィッチハットにワンピース、マント姿と、いかにも『魔女』っぽい風体をしていた。
彼女はつぶやく。
「それで、お姉様はどこにいるのかしら?」
——『南の魔女』、ビオラだ。




