ケルワン防衛戦 09 —役立たず—
「ジュリ、この人は?」
「……あー、二つ星冒険者のエンダーさんっす……くっ、もしかして『嫌な予感』って、これのことっすか……」
「やあ、ジュリ、久しぶり。相変わらず小さくて可愛いね」
「小さい言うなっ! 気にしてるんっすから!」
グリムの後ろで「ガルルル……」と唸るジュリアマリア。
グリムはため息をつき、空を見上げた。
「再会を懐かしむのも結構だが、火竜達が向かって来ている。エンダーとやら、力を貸してくれるということでいいのかな?」
二人がグリムの見上げている方を見ると、体勢を立て直した火竜達が向かって来ていた。
エンダーは長い杖をクルリと一回転させ、火竜達の方へと向ける。
「当然さ、素敵なお嬢さん。よければ名前を聞かせて欲しいな」
「私の名はパブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソだ。よろしく」
「えっ、グリムさん、そんな名前だったんっすか?」
「おい、言うな」
「なるほど、グリムだね。どうだい、終わったら食事でも——」
と、三人が軽口を叩き合っている時だった。火竜達が滑空しながら、速度を上げ襲いかかってくる。
散り散りに逃げる三人。エンダーは白馬の尻を叩き、街の方へと逃した。
「ヒュー。近くで見るとすごい迫力だねえ」
「いいから早く撃て! 役立たず!」
遠くからジュリアマリアの叫び声が聞こえる。エンダーは今度こそ杖を火竜の方へ向け、詠唱を始めた。
一匹の火竜がエンダーに狙いを定める。手早く言の葉を紡ぎ終えた彼は、帽子を手で押さえながらその魔法を唱えた。
「——『光弾の魔法』」
杖から放たれる一筋の光。
しかしその光線は——外れた。いよいよ迫り来る火竜。
だが、既にエンダーは次の詠唱を終わらせていた。
「——『光弾の魔法』」
その光弾は、火竜の翼の根元部分を貫く。いよいよ飛行能力を奪われた火竜は、勢いそのままにエンダー目掛けて突っ込んできた。
それをエンダーはゴロゴロと転がり避け、地面に片膝をついて起き上がる。
「はは! すごいねえ、僕の魔法をかわすだなんて。でも、二発連続は無理だったようだね?」
グリムはジュリアマリアに並走し、尋ねる。
「なあ、ジュリ。あれは『光魔法』か?」
「ええ、エンダーさんは数少ない光魔法の使い手っす。ただ、見ての通りノーコンなんで……ああっ、ウチも何度巻き添えを喰らいそうになったことか!」
「……なるほど」
グリムはそうつぶやき、ジュリアマリアと分かれ、エンダーの元へと駆け出していった——。
グリムがたどり着くと、そこには火炎ブレスを必死になって避けているエンダーの姿があった。
グリムは自分の腕を火竜の顔に投げ当てて気を逸らし、その隙にエンダーへと駆け寄る。
「やあ、エンダーとやら。私が囮になろう。その隙に、奴を仕留めてくれ」
そのグリムの言葉に、一瞬顔を歪めるエンダー。しかし次の瞬間には、いつもの飄々とした仮面を被る。
「はは。それには及ばないよ、グリム。ここは僕に任せてくれ」
「……私の言う事を聞けば、食事に付き合ってやってもいいが?」
「ヒュー。本当かい?」
「——避けろ」
グリムがエンダーを突き飛ばす。その位置を、業火の火炎が吹き抜けた。
茫然とするエンダー。無意識のうちに伸ばしかけた腕を、力なくダランと降ろす。しかし彼は、予想外の光景を目にすることになる。
火炎の中から、身体を再生しながらグリムが歩み出て来た。信じられない。それを見たエンダーは、言葉を絞り出す。
「……君は、一体……」
「ご覧の通りだ。だからキミは、巻き添えを気にすることなく撃ってもらって構わない。私ごと、やれ」
「……!」
——それは、エンダーの枷であった。
彼は、誰とも組まずにソロで活動をする冒険者だ。
エンダーは口ぶりではあんな感じだが、自分のコントロールの無さは自覚している。
当時の彼は積極的に仲間を募り、或いは自分を売り込んでいたが——その自身の魔法のせいで、仲間を傷つけてしまったことがある。
いつしか彼は、周りに人がいる時は魔法を使わないようになった。もう、自身のせいで誰かが傷つくのは、嫌だったから。
自分への縛め。その縛りのせいで、周囲が危険な状況に晒されるほど魔法が使えなくなる魔法使い。役立たず。
それはすなわち誰かと組むことはせずに、ソロでの活動を余儀なくされる枷であった。
孤独なエンダー。彼がプライベートで無駄に人と関わり合おうとするのは、その反動なのかもしれない。
——だが、今、エンダーはグリムと走り出す。
「……本当に君は、僕の攻撃を受けても大丈夫なのかい?」
「ああ、保障する。心臓と頭を同時……いや、簡潔に言うと粉微塵にされない限り私は死なない。しかも、痛みもないぞ」
「はは、すごいんだね、君は……」
まるで噂に伝え聞く、『厄災』並の再生能力だ。エンダーは舌を巻く。
二人は火竜の注意を引きつけながら走り続ける。そして頃合いを見たグリムは速度を落とし、エンダーの背中に声を掛けた。
「では、お手並み拝見といこうか。期待しているぞ、エンダーとやら」
そう言ってグリムは振り返り、火竜と対峙した。




