ケルワン防衛戦 02 —開戦—
莉奈は地平線を見つめる。とても静かな、静かな空。
緊張で手が震える。鼓動の音が、耳を打つ。
莉奈は見つめる。注意深く、見つめる。
やがて、魔法で強化された視界に、その影は映った。
それは予想通り——真っ直ぐとこちらに向かって、飛んで来ていた。
莉奈は静かに通信魔法を立ち上げ、皆に告げる。
「——こちら、莉奈。『渡り火竜』第一陣、六体を視界に確認。まもなく、会敵します」
莉奈からの通信を受け取ったグリムは、同じく街の入り口近くに待機しているクラリスに声をかける。
「それではクラリス。長丁場になるが、早速始めてくれないか」
「うふふ。私、喉には自信がありますので! さあさあ、ご覧ください、二つ星冒険者『場末の歌姫』クラリス、一世一代の大舞台が今、開幕しますよー! あ、サイン要ります?」
「全てが終わり、伝説を作った暁にはな。では、配信を開始するぞ」
「はいはーい! じゃあ、おっぱじめますねー」
そう言ってクラリスは咳払いを一つし、その透き通る歌声で高らかに歌い始めた。
グリムはインカムをいじり、皆に通信を飛ばす。
「——それでは各自、クラリスの通信回線は常時開いておくように。大まかな動きは事前に打ち合わせた通りで、必要な時以外、基本的に私からは細かい指示は出さない。キミ達の経験と勘を信じているからな。皆の健闘を祈る」
クラリスの歌が聴こえてくる。莉奈は身構える。渡り火竜は目前、初手は私だ。
莉奈はビシッと小太刀を竜達の方に向け、宣言する。
「やいやいやい、このトカゲども! 三つ星冒険者の最弱筆頭、この莉奈さんが相手だっ。お手柔らかにかかって来い!」
と勇んではみるものの、海竜ほどではないがやはりデカい。怖い。
そして、その莉奈の煽りに乗ったのかどうか定かではないが、先頭を飛ぶ渡り火竜が口を開いて炎のブレスを吐いてきた。
(……おっと。でも、ヴァナルガンドさんよりかは怖くはないかな)
莉奈は空中を旋回しながら炎をかわす。そして、火竜達よりも上空に浮かび上がって、獲物を見定める。
(……ええと。うん、あなたに決めた)
莉奈は急降下し、一匹の背中に飛び乗った。背中に異物を感じ取り、暴れる渡り火竜。それを意にも介さずに、莉奈は小太刀を握りなおす。
(さてさて、どうかなあ)
試しに、莉奈は渡り火竜の翼に小太刀を振り下ろす。しかし、カツンという音と共に、莉奈の小太刀は跳ね返されてしまった。
(硬っ! ここに刃が通れば楽だったんだけどねえ……)
まあ、想像通りである。早々に諦めた莉奈は、当初の予定通り『翼膜』を切り刻んだ。
「グォオオオォォーーッ!」
渡り火竜の動きが激しくなる。だが、問題ない。無理に動きに逆らわず、莉奈はもの凄い速さで翼膜を切り裂いていく。
飛ぶ。乗る。しがみつく。切り裂く——その動きは、そう、まるで燕のように。
やがてその火竜は飛行を維持出来なくなり、高度を下げていく。莉奈は地上を睨んで、もう片方の翼膜を切り裂いた。
(ようし、ドンピシャ!)
飛ぶ術を失い、落ちていく火竜。そこは狙い通り、歴戦の三つ星冒険者達が待ち受けている場所であった。
(はい、次!)
莉奈は急上昇し、五匹の火竜の前に立ち塞がる。
「やーいやーい! 悔しかったら、かかっておいでー!」
同族を落とされ、色めき立つ火竜達。
『魔物は目立つ獲物から狙う』——その習性を利用するために、莉奈は小太刀を手の平でクルリと回し、火竜達を挑発するのであった——。
火竜が落ちてくる。
それを確認した誠司とボッズは、その火竜の元へと駆け向かった。
「さあ、ボッズ君。長丁場になるぞ」
「ふん。望むところよ」
やがて、大きな音を立てて地面に打ちつけられる渡り火竜。それなりにダメージはあるはずだが——
「グォオオォォーー!!」
——火竜はすぐさま起き上がり、迫り来る誠司達を迎え撃つ体勢をとる。
「来るぞ、ボッズ君」
「ああ」
開かれる口、渦巻く炎。火竜の口から、炎が放たれる。
それを二手に別れ、回避する誠司とボッズ。そして火竜とすれ違いざま、その身体を——斬る。
「グギャァオオォォー!」
「やはり……硬いな」
傷こそ与えられたものの、その硬い鱗に阻まれ大してダメージは入ってないだろう。火竜は誠司の方を向き、その炎を纏った口で噛みつこうとする。
(……食らったら、終わりだな)
誠司は大きく飛び退き、火竜と距離をとった。空振りに終わる噛みつき攻撃。その隙にボッズが、斧を振るう。
「フンッ!」
火竜の脚を狙って振り下ろされたその斧が、その骨を砕く。たまらずよろけ、踏ん張るために動きを止める火竜。
その大きな隙を、誠司が見逃すはずがない。
—— 一閃
そう、動きを止めた竜など、誠司の相手ではないのだ。
刀を鞘に納める音。落ちる首。断面から炎が燻る。
ブスブスと音を立てながら、火竜の肉体は魔素へと還り始めた。魂が肉体から離れてゆく。
それを確認した誠司達は、所定の位置へと駆け戻る。
「莉奈のおかげだな。飛ばない火竜なら、何とかなりそうだ」
「ああ。これで、五十分の一を倒したことになるな」
「……数字は言わないでくれ。先が思いやられる」
誠司が空を見ると、二匹目の火竜が落ちてくるところだった。
——あちらはセレスに任せよう。
誠司は通信魔法を立ち上げ、三匹目の火竜が落ちてくるのを待つのだった。




