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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第三部 第四章
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集えよ、冒険者たち 09 —歌姫—






 ボッズ達が到着してから、二日が経過していた。


 その間、新たな三つ星冒険者は訪れていない。


 ただ、義憤に駆られ『魔女の集合住宅』の扉を叩く一つ星、二つ星冒険者、他にも有志の無名な者達がいるにはいた。


 だが、大抵その者たちは誠司の殺気で怯んでしまう。


 そんな彼らに誠司は、


「その気持ちはありがたく受け取っておく。だが、今は生き延びなさい。そして将来、私達の代わりをになってくれ」


 と、優しく微笑みかけた。


 相手は『渡り火竜』の大群だ。中途半端な実力の持ち主では、無駄に命を散らしてしまう可能性が高い。


 とは言え、この世界もまだまだ捨てたもんじゃないな——悔しそうに去っていく彼らの後ろ姿を見つめながら、誠司は目を細めるのであった。





 ボッズとジュリアマリア、そして莉奈は、模擬戦に明け暮れていた。


 莉奈の『飛ぶ能力』。それは、普段意識から外れやすい上空への対策に、うってつけであった。


 地上で戦いながらも上空を意識する——その癖をつけるために、ボッズとジュリアマリアが打ち合い、そこに莉奈が奇襲をかける、という形で訓練は続く。


 そんな彼らの元に、時間の空いた誠司が様子を見にやって来た。


「やあ、君達。調子はどうかな」


「おう、セイジ。ちょうどいい、お前も加われ」


 その話の流れにジュリアマリアは安堵し、その場にへたり込んだ。


「ふいー、良かったっす。ボッズさんの相手、疲れたっすよ。じゃ、ウチは休んでるので……」


「何を言う、ジュリ。お前もだぞ」


「……鬼、悪魔、クソ狼」


 ジュリアマリアの不満を聞き流し、誠司を加えた模擬戦が再開される。


 ボッズと誠司が打ち合う。ジュリアマリアが撹乱かくらんする。莉奈が奇襲する。


 さすがは三つ星冒険者たち、その動きは素晴らしい。並の者から見たら、何をやっているのか目で追うことは難しいだろう。


 そう、この模擬戦をじっくりと見ている、彼女がそうである様に——。





 模擬戦がひと段落する。汗を拭いながら誠司は、振り返ることなくその人物に声をかけた。


「……何度来ても、君を参加させることは出来ない。急いで避難しなさい」


「うふふ。『救国の英雄』さん、そんなこと言ーわーずーにぃー、連れて行って下さいよお。私、役に立ちますよ?」


 彼女は透き通った声で誠司に話しかける。その声に、その場の全員が振り返った。


 莉奈は、その人物の見覚えのある格好を見て、驚きの声を上げる。


「え……あなたもしかして、ギルドにいた人!?」


「そうですよ、『白い燕』さん。いつもお世話になってます!」


 ペコリとお辞儀をする彼女。間違いない、あの人だ。


 後ろ姿しか見ていないが、レザリアに『歌にしていいか』と尋ねていた人物。


 そう、彼女は莉奈がギルドで度々見かけていた『吟遊詩人らしき人』だ。


「な、な、なんであなたがここに!?」


「各地で歌うのが私の仕事ですもの。それでオッカトルに来て歌を広めていたのですが……いやあ、こんなことになるとは。まいったまいった」


 その彼女を見て、ボッズとジュリアマリアは顔を見合わせる。


「あいつは……たまにギルドで見かけるな」


「ええ。確か二つ星冒険者の吟遊詩人、『歌姫』クラリスさんっすね。そこそこ有名人っす」


「そう! 私がクラリスですよー、『巨鳥殺し』さん『開拓者』さん。サイン要ります?」


 自分の名前が出た瞬間、二人に駆け寄るクラリス。挨拶をし、二人にサインを押し付けようとする。


 そんな彼女を、誠司は殺気で刺した。


「え? えっ、ふええ……」


 殺気を受け、ペタンと地面に座り込むクラリス。その様子を見て、誠司は首を振った。


「……見ての通り、彼女に渡り火竜相手の戦いは危険だ。そう言ってるのだが……彼女は毎日来るんだ。戦闘に参加させてくれってね。もう、三日連続だったかな」


 腰を抜かしながらも誠司に這い寄るクラリス。誠司の足をつかみ、彼女は懇願こんがんする。


「そんな、ご無体なあ……。こんな英雄譚えいゆうたんが生まれそうな場面、私が居なくてどうするんですかあ……」


「離しなさい。君のことを思ってだ。君に何かあったら、せっかくの歌も広められないだろうに」


 その言葉を聞き、クラリスはすくっと立ち上がった。そして、誠司を真っ直ぐに見つめる。


「おためごかしは止めて下さい。分かりました。でも、最後に私にチャンスを下さい」


「……なんだね、言ってみなさい」


 誠司の言葉に、クラリスはニヤリと笑う。


「皆さま、先程の様に戦って下さい。私の力を、お見せしましょう」


「……分かった。それで無理だと私達が判断したら、大人しく避難するんだぞ?」


「うふふ。分かりました。でも、私には見えますよ。皆さまが私に頭を下げる未来が」


「……ほう?」


 視線を交わし、不敵に笑い合う二人。


 そんな二人を眺めながら、さっきから大人しくしている莉奈は膨れっ面をしている。


 ——そうか、この人が諸悪の根源——。


 いや、正確に言わせてもらえば、実際の諸悪の根源はレザリアなのだが。





「では、行くぞ」


 誠司はクラリスに向け、木刀を構える。それを見たクラリスは、慌ててブンブンと手を振った。


「いえいえ、私は戦いませんって! 皆さん、どうぞ思う存分に戦って下さい!」


「……どういう事だ?」


 首を傾げながらも、互いに向き合う面々。彼女は吟遊詩人だ。何か、補助的な役割をこなすのか——。


 とりあえず彼女を置いて、四人は模擬戦を再開した。


 その模擬戦の始まりを確認したクラリスは、コホンと一つ咳払いをし、高らかに歌い始める。



 魔力の込められた彼女の透き通る歌声が、辺りに響き渡る——。



 その歌を聴いた四人は、自分の身体に起こる変化に気づき、戦闘を続けながら驚愕する。


(……身体が……軽いっす)


(……これは……力がみなぎってくるぞ)


(……えっ、疲れが……抜けた?)


(……驚いたな)


 何と言うべきだろうか。常に、最高のコンディションで動ける感じだ。


 神経が研ぎ澄まされる。身体が一手速く動かせる。


 誠司は感じる。まるで、全盛期の自分を取り戻したようだと——。





 とりあえず五分程打ち合い、模擬戦は終了した。


 歌を止めたクラリスが、ニコニコしながら歩み寄ってくる。


「お疲れ様です。どうでしょう、私に頭を下げる気になりました?」


「……クラリス君、これは一体……」


 その誠司の質問に、待ってましたと言わんばかりにクラリスはドヤ顔をした。


「うふふ。私の魔法です。この歌を聴いた者は、滋養強壮、疲労回復、栄養補給など、様々な効果を受けられます。あっ、知能が一定以上ない者、ようするに魔物とかには効果がないんで、安心して下さいね?」


 誠司は唸る。その効果は強烈だ。特に最近、年齢のせいで疲労を感じやすくなっている誠司には特に——。


「……わかった、クラリス君。頭を下げよう。なるべく安全は保障する。私達に、力を貸してくれるかね?」


「最初からそう言ってますよ。ああ、楽しみです。皆さん、頑張って私にいい所、見せて下さいね?」


「……おい、真剣に頼むぞ。ではセレスに紹介する。ついてきなさい」


 誠司は鼻で息を吐き、アパートに戻ろうとする。クラリスも後を追い、振り向き様、皆に向けこう言った。


「あっ、そうそう。私の魔法の歌ははあくまで『元気の前借り』なので、あとで動けなくなるかもしれません。ご了承下さいませー!」


 四人は固まる。確かに、彼女の力は強力だ。しかし、そんな副作用があるとは——先に言ってくれ。


「どうしたんです? 早く行きましょう、『救国の英雄』さん!」


「……あ、ああ」


 背に腹は変えられない。長期戦が予想される渡り火竜との戦いでは、彼女の力が必要になるだろう。



 ——襲来が明後日で良かった。



 そう考えながら迫りくる倦怠感に怯えつつ、誠司は『魔女の集合住宅』へと帰るのであった——。




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