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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第三部 第五章
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ケルワン防衛戦 04 —ボッズ—





 第二陣、渡り火竜八頭。莉奈は唾を飲み込む。


 正直、落下地点を狙って落としたり全ての相手の注意を自身に引きつけるのは、さっきの頭数ぐらいが限界だ。


 ——第三陣も目前に迫っている今、とりあえず少しでも頭数を減らさないとヤバい。


 莉奈は覚悟を持って、火竜の群れに突っ込むのだった。




(もう、無理だよお!)


 とりあえず第二陣の一匹を手早く落としたものの、この数はきつい。なにしろ、火竜は火竜に向かって平気で炎のブレスを吐いてくるのだ。


 魔法抵抗力も大したものだが、炎耐性も抜群である。


 旋回しながら炎を避け、莉奈は再び火竜の群れに突っ込もうとしたが——


「……あっ、ちょっと待ちなさい、そっちは駄目!」


 ——火竜の一匹が、街へと向かい始めた。慌てて追いかける莉奈。


 必死に追いかけるが、間に合わない。火竜は大きく息を吸い込み——灼熱の火炎を街に向かって吐きだした。


 赤く染まる空。押し寄せる熱波。



 その炎は——街の上空で霧散した。



(……あっぶな!)


 ——ライラの結界だ。


 彼女は毎夜駆け回って、炎と竜に対する結界を街全体を覆うように張っていた。


 その結界は強力で、今のように火竜の炎をものともしない。


 ——だが、果たしてそれもいつまで持つのかは分からないが。


 莉奈はライラの結界の強さに舌を巻きつつ、その火竜の首元へと回り込んだ。


「さあ、こっちへいらっしゃい!」


 莉奈は小太刀を薙ぎ、火竜の逆鱗を傷つける。火竜の身体が赤く輝く。


 怒り狂った火竜は、叫び声を上げて莉奈に襲いかかってきた。


「はい、こっちこっち!」


 莉奈は火竜を引きつけ、群れの方へと急ぎ、戻る。


 そして、振り返り——


 一閃、二閃、三閃、四閃、五閃。


 ——白い閃光が、五度ごたびきらめく。


 翼膜を切り刻まれたその怒り狂った火竜は、飛ぶ術を失い地上へと落ちて行く。


(……ふう)


 背後から襲い掛かって来る火竜の攻撃を上空に昇って回避し、莉奈は火竜達を見下ろした。


(……どうすんのさ、コレ……)


 眼下には、第三陣と合流した十二頭の火竜、さらに遠くには、第四陣の影も見えるのであった——。











 戦いは混戦を極めていた。


 余裕を持って戦えていたのは、第一陣である五匹の間だけ。


 その後、次々と数を増やす火竜達に、まず、莉奈の余裕がなくなってゆく。


 ——地上に落とした火竜の数を管理しながら、狙った場所に落とす余裕など、もはやない——。


 散らばった場所に落ちてくる火竜達。


 点在する火竜を誠司達はツーマンセルで撃破していくが、いよいよ地上の火竜達も互いの鳴き声に共鳴するかの様に、思い思いに合流していく。



 ——追いつかない。



 それは、地上で戦う者、全員が感じ取っていた——。









 誠司の元に、グリムから通信が入る。


『——誠司、キミなら気づいていると思うが、セレスの所に火竜が固まり始めた。アレをやる。向かってくれ』


 その通信に短く返事をし、誠司はボッズの肩を叩いた。


「……ボッズ君、私はあちらに行く。ここは任せた。無理せず、奴らの注意を引きつけておいてくれ」


「……ああ、任せろ。頼んだぞ」


 誠司は駆ける、駆け急ぐ。


 クラリスの歌がなければ、すでに体力切れで動けなくなっていたことだろう。


 駆けながら、誠司は通信魔法を立ち上げた。


「——こちら誠司。現在、私の索敵範囲内の火竜の『魂』は上空に十五頭、地上に十頭。現在私は、例の地点へと向かっている。ボッズ君の援護を頼む」






 獣人ボッズは対峙する。相手は渡り火竜二頭。


 もしソロ討伐出来れば、偉業と認められる相手。それが、飛べないとはいえ二匹。


 その相手を前にして、『巨鳥殺し』の異名を持つボッズの気持ちは——昂っていた。


 ——誠司は失念していた。この獣人は、後先考えない性格であることを。


「さあ、来い、火竜共よ! 巨鳥よりは、楽しませてくれるのだろうな!?」


 その声に呼応するかの様に、一頭は雄叫びを上げ、もう一頭は口を開く。


 直後、放たれる火炎の息。


 ボッズはそれを横に飛び避け躱し、身を屈める。そして大地を——蹴った。


 弾丸さながらの凄まじい加速力と跳躍力で、瞬時にして火竜の前に降り立つボッズ。そしてボッズは、再び大地を蹴り、高く跳び上がった。


 火竜二頭の視線が空中に集まる。


 一頭は本能で飛ぼうとし、その機能を奪われた翼をはためかせる。もう一頭は火炎を吐こうと再び口を開く。


 が、それよりも速く、斧を振りかぶったボッズが火竜に降りそそいだ。


「フンッ!」


 その一撃は、間抜けにも飛ぼうとしていた火竜の脇腹を切り裂く。続け様、ボッズは身体を捻り横薙ぎを放つ。


「グォアアアアァァーー!」


 痛みのあまり、上がる火竜の叫び声。もう一頭はそれを気にすることなく、灼熱の火炎を吐き出した。ボッズは火竜を盾に、それを凌ぐ。


(……フン、さすがに熱いな)


 直撃は避けてはいるが、あまりの熱波にボッズの体毛が、皮膚が焼けていく。


 焼けた皮膚が突っ張り始めたが、ボッズはそれを意に介することなく、身体を捻り力を溜める。


 ——そして、炎が途切れた瞬間——


「フンッ!」


 ——回転するかの様に振り上げられたボッズの斧が、盾にしていた火竜の首を切り落とした。


 ブスブスと音を立て、崩れゆく火竜の身体。


 それを見たもう一頭の火竜は、次こそ焼き尽くさんとその凶悪な口を開いた。


 炎と炎の間には若干の間隔があく。時間との勝負だ。


 ボッズは再び身体を捻り、力を溜める。体毛に隠れた血管が浮き出る。突っ張った皮膚が裂け、血が流れ出す。


(……さあ、死合おうぞ!)


 必殺の一撃を繰り出すため、ボッズは溜める、溜める、溜める、溜める——。


 しかし非情にも、火竜の炎はボッズの攻撃よりも先に放たれた。


 迫り来る灼熱の炎。睨むボッズ。


 その時——。



「——『大水海の障壁魔法』!」



 ボッズの前に、水の大壁が現れる。その壁は蒸発しながら、灼熱の炎からボッズを守る。



「——『閃光の魔法』!」



 それとほぼ同時に、火竜の目元で眩い光が弾ける。ボッズが目を細めて見ると、その水壁の向こうには閃光により目を潰され悶え叫ぶ火竜の姿があった。


(……感謝するぞ)


 ボッズは身体を捻りつつ大地を蹴り、水の壁を突き破って火竜の首元に降り立つ。


 そして——



「フンッッ!」



 ——その勢いのまま、全力を解放して斧を振り上げた。


「ァーーーーッ……!」


 末期の叫びを上げられぬまま、落ちる火竜の首。それを確認したボッズは、その場に座り込んだ。


 駆け寄ってくる、二つの影。


「大丈夫!? ボッズさん!」


「うん。間に合ってよかった……」


「……恩にきる、ヒイアカ、ナマカ」


 ——『ハウメアの側近』、三つ星冒険者のヒイアカとナマカだ。彼女達は支援要請を受けたグリムの指示を受け、ボッズの元へと駆け向かっていた。


 そして、遅れてもう一人。


「はいはーい、ボッズさーん、痛みますよー。痛かったら手を上げて下さいねー」


「……なっ……ぐっ…………ぬうぅぅっっ!!」


 ボッズに降り注がれる回復薬。この世界の回復薬は効果は抜群だが、沁みるのだ、ものすごく。


「大丈夫っすか、ボッズさん?」


「……ジュリ……かけるならかけると言え……」


「言ったつもりっすけど?」


 ボッズの身体から立ち昇る臭気。だが、おかげで傷は塞がった。


 斧を支えに、立ち上がるボッズ。そして——地平を睨む。


「さあ、オレは次に行く。お前らは、逃げたければ逃げろ」


 そのボッズの睨む方向に目をやり、『開拓者』ジュリアマリアは肩を落とした。


「うへえ……いよいよキツくなってきたっすね……」


「フン、分かっていたことだ。じゃあな」


 そう言い残し駆け出して行くボッズ。ジュリアマリアは慌てて後を追いかける。


「ちょ、待つっすよボッズさん! ウチも行きますって……ったく、あの脳筋馬鹿クソ狼……」


 遠ざかっていく二つの影。それを見たヒイアカとナマカも、頷き合う。


「ふう。じゃあ私達も行こっか、ナマカ」


「うん。ハウメアには悪いけど、ほっとけないもんね、ヒイアカ——」


 

 こうして、ヒイアカとナマカも彼らの後を追い、前線へと躍り出る。彼女達が向かう先には、『飛べない』渡り火竜が二頭——


 ——それに加え、いよいよ莉奈が抑え切れなくなって逃した『万全の』渡り火竜二頭が待ち受けているのだった——。




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