ケルワン防衛戦 06 —号令—
「——『大水海の障壁魔法』!」
——幾度目になるか分からない、ナマカの障壁が張られる。
その障壁の内側で、ヒイアカはボッズに身体強化の魔法を掛け直していた。
「——はい、これでまたしばらくは持つよ、ボッズさん」
「すまないな、ヒイアカ。恩にきるぞ」
彼らは苦戦していた。
最初のうちはナマカの『大水海の障壁』を盾に、ボッズが飛び出して行き攻撃を加えては戻るという戦法をとっていた。
その作戦が機能するのも、ジュリアマリアのおかげだ。
彼女は『水の障壁』を身体に張ってもらい、駆け回って火竜の注意を引きつけ奴らをその場に留めていた。彼女の得意な撹乱だ。
それで、何とか戦えてはいた。
しかしそれも頭数が増えてくると、どうにもならなくなる。
彼らは二頭の渡り火竜を仕留めたものの、火竜達はそれ以上のペースで集まってくる。
今、彼らの目前には、『飛べない』渡り火竜六頭、『万全の』渡り火竜三頭が炎の息を漏らし、こちらをジッと見ているのだった——。
「——『閃光の魔法』!」
ヒイアカの魔法が火竜達の目を一時的に潰す。火竜達はやたらめったら炎を吐き出すが、大水海の障壁に守られたこちら側には届かない。
ナマカは障壁を張り直し続ける。
そこに、一周回って戻って来たジュリアマリアが魔力回復薬を二人に手渡した。
「いやあ、ジリ貧っすね。一旦、アイテムを補給したいとこっすけど……」
「私の攻撃魔法じゃ、あいつら大して傷つかないからなあ。ごめんね、ジュリ」
「うん。私も障壁を張るので精一杯。ごめんね、ジュリ……」
「いやいや! お二人の力がなかったらとっくに終わってたっすよ! ボッズさん、突っ込むしか能がないっすから」
ちょうどそのタイミングで、障壁の外に出ていたボッズが飛び込んでくる。ジュリアマリアは回復薬を取り出した。
「くらえ、クソ狼!」
「ぐっ……ぬぅん……っ!」
立ち昇る異臭。このやり取りも、もう何度目になるか分からない。
「……ふう。これはいよいよ駄目かもな。お前ら、オレが囮になる。逃げるなら逃げろ」
「……もう一発、掛けられたいっすか?」
「……いや、それは困る」
——火竜達がにじり寄って来る。しかし、口ぶりとは別に、彼らは諦めてなどいない。
あと、もう少しだ——
——冒険者たちは、状況を打開する合図を待つ。
そして彼らの耳に、グリムの号令が響き渡った。
『——行動、開始』
その合図をきっかけに、まず、ジュリアマリアが飛び出した。その背後で、ヒイアカが『閃光の魔法』を唱える。
パチパチと閃光が弾け、またもや潰される火竜の視界。ジュリアマリアが手をパンパンと叩き、火竜の意識を自身に向ける。
火竜達は音のする方へと向かい、炎を吐き出した。それを加速して避けきるジュリアマリア。
そこでナマカが、『大水海の障壁魔法』の詠唱を完成させる。その、魔力が最大現注ぎ込まれた巨大な障壁は——火竜達の中心に現れた。
間髪入れず、ヒイアカが『旋風の刃の魔法』を唱える。
——更に、別の方角からも同じ魔法が同時に飛んできて、空を飛ぶ火竜達を切り刻んだ。
その方角の先には、合流を果たしたマッケマッケが構えていた。一発なら大して効果がないだろうが、同時に撃つことで火竜達の翼を切り裂く事に成功する。
翼を切り裂かれた火竜達は、中心に出来た大水海の障壁の所まで高度を下げた。
マッケマッケと共に到着し、それを確認したセレスが氷の最上級魔法を唱える。
「——『凍てつく氷の魔法』!」
——凍りつく、凍りつく、凍りつく——
その魔法だけなら、魔法抵抗力の高い火竜達の動きは止められなかっただろう。
しかし、今、火竜達の周りには水の障壁が渦巻いている。
その魔法はその場の全ての火竜達を巻き込み、障壁ごと奴らを凍りつかせた。
マッケマッケがボッズに駆け寄り、魔法を唱える。
「——『水の障壁魔法』」
それを合図に、ボッズは駆け出す。マッケマッケと、魔力回復薬を飲み干したナマカも自身に障壁を張り後を追って駆け出して行く。
それよりも先に躍り出た人影一つ。
その者は飛び上がり、一匹の火竜の吐き出す炎を喰らいながらもその手に持つ刀を振り下ろした。
—— 一閃。
落ちる火竜の首。刀を鞘に納める音。誠司だ。
すぐさまマッケマッケは、剥がれてしまった『水の障壁』を誠司に張り直す。
その間に、ボッズは火竜の首元で力を溜めていた。火竜は炎を吐き出すが、ボッズは意に介さない。
「フンッ!!」
蒸気の中から振り上げられる断頭の斧。火竜の命が、もがれ落ちる。
そこでもう一発、ナマカの詠唱が完了する。
「——『大水海の障壁魔法』!」
再び火竜達を包み込む様に現れる大水海の障壁。間髪入れず、セレスの魔法が飛んでくる。
「——『凍てつく氷の魔法』!」
再び凍りつく障壁。その氷の障壁は、今や火竜達を完全に包み込んでいた。
炎を吐き出し、氷を溶かそうとする火竜達。
だが、氷を溶かし頭を出した火竜から順番に、誠司とボッズがその命を刈り取っていく——。
——圧勝だった。少なくとも、この局地戦に関しては。
その場にいる火竜九頭は、全て打ち倒せた。
グリムが立案し、事前に打ち合わせをしていた動き。
火竜達の数が十頭以下であること、火竜達の援軍が来ないこと、この場にいる全員が集まることが条件ではあったが、それが見事にはまった形だ。
これで倒した火竜は二十六頭。その場にいる冒険者たちはお互いを讃えあう。そして、この無謀な戦いにも希望を見出せ、わずかに顔を綻ばせた。
しかしそんな中、ジュリアマリアの姿が、その場からなくなっていたのだった——。




