ケルワン防衛戦 01 —「ちゃんと捕まえてね?」—
『渡り火竜』襲来予定日、当日。不気味なほど静かな、晴天の日。
人がいなくなり、すっかり静かになったケルワンの街の近くに、彼らは布陣を敷く。
本来、渡り火竜はここから北、しばらく行った平原に現れる。
従来通りなら、そこで迎え撃つのがセオリーなのだが——
——渡り火竜の特性として訪れた火竜達は、人の匂いに釣られてか、ここケルワンを目指す傾向にある。
平原で戦った場合、街へと向かおうとする火竜を全て抑えきるのは不可能であろう。
そう、過去にセレスとマッケマッケが取り逃がし、なんとか誠司が迎え撃った、あの時のような状況は避けなければならない。
ただでさえ少ない戦力、こちらは分散している余裕などないのだ。
だから、街の近くで迎え撃つ——言うなれば、背水の陣を敷くことしか、彼らに選択肢はなかった。
そして午後三時。ついに、観測所から連絡が入る。渡り火竜第一陣到着まで、あと三十分。
戦いが始まったら、ゆっくり話している余裕などない。一同は、戦い前の最後の会話を交わしあうのであった——。
街の入り口。そこには、アオカゲをよしよしと撫でるグリムの姿があった。そんな彼女の元に、セレスとマッケマッケが近づいていく。
マッケマッケが開口一番、グリムに文句をつけた。
「ちょっと、グリムさん!? あなた、通信魔法も使えないんですって!? よくそれで、司令塔名乗りでれましたね!?」
「まあ、落ち着けマッケマッケ。あの時言っていたら、キミは絶対に反対してただろう?」
グリムは目を覆っているゴーグルを上げ、マッケマッケに答える。その様子を見たセレスは、呆れたかのようにつぶやいた。
「まったく。貴重な魔道具を、生活魔法のために使うことになるなんて……」
「すまないね、セレス嬢。だが、助かったよ。ご協力、感謝する」
今グリムが身につけているゴーグルには『遠くを見る魔法』。耳につけたインカムのようなものには『通信魔法』の力が込められている。
いずれもまっさらな魔道具に力を吹き込んで、それを取り付けた形だ。
グリムはアオカゲに荷物を取り付け、その背中に跨がった。
「しかし、いいのかなセレス嬢。こんなところにいて。キミはてっきり、誠司のところに行くと思っていたのだが。時間はもう、あまりないぞ?」
そのグリムの言葉に、セレスはうつむいて首を横に振った。
「……ううん、いいの。今、あの人と話したら、死ぬのが惜しくなっちゃうから」
「セレス様……」
マッケマッケが沈痛な表情を浮かべる。そんなセレスをグリムは馬上から見下ろし、冷ややかな視線を浴びせかけた。
「なら、なおさらキミは会いに行くべきだな、セレス嬢。死ぬことを前提に考えている者は、この戦いには要らない」
グリムのその言葉を受け、セレスは唇を噛む。分かっている。分かっているのだ。
でも、最低でも命を賭けなければ——皆を守り切るなんて、とんだ絵空ごとだ。
「……私だって……私だって」
「いいから行ってこい、セレス嬢。私は人の心の機微には疎いが、これだけはハッキリと言える。行って抱きしめられてこい。それがキミの、力になるはずだ」
「……でも」
なおもぐずるセレス。グリムはため息をつき、暗唱を始める。
「『四月三十日 大変なことになった。私はどうすればいいの? 早く来て、セイジ。会いたい、会いたい、会いたい。会って話を聞いて欲しい。会って私を抱きしめて欲しい。そして私を……』日記はここでR指定が入る」
「わあ、わあ! やめて下さい、グリムさん! セレス様、戦う前に死んじゃいますってえ!」
マッケマッケが慌ててセレスの方を見ると——彼女は両手で顔を覆い、しゃがみ込んでいた。
グリムは目を細め、セレスを見つめる。
「私はね、羨ましいんだよセレス嬢。そこまで人を想う気持ちというものがね。まだ私にはないものだ。キミは言ったな、誠司と話したら、死ぬのが惜しくなると」
セレスは顔を覆ったまま、コクンとうなずく。
「——結構じゃないか。命を惜しめ。昨晩も言ったが、もう一度言わせてもらう。『0%』のその先には、『完全勝利』が待っているぞ。だから行ってこい。そして……滅茶苦茶にされてこい!」
その言葉を受け、セレスはゆっくりと立ち上がる。そして、まだ赤みの残る顔で力強く頷き、グリムを背にして駆け出して行った。
それを見送ったマッケマッケは深く息を吐き、グリムに感謝を述べる。
「ありがとうございます、グリムさん。なんか最後の方、おかしかったような気もしますけど」
「気にするな。この戦いには、希望が必要だ。誰かの心が折れた瞬間、我々の敗北は決定してしまうからな。キミも、心に留めといてくれ——」
†
「ふええん、無理だよお、誠司さあん。私に、こんな大役う……」
莉奈の心はポッキポキに折れていた。責任重大、重圧に押し潰されそうだ。
「……ああ、すまないと思っている。君に……苦労をかけてしまって……」
「うう……じゃあさ、悪いと思ってるんだったら一つ教えてよ」
「なんだ?」
「この前言ってたさ、『自慢のむ……』の『む』ってなによ?」
「『む』? そんなこと、言ったか?……あっ」
誠司は心当たる。言った。あれは確か、ボッズ君と莉奈が模擬戦をやった時に——。
「思い出した?」
「いや、思い出せないな」
「……もう!」
莉奈は膨れっ面をする。最近、膨れっ面が多い。そんな顔になったら、どうしてくれるんだ。
「まあ、君を……む、娘のように思っているのは確かだ……うん、そうだ、思い出した。あの時『自慢の娘のように思っているなにか』と言おうとしたんだ」
その言い訳を聞いた莉奈は、「うわあ……」という様な渋い顔をしている。誠司も頑張ってはみたが、これは選択肢を誤ったか——。
その落ち着きのない誠司を見て、莉奈は顔を緩め、息をついた。
「まあ、いっか。いっちょ頑張ってくるよ……ねえ、誠司さん」
「なんだ」
「——もし、私が死んだら、私の『魂』、ちゃんと捕まえてね?」
真剣な表情で誠司を覗き込む莉奈。誠司はたまらず、目を逸らした。
「……断る。だから、必ず、生きて帰って来い……生き足掻いてみせろ」
「……ふふ。そうだね。誠司さんも、ちゃんと生き足掻くんだよ?」
「ああ、約束する」
遠くからセレスが駆けて来るのが見える。莉奈は気を遣い、空へと浮かび上がった。
「じゃ、ちょっと見回ってくるねー。そんじゃ、行ってきまーす!」
「……気をつけて、な」
上空へと昇っていく莉奈を見送る誠司。どうか、無事で、無事で帰って来い——。
——数十秒後。
「セイジ! 滅茶苦茶にして!」
「こんな時に君は何を言ってるんだ、こら、離れなさい!」
「ううん、もう絶対……いたいいたいいたい」
飛びついてきたセレスの関節を捻りながら、誠司はもうすぐ奴らが現れるであろう空を睨む。
『渡り火竜』五十体。決戦が、今、始まる——。




