集えよ、冒険者たち 09 —歌姫—
ボッズ達が到着してから、二日が経過していた。
その間、新たな三つ星冒険者は訪れていない。
ただ、義憤に駆られ『魔女の集合住宅』の扉を叩く一つ星、二つ星冒険者、他にも有志の無名な者達がいるにはいた。
だが、大抵その者たちは誠司の殺気で怯んでしまう。
そんな彼らに誠司は、
「その気持ちはありがたく受け取っておく。だが、今は生き延びなさい。そして将来、私達の代わりを担ってくれ」
と、優しく微笑みかけた。
相手は『渡り火竜』の大群だ。中途半端な実力の持ち主では、無駄に命を散らしてしまう可能性が高い。
とは言え、この世界もまだまだ捨てたもんじゃないな——悔しそうに去っていく彼らの後ろ姿を見つめながら、誠司は目を細めるのであった。
ボッズとジュリアマリア、そして莉奈は、模擬戦に明け暮れていた。
莉奈の『飛ぶ能力』。それは、普段意識から外れやすい上空への対策に、うってつけであった。
地上で戦いながらも上空を意識する——その癖をつけるために、ボッズとジュリアマリアが打ち合い、そこに莉奈が奇襲をかける、という形で訓練は続く。
そんな彼らの元に、時間の空いた誠司が様子を見にやって来た。
「やあ、君達。調子はどうかな」
「おう、セイジ。ちょうどいい、お前も加われ」
その話の流れにジュリアマリアは安堵し、その場にへたり込んだ。
「ふいー、良かったっす。ボッズさんの相手、疲れたっすよ。じゃ、ウチは休んでるので……」
「何を言う、ジュリ。お前もだぞ」
「……鬼、悪魔、クソ狼」
ジュリアマリアの不満を聞き流し、誠司を加えた模擬戦が再開される。
ボッズと誠司が打ち合う。ジュリアマリアが撹乱する。莉奈が奇襲する。
さすがは三つ星冒険者たち、その動きは素晴らしい。並の者から見たら、何をやっているのか目で追うことは難しいだろう。
そう、この模擬戦をじっくりと見ている、彼女がそうである様に——。
模擬戦がひと段落する。汗を拭いながら誠司は、振り返ることなくその人物に声をかけた。
「……何度来ても、君を参加させることは出来ない。急いで避難しなさい」
「うふふ。『救国の英雄』さん、そんなこと言ーわーずーにぃー、連れて行って下さいよお。私、役に立ちますよ?」
彼女は透き通った声で誠司に話しかける。その声に、その場の全員が振り返った。
莉奈は、その人物の見覚えのある格好を見て、驚きの声を上げる。
「え……あなたもしかして、ギルドにいた人!?」
「そうですよ、『白い燕』さん。いつもお世話になってます!」
ペコリとお辞儀をする彼女。間違いない、あの人だ。
後ろ姿しか見ていないが、レザリアに『歌にしていいか』と尋ねていた人物。
そう、彼女は莉奈がギルドで度々見かけていた『吟遊詩人らしき人』だ。
「な、な、なんであなたがここに!?」
「各地で歌うのが私の仕事ですもの。それでオッカトルに来て歌を広めていたのですが……いやあ、こんなことになるとは。まいったまいった」
その彼女を見て、ボッズとジュリアマリアは顔を見合わせる。
「あいつは……たまにギルドで見かけるな」
「ええ。確か二つ星冒険者の吟遊詩人、『歌姫』クラリスさんっすね。そこそこ有名人っす」
「そう! 私がクラリスですよー、『巨鳥殺し』さん『開拓者』さん。サイン要ります?」
自分の名前が出た瞬間、二人に駆け寄るクラリス。挨拶をし、二人にサインを押し付けようとする。
そんな彼女を、誠司は殺気で刺した。
「え? えっ、ふええ……」
殺気を受け、ペタンと地面に座り込むクラリス。その様子を見て、誠司は首を振った。
「……見ての通り、彼女に渡り火竜相手の戦いは危険だ。そう言ってるのだが……彼女は毎日来るんだ。戦闘に参加させてくれってね。もう、三日連続だったかな」
腰を抜かしながらも誠司に這い寄るクラリス。誠司の足をつかみ、彼女は懇願する。
「そんな、ご無体なあ……。こんな英雄譚が生まれそうな場面、私が居なくてどうするんですかあ……」
「離しなさい。君のことを思ってだ。君に何かあったら、せっかくの歌も広められないだろうに」
その言葉を聞き、クラリスはすくっと立ち上がった。そして、誠司を真っ直ぐに見つめる。
「おためごかしは止めて下さい。分かりました。でも、最後に私にチャンスを下さい」
「……なんだね、言ってみなさい」
誠司の言葉に、クラリスはニヤリと笑う。
「皆さま、先程の様に戦って下さい。私の力を、お見せしましょう」
「……分かった。それで無理だと私達が判断したら、大人しく避難するんだぞ?」
「うふふ。分かりました。でも、私には見えますよ。皆さまが私に頭を下げる未来が」
「……ほう?」
視線を交わし、不敵に笑い合う二人。
そんな二人を眺めながら、さっきから大人しくしている莉奈は膨れっ面をしている。
——そうか、この人が諸悪の根源——。
いや、正確に言わせてもらえば、実際の諸悪の根源はレザリアなのだが。
「では、行くぞ」
誠司はクラリスに向け、木刀を構える。それを見たクラリスは、慌ててブンブンと手を振った。
「いえいえ、私は戦いませんって! 皆さん、どうぞ思う存分に戦って下さい!」
「……どういう事だ?」
首を傾げながらも、互いに向き合う面々。彼女は吟遊詩人だ。何か、補助的な役割をこなすのか——。
とりあえず彼女を置いて、四人は模擬戦を再開した。
その模擬戦の始まりを確認したクラリスは、コホンと一つ咳払いをし、高らかに歌い始める。
魔力の込められた彼女の透き通る歌声が、辺りに響き渡る——。
その歌を聴いた四人は、自分の身体に起こる変化に気づき、戦闘を続けながら驚愕する。
(……身体が……軽いっす)
(……これは……力が漲ってくるぞ)
(……えっ、疲れが……抜けた?)
(……驚いたな)
何と言うべきだろうか。常に、最高のコンディションで動ける感じだ。
神経が研ぎ澄まされる。身体が一手速く動かせる。
誠司は感じる。まるで、全盛期の自分を取り戻したようだと——。
とりあえず五分程打ち合い、模擬戦は終了した。
歌を止めたクラリスが、ニコニコしながら歩み寄ってくる。
「お疲れ様です。どうでしょう、私に頭を下げる気になりました?」
「……クラリス君、これは一体……」
その誠司の質問に、待ってましたと言わんばかりにクラリスはドヤ顔をした。
「うふふ。私の魔法です。この歌を聴いた者は、滋養強壮、疲労回復、栄養補給など、様々な効果を受けられます。あっ、知能が一定以上ない者、ようするに魔物とかには効果がないんで、安心して下さいね?」
誠司は唸る。その効果は強烈だ。特に最近、年齢のせいで疲労を感じやすくなっている誠司には特に——。
「……わかった、クラリス君。頭を下げよう。なるべく安全は保障する。私達に、力を貸してくれるかね?」
「最初からそう言ってますよ。ああ、楽しみです。皆さん、頑張って私にいい所、見せて下さいね?」
「……おい、真剣に頼むぞ。ではセレスに紹介する。ついてきなさい」
誠司は鼻で息を吐き、アパートに戻ろうとする。クラリスも後を追い、振り向き様、皆に向けこう言った。
「あっ、そうそう。私の魔法の歌ははあくまで『元気の前借り』なので、あとで動けなくなるかもしれません。ご了承下さいませー!」
四人は固まる。確かに、彼女の力は強力だ。しかし、そんな副作用があるとは——先に言ってくれ。
「どうしたんです? 早く行きましょう、『救国の英雄』さん!」
「……あ、ああ」
背に腹は変えられない。長期戦が予想される渡り火竜との戦いでは、彼女の力が必要になるだろう。
——襲来が明後日で良かった。
そう考えながら迫りくる倦怠感に怯えつつ、誠司は『魔女の集合住宅』へと帰るのであった——。




