ケルワン防衛戦 11 —絶望へのカウントダウン—
必殺の零距離。パチパチと火竜の内部から音が聞こえてくる。エンダーは動かせなくなった腕を身体ごと捻り、無理矢理杖を引っこ抜いた。
身体をくねらす火竜。光が火竜の体内を駆け巡る。
やがて光は火竜の体内で膨れ上がり——破裂音と共に、火竜を食い破った。
「……グ……ギャ……ゴ……」
声にならない叫び声を上げる火竜。
その火竜を突き破って飛び出した光は、霧散して消えていく。残された火竜だったものは、ベチャッと地面に崩れ落ちた。
もはや原型をとどめていない火竜を見届け安心したエンダーは、その場に倒れ込む。
それを見たジュリアマリアが、慌てて駆け戻って来た。そして、エンダーに回復薬をぶっかける。
「大丈夫っすか、エンダーさん!」
——立ち昇る異臭。
しかしエンダーは、ピクリとも動かない。まさか——。
焦ったジュリアマリアは、手持ちの回復薬を全てエンダーに振りかけた。
「ウソっすよね……くらえっ、くらえっ、くらえっ……」
涙ぐみながら、もはや空になった容器を振り続けるジュリアマリア。しばらくして。
「……うっ、くっ、くあぁぁぁっっ!!」
その甲斐あってか、痛覚を取り戻したエンダーは叫び声を上げる。エンダーは、戻ってきた。
「エンダーさん!」
飛び跳ねて喜ぶジュリアマリア。グリムも息を吐き、エンダーに話し掛ける。
「大丈夫かい、エンダー」
「……ハハ……仲間というものは、いいもんだね」
エンダーはゆっくりと上半身を起き上がらせ、口元を綻ばせた。そんな彼に、ジュリアマリアはしゃがみ込んで優しく微笑んだ。
「カッコよかったっすよ、エンダーさん。でも、あんな無茶、しちゃ駄目っすよ?」
「どうしたんだい、ジュリ。随分、僕に優しいじゃないか。もしかして、見直してくれたのかな?」
その言葉にジュリアマリアは、優しく頷いた。
「ええ。火竜はまだまだいるっす。こんなトコでくたばってる場合じゃないっすから。ね、グリムさん」
「ああ。私はキミを仲間と認めた。死んでもらっては困る。さあ、行こう。火竜はまだ何十匹もいるのだから」
「……ヒュー」
もしかしたら、あと何回か死線をくぐり抜けないといけないのかもね——そんな事を考えながらエンダーは立ち上がり、補給の為に皆と一緒に街の入り口へと戻るのであった。
†
『——こちら誠司。地上に落ちた火竜はあらかた片付けた。今後の指示を頼む』
『——了解。莉奈、落とすのがキツかったら、何匹か見逃して地上に寄越してくれ。出来れば街から遠い位置で』
「——うー、りょーかい……」
私は地上からの通信に返事をする。うん、キツい。カラカラの喉を潤すために、私は隙を見て腰につけた水筒に口をつける。清涼感が喉を満たすが、残念ながらこれで空になってしまった。
「——もしもーし。水なくなった!」
『——ふむ。セレス嬢、補給地点に例の水筒を』
『——わかったわ。リナ、ごめんね、頑張ってね……』
——戦闘が始まってから、既に二時間以上が経過していた。
私達が今までに倒した火竜は、計三十八頭。私が今、引きつけている火竜は二十五頭程。隙を見て少しずつ落としてはいるが、多勢に無勢。ワンオペはなかなかしんどいものがある。
クラリスの歌のおかげで体力の消耗は感じないけど、喉は渇くし精神的にも参る。とりあえず私は力を振りしぼり、一匹落とすついでに水筒を取りに地上へと向かった——。
†
ヒイアカの『匂いを消す魔法』で草むらに隠れる誠司達は、息を潜め莉奈の様子を窺っていた。
莉奈は急降下し、置かれた水筒を手に取りすぐさま急上昇をする。
その莉奈を追いかけていた火竜の一匹が、勢いあまって地面に衝突した。
火竜の群れが充分に離れたことを確認した彼らは駆け寄り、その憐れな一頭を瞬く間に魔素へと還す——。
一息ついたセレスは、先程から感じている疑問を誠司にぶつけた。
「ねえ、セイジ。おかしいと思わない?」
「何がだ?」
セレスの質問に、空から目を離さずに答える誠司。セレスは誠司の服の裾をつかむ。
「グリムは言ってたわ。私達が完全勝利する確率は『0%』だって。確かに危ない場面はあったし、今でもリナに頼りっきりではあるけど……ここまでの展開、『0%』というほど悲観する状況かしら?」
その言葉を受け、誠司は考える。
確かに彼女は言っていた。完全勝利どころか、『全員生還』『火竜殲滅』『ケルワン防衛』、どれか一つとっても、達成出来る可能性は『0%』だと。
しかしエンダーという予期せぬ援軍が来てくれたとはいえ、今までの展開で『0%』と言うには確かに大袈裟過ぎる。
——私達を奮い立たせるのが目的か?
いや、だったらせめて『1%』という希望を持たせるべきだろう。
そこで誠司は、度々行われていた莉奈とグリムの密談を思い出す。もしかしたら、誠司達が知らない何かがあるのかもしれない。
しかし——誠司は首をゆっくり横に振り、セレスに答えた。
「……今は考えるのはよそう。さあ、もう一匹落ちてくる。行くぞ」
†
戦闘は続く。辺りは陽が落ち、段々と薄暗くなり始めていた。
現時点で倒した火竜は四十五頭。いまだ、完全勝利の条件は保っている。
そして、莉奈が空中で相手取っているのは先程と変わらず二十五頭ほど。落として数を減らしても、新たな火竜達が合流してしまう。横ばい状態だ。
しかし、いつかは供給が止まるはずだ。冒険者達の気持ちに、余裕が生まれてくる。
このままいけば——。
それは、このあとに起こる絶望を知らない者、全員が感じたことだった。
グリムは観測所からの通信を切り、莉奈に通信を入れる。
「——莉奈、連絡が入った。いよいよ『奴』が来るぞ」
その通信を受けた莉奈は、地平を睨んだ。
「——うへえ、本当に来ちゃうんだ……」
莉奈の視界にはまだ映らない。
だが、その視線の先には火竜三十頭程を引き連れた、異常に巨大な竜が悠々と空を飛ぶ姿があった。
その巨大な竜は口から炎を漏らし、新たなる巣を作る為に全てを焼き尽くさんと、ケルワンへと向かい、飛ぶ。
絶望へのカウントダウンが始まる——。
お読み頂きありがとうございます。
これにて第五章完。次回より、絶望へと立ち向かう第六章が始まります。
引き続きお楽しみ頂けると幸いです。よろしくお願いします。




