ケルワン防衛戦 07 —ジュリアマリア—
ジュリアマリアは駆けていた。あちらは取り敢えず、大丈夫であろう。
そうすると、今、危険なのは——。
——彼女、ジュリアマリアには特技がある。
それは『危険』を察知する能力。
彼女が幾度となく洞窟探査に挑み、そして幾度となく命からがら逃げ帰ってきた事により形成されていった、経験に裏打ちされた能力。
いつしか彼女は、正確に『嫌な予感』が働くようになっていた。
それを彼女は、普段は危険を回避することに役立てていた訳だが——。
「……まったく、危険な方へと向かうことに使うなんて……」
ジュリアマリアは腕をさすりながらボヤき、街の方へと駆け向かうのだった——。
†
時は少し、遡る。
「——行動、開始」
そう皆に告げたグリムは、空を見上げる。
街に張られた結界は、今、二頭の渡り火竜の攻撃を受けていた。
クラリスが歌いながら薄っすらと目を開け、不安そうな眼差しをグリムに送る。
グリムは考える。現在、動かせる人員はいない。なら、簡単だ。私が動けばいい、と——。
グリムはアオカゲを走らせようとしたが、思いとどまった。もしアオカゲに何かあれば、今後に影響する。なぜならアオカゲは、『完全勝利』を導く為のキーマンなのだから。
グリムはアオカゲから飛び降り、よしよしとその首を撫でた。
「アオカゲ、私は行ってくる。クラリスを頼んだぞ」
「ブル……」
アオカゲは寂しそうに鳴き、去っていく彼女の背中を見送った。
そして振り返り歩いてゆき、もう一人の『完全勝利』のキーマン、クラリスを守るように立つのであった——。
†
ジュリアマリアが街の近くまで駆けつけると、二頭の火竜に単身で対峙するグリムの姿があった。
(……グリムさん、何やってんっすか!)
急ぎ駆け寄るジュリアマリア。
だが、彼女の目の前で——グリムは火竜の吐き出す業火の炎に包まれた。
「グリムさぁんっっ!」
ジュリアマリアは叫ぶ——『嫌な予感』が、当たってしまった。
彼女無しに、完全勝利は有り得ない。その頭脳、判断能力はジュリアマリアも認めていたのだから——。
——ううん、違う。そうじゃない。
ジュリアマリアは思う。確かにそう、そうではあるのだが——違う。
純粋に、ジュリアマリアはこの数日間を共に過ごす内に、グリムという人間を気に入っていたのだ。
その、とぼけた物言い、一人ひとりに対する気遣い、そして——どこまで考えているのかまるで分からない、その思考。
まるで、洞窟の深淵を覗き込んでいるようだ——ジュリアマリアは彼女と話していると、その底知れなさに胸が躍るのを感じていた。
——今度一緒に酒飲むって、約束したっすよね……?
炎が止む。そのあとに立ち尽くす、炭になった人影。
「あ……」
ジュリアマリアの視界がボヤけていく。
——冒険者に危険は付きものだ。彼女は命を失った者を、決して少なくない数、看取ってきている。慣れている。慣れているはずだった。
しかし——たった数日間、一緒に過ごしただけの仲間の変わり果てた姿を見て、ジュリアマリアの身体から力が抜けていく。心が、折れてしまった。
火竜達は新しく来た獲物を睨む。茫然と立ち尽くすジュリアマリア。急降下した火竜の鉤爪が、彼女を襲う——。
と、その時。信じられない速さで炭化した人影が動いた。
その人影はジュリアマリアを突き飛ばし、代わりに火竜の攻撃を喰らう。吹き飛ぶ彼女だった物の半身。
ジュリアマリアは信じられないといった感じで、涙を拭った。
「……そうっすか、グリムさん。ウチに生きろって言うんっすね……」
「いや、それはそうだが。ボーっとするなんてキミらしくないな。せっかく来てくれたんだ、力を貸してくれるとありがたいのだが」
炭が喋った。ジュリアマリアは驚いて目を見張る。
その炭は瞬く間に剥がれ落ちてゆき、抉られた半身はみるみる内に再生されていく。
すっかり元通りの姿になったグリムは、自身の手を握り、開き、動作を確認する。
「ふむ。あのぐらいなら問題ないか。一瞬動けなくなるのは、要課題だな」
「グリムさん!」
喜びの声を上げるジュリアマリア。その彼女を、グリムは突然抱え上げて走り出す。その直後、彼女達がいた場所を火炎が襲った。
グリムは素晴らしい速度で駆けながら、通信魔道具の調子を確かめる。
「うん、身につけている物もしっかりと復元されているようだな。服が復元されるのは何よりだ。BANの心配はしなくても良さそうだな」
「ちょ、えっ、いったい何を言ってるんっすかあ!?」
——この場に莉奈がいたら突っ込んでいただろう。あんな惨劇を配信したら、永久にアカウント停止になるぞと。
グリムは火竜達を挑発しながら駆け回る。釣られる火竜達。こうして徐々に結界から引き離していく形だ。
ついでにグリムは、彼女に自身の再生能力を手短に説明する。はあ、と感心するジュリアマリア。ようやく落ち着いてきた彼女は、グリムに尋ねた。
「にしてもグリムさん、こんなに動ける人だったんっすか? ウチ、軽いとはいえ、抱えて運ぶの大変でしょうに」
「なに、肉体のリミッターを外しているだけさ。そして、壊れた肉体を片っ端から復元、修復していっている」
「はあ……よく分からないけど、すごいんっすね……」
程よく引き離した場所で、グリムはジュリアマリアを降ろす。そして火竜を眺めながら彼女に語りかけた。
「さて、ジュリ。手伝ってくれるということでいいのかな?」
「まあ、その為に来たんっすけどね。すいません、足引っ張っちゃったみたいで」
その謝罪に、グリムは口角を上げて応えた。
「気にするな。さあ、コラボ配信の、始まりだ」




