ケルワン防衛戦 10 —エンダー—
火竜は獲物に向かい、炎を吐き出した。それを横っ跳びでかわすグリム。少し腕と脚が焼かれてしまったが、あえてそのまま放置する。
その様子を見て大きく口を開き、グリムに噛みつこうとする火竜。その時。
「——『光弾の魔法』」
ドスッ、という音と共に、火竜は一瞬動きを止める。そして、その攻撃の出どころを探るために首を回した。
そこには、いつもの飄々とした様子がなりを潜めた、至って真剣な表情のエンダーが火竜を睨んでいた。
「……まったく、魔法抵抗力を無視しているのにこの硬さ、嫌になっちゃうね……——『光弾の魔法』」
その光は、寸分の狙い違わず——だったら良かったのだが、まるで吸い込まれるかの様にグリムの腹を貫いた。大丈夫とは聞いているが、思わず血の気が引くエンダー。
しかしグリムは、自身に空いた穴を復元しながらエンダーに向け親指を立てた。それを見たエンダーは、肩に掛かっていた力が抜ける。
(……やってやろうじゃないか)
エンダーは睨む火竜をものともせず、続け様に光弾を発射した。
「——『光弾の魔法』——『光弾の魔法』」
ドスッ、ドスッと今度は見事に命中した。堪らず叫び声を上げる火竜。さすがにこの近さなら、外す方が難しい。
——とは言え、その難しさを易々と乗り越えてしまうのがエンダーなのだが。
「——『光弾の魔法』」
次の光は火竜の脇をすり抜けて、今は遠くを逃げ回ってもう一頭を引きつけているジュリアマリアの足元に着弾する。
『——ちょ、ふざけんなぁっ!』
グリムの耳に彼女のがなり声が聞こえてきた。まあ、彼女には目を瞑ってもらおう。
自分を狙う光源を認めた火竜は目標を変え、鉤爪をエンダーに向け振り上げた。
そこに人影が飛び込んでくる。
「キミの相手は私だ。よそ見をしないでくれ」
グリムは火竜の懐に潜り込み、全力で短刀を斬りつけた。
グリムの預かった短刀は、ドワーフが作り、誠司が手入れをしている逸品だ。限定解除をしているとはいえ、自身の腕を易々と斬り落とせるぐらいの性能を有している。
そして、その切れ味鋭い短刀は見事、火竜の逆鱗を傷つけた。
「グォオオオオォォッッ!!」
怒り狂う火竜。火竜の鉤爪がグリムを襲う。彼女はその鉤爪を受けながらも、後ろに飛び退いて叫んだ。
「今だ、エンダー! 全力で撃ち続けろ!!」
グリムの声に呼応して、エンダーは光弾を撃ち続ける。何発も。何発も——。
もちろん全てが当たる訳ではない。何発かはグリムを直撃する。
しかし、グリムは身体を再生し続ける。火竜の炎、火竜の鉤爪、エンダーの光弾。それらを受けながら、その全てのダメージをそれを上回る速さで再生し続けた。
火竜は自身の逆鱗を傷つけたグリムから目を離せない。その隙に、一発一発の光弾が火竜を抉っていく。それだけ数を撃てば、運良く傷痕を更に抉る光弾も出てくる。
火竜の身体から、黒いモヤが立ち昇ってゆく。ブスブスと火竜の身体から音が聞こえてくる。
エンダーは火竜の側に駆け寄り、最後の一撃を放った。
「——『光弾の魔法』!」
必中の距離、五十センチ。例え暴発したとしても、必ず当たる距離。そこに渾身の一撃を叩き込む。
その光弾は、見事火竜の身体を貫く、とどめの一撃。
火竜は力無い断末魔を上げ、ついに崩れ落ちその場から動かなくなった。そして身体は魔素となり、崩壊を始めたのであった。
グリムが近寄ってくる。
「見事だったよ、エンダー。撮れ高抜群だ」
「……うん。誰かと一緒に戦えるなんて、思ってもいなかったよ。ありがとう、グリム。傷は大丈夫かい?」
「ああ、問題ない。だが、この場にはあと一匹残っている。出来れば奴も倒したいのだが」
グリムはジュリアマリアの方を見る。彼女は相手の興味を引けるよう、あの手この手で火竜を挑発していた。
エンダーは少し考え込み、グリムに答えた。
「……あと一匹か。よし、今度こそ僕に任せてくれ。もう、君の焼ける姿は見たくないからね」
グリムから通信を受けたジュリアマリアは、火竜を引き連れ彼女の元へと向かう。
翼を撃たれ上手く飛べない火竜は、飛ぶのを諦めたのか地面を駆け追っかけて来ていた。
(……本当に大丈夫なんっすかねえ、あの人に任せて)
背後から吐き出される炎。それをジュリアマリアは察知し、横に飛び避け火竜の方へと駆け向かった。
「はいはーい、炎はやめましょーねー」
火竜の前方にいては炎をかわしきれない。首を傾けるだけで、どの方向にも吐けるのだから。
ジュリアマリアは火竜の背後に回り込むような動きをとる。それに釣られ、火竜も首を回した。
火竜とジュリアマリアを中心に、炎の円が出来上がる。
その炎をピョンと飛び越え、ジュリアマリアは再びグリムの方へと向かい駆け出した。
(……次の炎まで、若干のインターバル。今回で辿り着きそうっすね)
逃げるジュリアマリア、追う火竜。散々炎を吐き出させた後なので、後は次の炎が来る前に導くだけだ。
そして——人影が見えた。
ジュリアマリアは言われた通り、その小さい身体を更に屈め駆け続ける。火竜の頭も彼女に食らいつく為に自然と低くなる。
それを確認したジュリアマリアは追いつかれない程度に速度を落とし——杖を構えて待ち受けている男、エンダーに後を引き継ぐ。
すれ違い様、ジュリアマリアは彼の顔を見た。その顔はいつもと違い、いたって真剣な表情だった。
「——『身を重くする魔法』」
(エンダーさん……)
ジュリアマリアの後を引き継いだエンダーは、火竜を迎えうつ。彼女の小さな身体に釣られ、火竜の頭は下がっていた。
新たな標的を認め、駆けながら炎を吐き出さんと大きく口を開ける火竜。
その様子を見たエンダーは火竜に向けて駆けていき、その構えた杖を火竜の口に突っ込んだ。
立ち止まる火竜。火竜は口の中に突っ込まれた異物を吐き出そうと試みる。しかしエンダーは魔法により重さを増した、両手で、身体で、杖をしっかりと握りその手を離さない。
だがその口から溢れる熱波で、エンダーの半身が灼けていく。急がなくてはいけない。駆け寄ろうとするグリムを目線で制しながら、エンダーは手早く詠唱を始めた。
(……魔法を完成させるまでは、持ってくれよ、僕の身体……せめて……今だけは……)
そんなことを考えた時だった。少し離れた所まで駆け寄ったグリムが、その彼の心を見透かした様な言葉を投げかけた。
「エンダー。キミとの食事、楽しみにしているぞ」
(……ハハ……敵わないな、彼女には……)
グリムのおかげで誰かと——仲間と共闘できた。仲間の役に立てた。それはエンダーの夢。仲間との冒険。
そんな彼女に恩返しがしたくて、エンダーは自ら危険に飛び込んだ。例えこの身が朽ちようとも。それが彼女の助けになるのなら。
だが、彼女にはそんな考えすら——
(——まるで、見透かされている様だね……)
熱波が強くなる。腕の感覚が無くなる。
しかし、それよりも一足先に——彼の身体が取り返しのつかなくなるよりも先に、エンダーは言の葉を紡ぎ終えた。
エンダーは火竜を睨み、不敵に笑う。
「……終わりだよ……——『火光の魔法』」




