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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第一部 第三章
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月の集落のエルフ達 02 —会敵—






 空に浮かび上がった莉奈は『遠くを見る魔法』を詠唱する。


 言の葉を紡ぎ終えると、まるで望遠鏡を覗き込むかの様に莉奈の視界が覚醒していった。


 莉奈は誠司の言っていた辺りに近づき、上空から目を凝らして確認する。


 そこには、枝葉に邪魔されてハッキリとは見えないが、無数の巨大蜘蛛(ぐも)うごめく姿が確認出来た。


(……うわあ、うじゃうじゃいるなあ。支援担当で良かったや)


 敵の強さが問題ではない。


 昆虫——ではないが、ああいったものが群れを成しているのを見ると鳥肌が立ってしまう。


 支援を任せてくれた誠司の采配に感謝しつつ、莉奈は弓に矢をつがえる。


 やるべき事は、この四年間の誠司からの教えでだいたい分かっていた。今は静かに、誠司達が会敵する、その時を待つ。







「——『遠くを見る魔法』」


 レザリアは魔法を詠唱する。


 エルフはその種族特性として元から視力は高い方だが、弓矢で正確な狙撃を行いたい時は、他の種族同様この魔法を使用する。


 パチパチと瞬きをし、魔法効果のオンオフを繰り返して正常に発動しているのを確認する。


「距離二百。レザリア君、準備はいいかい」


「はい、いつでも」


 誠司の言葉に、レザリアは強くうなずく。


「よし。それではヘザー、私達はここから一気に距離を詰める。討ち漏らしが襲ってきた場合、すまないが相手してくれ」


「わかりました。こちらは心配無用です」


 ヘザーは一礼する。準備は万端だ。レザリアは矢を三本指に挟み、つるにつがえながら誠司に話しかけた。


「ふふ。こうしてまたセイジ様と肩を並べて戦う日が来るなんて、夢みたいです」


「……遠くから眺めてただけじゃなかったのかい?」


 誠司の問いに、レザリアは足下を慣らしながら照れくさそうに言う。


「——実はあの時、肩を並べ戦いました。少しだけですが」


 彼等と共に戦った時、誠司は基本単独行動だった。ただ、途中で一人のエルフと行動を共にし——誠司の記憶が蘇る。


「ああ、なんだ。君はあの時のエルフ君か。なら、安心して任せられるな」


 誠司とレザリアは互いに目を合わせ、微笑んだ。そして、次の瞬間には二人とも真剣な表情に戻り、真っ直ぐ前を見据える。誠司はつかに手を掛けた。


「——では、すみやかに殲滅せんめつする。行くぞ」



 


 掛け声と共に、誠司が走り出した。


 姿勢を低くし、刀をいつでも抜ける状態で駆けて行く。その後ろ、少し離れた所をレザリアが追走する。


 まず初手は自分だ——獲物を定めるため、レザリアは注意深く前方を確認する。


(距離、百五十、百——念を入れて、五十まで近づきますか)


 最初の獲物は決まった。誠司の刀の届かないであろう場所のみきに張り付いている、比較的狙いやすい三体。


(五十!)


 レザリアはピタッと立ち止まり、右手にある三本の矢を連続で放った。


 その結果を見る事なく、次の三本を矢筒から取り出し弓につがえ、次の獲物を見定める。


 果たしてその最初の三本の矢は、レザリアの狙い通り三体の蜘蛛の急所を貫いていた。


 奇怪な鳴き声を上げ幹から剥がれ落ちたその蜘蛛達は、地面に落ちると同時に、粒子となり消えてゆく。


 その音に驚いた蜘蛛が振り返った瞬間、誠司の斬撃により一匹の蜘蛛の視界が割れた。


 返す刀で二匹の蜘蛛を斬り伏せる。


 ようやく何が起こったのか理解して反射的に飛び掛かってきた二匹の蜘蛛を、いつの間にか刀を鞘に納めていた誠司が、居合いの要領で一刀のもと斬り裂いた。


 そのタイミングで、急所を撃ち抜かれた三体が追加で落ちてくる。レザリアだ。


 これで十一体。その後の蜘蛛達の行動パターンは決まっている。糸を吐いて敵を絡め取ろうとするだろう。誠司が周りを注視する、その時だった。


「誠司さん、どーぞ!」


 上空から聞こえたその声と共に、矢が刺さった蜘蛛が一匹落ちてくる。莉奈だ。


 彼女は、正確に急所を撃ち抜ける程の技量はまだない。だがこうやって、深手を与えて落とすくらいなら訳もなく出来る、はずだ。


 誠司は落ちてきた蜘蛛にとどめを刺す。続けて「はい、はい、はーい!」という莉奈の声と共に、二匹、三匹とボトリ、ボトリと落ちてくる。


 そちらのとどめはレザリアに任せ、誠司は隠れている地上の蜘蛛へと真っ直ぐ向かった——。







 ヘザーがたどり着く頃には、殲滅は終了していた。


「いやあー、参った参った。ネバネバだよー」


 糸でベタベタになった莉奈がふわりと降りてくる。莉奈は上の方の蜘蛛の注意を一身に引き付け、糸の攻撃を誘導していた。魔物は目立つ獲物から狙う、それを逆手に取った形だ。


 地上で受けると厄介な糸も、空中で受ける分にはさして問題にならない。自ら巣に飛び込まない限りは、絡め取られる前に莉奈は何処へでも飛んで行けるのだから。


 その隙にレザリアは木の枝を渡り歩き、一匹ずつ片付けていった、という具合だ。


 莉奈に続いて、枝から枝へと伝ってきたレザリアが地上に降り立つ。


「リナ! 大丈夫ですか!?」


「あ、待ってレザリア! 今はばっちいから触らないで!」


 駆け寄ってくるレザリアを制し、莉奈は誠司に声を掛ける。


「誠司さーん!」


「おう、莉奈、お疲れ。見事なおとり役——」


「とうっ!」


 誠司が言い終わる前に莉奈は掛け声を上げ——誠司に思いっきり抱きつく。


「うおっ、馬鹿、お前、離れろ、離れなさい!」


 すぐさま、ぴょん、と後ろに飛び退く莉奈。その莉奈と誠司の服との間にネバーっとした糸が垂れていた。


「いやあ、一つ疑問なんだけどさ。私、囮役になる必要なかったんじゃないかな?」


 莉奈がクルクルと糸を指で巻きながら、ジト目で誠司を睨む。


「そ、そんな事はないぞ。何事も経験だし、万が一を考えてだな……」


「そ、そ、そうですよ! それに、リナのおかげでとても安全に終わらせることが出来ました!」


 慌てたレザリアが、誠司に助け舟を出した。その言葉に、莉奈は笑いながら返す。


「あはは、わかってるよ、レザリア。全部わかってる。本当はね、私なんかでも出来る事があって嬉しいんだ——さ、ごめんね、誠司さん。肩出して」


 そう言って莉奈は、苦笑いをしている誠司の両肩に手を置き『汚れを落とす魔法』の詠唱を始める。


 だんだんと、二人の服にまとわりついた蜘蛛の糸が解け落ちていった。


 その様子を眺めながら、レザリアは隣にいるヘザーに聞く。


「リナさんってとても明るい方ですね。いつもあんな感じなんでしょうか……」


「四年前——リナがこちらに来た時、彼女はもっと大人びてましたよ。ただある時を境に、リナはあの様になりました」


 喜ばしい事だと思う。莉奈が無理をしていないのであれば、だが。


 ヘザーは自身の失言により、莉奈が今の莉奈になったあの日の事を思い出す——。








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