『0%』 03 —絶望の火炎—
莉奈は女王竜に向かって飛ぶ。
莉奈は女王竜と火竜達の注意を引きつける為に、『灯火の魔法』を唱えて身体にまとう。
やがてその姿がはっきりと見える所まで近づき——
「……いや、あり得ないでしょ」
——元の世界で観た、特撮映画に出てくる怪獣のような巨体。それを取り囲む五十頭ほどの火竜達。壮観だ。
(——でも、ここで引きつけられれば……みんなの負担が減る!)
莉奈は女王竜に向かって、一直線に飛び向かう。
同じ空にいるのに、見上げるほどの巨体。
それを取り囲む火竜達は、一見バラバラに見えて規則正しく隊列を組んでいる。
——近づけない。
莉奈は女王竜の更に上へと飛び上がり、どこか隙がないかと探るが——先程までの火竜達の動きと明らかに違っている。
そう、彼らは女王竜を護るような隊列を組んでいるのだ。
(……参ったなあ)
莉奈は女王竜の視界に入る位置まで高度を落とす。
「やいやいやい! この三つ星冒険者期待の新人、莉奈さんが……わっ!」
意気揚々と名乗りを上げる莉奈だったが、全部言い終わる前に火竜達が一斉に火を吹く。
それを旋回して避けた莉奈は、再び距離をとって上空へと浮かび上がった。
「ちょっと! 名乗りを上げてるのに攻撃するのは反則じゃない!?」
と、文句を言ってはみるものの、莉奈は気づいていた。
——女王竜は莉奈のことを見ていない。
はっきり言って、羽虫程度——いや、羽虫の方が鬱陶しがられる分、まだ存在感があるだろう。
莉奈は、彼女にとって、いないのも同然なのだ。
(……ど、どうしよう……)
こうしている間にも、火竜の群れは街の方へと進んでいく。莉奈はグリムに通信を入れた。
「——ヘイ、グリム! 女王竜を止める方法を教えて!」
†
「——莉奈、こんな時にふざけないでもらおうか」
『——別にふざけてるわけじゃ……うそ、ごめん、ふざけた。あのね、正直言うと、お手上げ。なにかいい方法ない?』
口調こそ軽いが、通信ごしに聞こえる莉奈の声は切羽詰まっていた。グリムは思考を巡らせながら、莉奈とやり取りをする。
「——すまない、こちらも冗談だ。逆鱗は狙えないのか?」
『——うん。火竜達が女王竜をしっかりガードしてて……なんか、さっきまでとは別物だよ』
「——……ふむ。女王竜の指示か、女王竜を護ろうとする本能か……いずれにせよ、厄介だな。竜達と知恵比べしたいのは山々だが、現状、この場面での手札はキミしかいない。とりあえずキミは、状況を確認しながら安全圏に退避していてくれ」
『——そんなあ!』
莉奈の叫び声を聞きながら、グリムは考える。火竜達が組織的な動きをするのは、正直いうと想定外だ。
もしグリムが状況をその目で見ることが出来れば、火竜の隊列とやらの穴をつけるのかもしれない。
しかし、現状では不可能だ。それに、莉奈に的確な指示を出せたとしても、細かいところではラグが生じてしまうだろう。
その場合、死角にいる火竜の動きまで把握出来ていないと、莉奈を危険に晒すことになる。
——怖い。
これが怖いという感情か。
火竜は別に怖くはない。だが、勝手に友人だと認定している莉奈を失うことが、考えるだけで怖い。
まだ短い間を過ごしただけだが、何か彼女には惹きつけられるものがある。
「ああ、私が空を飛べれば——。
そうグリムが願った時だった」
「なに一人で言ってるんっすか、グリムさん」
「いや、都合よく力に目覚めないかと思ってね」
「すいません、なに言ってるか、わかんないっす」
グリムは莉奈のいる空を眺める。今や女王竜の姿は、はっきりとわかるところまで近づいていた。
莉奈はなすすべもなく、その上空を旋回している。
(……結界は、破られてしまうな)
グリムは悔しさのあまり、歯を強く噛んだ。そして、通信魔道具を立ち上げる。
「——遠距離攻撃手段を持つ者は、射程に入り次第攻撃を開始。狙いは取り巻きの火竜どもだ。少しでも多く、撃ち落とせ」
†
セレスの銃弾が飛ぶ。マッケマッケとヒイアカの魔法が飛ぶ。
だがそれらは、一匹の火竜さえ落とせない。彼女達の攻撃手段に対し、火竜達の高度が高すぎるのだ。
セレスは弾丸を込めながらボヤく。
「ああ、もう、私の腕前じゃ当てられない! もうちょっと降りて来ないかしら!」
「あーし達の魔法も、あれだけ離れていると、そよ風程度でしょうね……」
マッケマッケがため息をついた、その時。女王竜が誠司達の方を睨んだ。
「……!……まずい、ナマカ!!」
ヒイアカが叫ぶ。その声を聞き、ナマカは急いで詠唱を始めた。
女王竜は大きく息を吸い込み——灼熱の炎を吐き出す。
「——『大水海の障壁魔法』!」
間一髪、張られる障壁。迫り来る、超広範囲の火炎ブレス。ドーム状に展開された障壁の中で、全員が身を寄せ合う。
「……くっ……!」
ナマカが苦しそうな表情を見せる。ドームの中を満たす蒸気。温度が上昇する。
女王竜のブレスは、範囲もそうだが威力も桁違いだった。
その様子を見たヒイアカが、ナマカに魔力回復薬を飲ませる。セレスとマッケマッケが、『水の障壁魔法』を全員に配る。
そして、両手を広げ障壁を支えるナマカが再び魔法を唱えた。
「——『大水海の障壁魔法』っ!!」
二枚目の障壁が張られる。耐えるナマカ。
やがて炎は止み、ナマカは障壁を解いた。
「……はあっ……はあっ……!」
結局、水防御魔法のスペシャリストであるナマカの障壁一枚では足りなかった。全力の魔力を注ぎ込んでも、一枚目は蒸発してしまった。
周囲の光景を見て、誠司がつぶやく。
「……さて、どうしたもんかね」
圧倒的な火力。彼らが戦っていた青々とした草原は今は見る影もなく、一面焼け野原へと変貌していたのだ——。




