集えよ、冒険者たち 08 —燕の実力—
ちょっとちょっとちょっとちょっと、なんでこんな事になってるのおーー!?
私は『魔女の集合住宅』の近くにある広場で、三つ星冒険者、獣人族のボッズさんと相対していた。
彼は私の実力をみたいらしい。でも、ボッズさんはきっと勘違いをしている。私からは何も出ないぞ。やっぱりなるんじゃなかったよ、三つ星冒険者……。
そんな訳で、模擬戦だ。
彼は首を鳴らし、木刀を肩に乗せ始まりの合図を待っている。いつまで鳴らしてんだよ、その首。
対する私はというと、へっぴり腰で木刀を持つ手はプルプルと震えていた。側から見たら狼と子鹿だぞ、これ。
ギャラリーは、誠司さんとグリム、そしてジュリさん。セレスさんとマッケマッケさんは、さすがに手が離せないようだ。
ジュリさんとグリムの話し声が聞こえてくる。
「ふ……その実力、見せてもらおうじゃないっすか。『白い燕』よ」
「ジュリ、君はそんなキャラだったか?」
「あ、一回やってみたかったんっすよねえ」
くっ、人ごとだと思って。そんな二人を尻目に、誠司さんが近づいてきた。
「では、二人とも。準備はいいか?」
ああ、止めてくれないのね。というか、楽しそうな目をしている。覚えてろよ。今回のセレスさん関係で、からかうネタはいっぱいあるんだから。
こうなりゃヤケだ。私はカラ元気で返事をする。
「お、おうよ!」
「ボッズ君もいいかね?」
「ふん、その実力、見せてもらうぞ。『白い燕』よ」
おい、さっき聞いたぞ。まあ、仕方ない。稽古だと思って、胸を借りよう。私は覚悟を決める——。
「——それでは、始め!」
誠司さんの合図と共に、私は超低空飛行でボッズさんの足下目掛けて飛ぶ。それに素早く反応したボッズさんは身を屈め——木刀を横に薙ぎ払った。下段斬りだ。
しかし、この程度なら反応できる。私はそのままの体勢で僅かに上昇して、それをかわす。そのせいで勢いは落ちてしまったが、そのままボッズさんの顔を目掛けて木刀を振り下ろした。
ボッズさんは、かわす。だが私の木刀の切っ先は、ボッズさんの顔をかすった。
やった——と喜ぶよりも前に、かわした勢いを利用してボッズさんは足下から木刀を振り上げた。私はとっさに木刀で受け止め——
——カンッ、という小気味良い音が響く。私は勢いに逆らわず、わざと上空に押し出され射程の外に出る。なかなかの力だ。腕が痺れる。
私は気取られないよう、木刀をしっかりと握りなおした——。
二人は打ち合う。さすがにボッズの方が優勢に思える、が、莉奈も空中からの死角を意識した立ち回りで見事、ボッズを翻弄していた。
その戦いを眺めるジュリアマリアは、舌を巻いていた。
「はえー。さすがっすね、リナさん。ボッズさんとあそこまでやり合うなんて。こりゃ、ウチじゃまず、勝てないっすねえ」
「そうなのか? キミも三つ星冒険者なのだろう?」
首を傾げながら不思議そうな顔をするグリムに、ジュリアマリアは苦笑いを浮かべた。
「ウチはトレジャーハンターっすからね。戦うだけが、冒険じゃないっすよ」
「ふむ、なるほど。勉強になるな。あとで色々聞かせてくれ」
「いいっすよー。酒に付き合ってくれるならっすけど」
「構わないが……私は二歳だ。果たして、飲酒してもいいものだろうか」
「ん? えっ? はあーっ!?」
莉奈は感じていた。
確かに彼は強いが、速さだけでいえばライラよりは遅く、力だけでいえばノクス程の馬鹿力もない。そして何より、誠司程の技のキレもない。
——意外と戦えるかも。
そうなのだ。莉奈は気づいていない。
ライラは幼少期より、防御面——攻撃をかわすことに特化した戦いを身につけていた。
元騎士団長であるノクスの実力、そして破壊力は、サランディア王国随一と謳われている。
そして、数多の死線をくぐり抜けてきた誠司の剣技。
その者達に、莉奈は四年間みっちりしごかれてきたのだ。莉奈の自己肯定感の低さが良い方向に作用したこともあり、彼女は著しく成長していた。
それに加え、莉奈は『空を飛ぶ』能力を使いこなす。あくまで、その能力を活かすことが前提ではあるが——すでに彼女の実力は、三つ星冒険者に肉薄するものを持っていた。
しかし、そんな彼女にも決定的に足りないものがある——それは稽古では身につかない、実戦での『経験』だ。
息があがる。それでも私は、打ち続ける。
前から、後ろから、左右から、上下から。
『空を飛ぶ』というアドバンテージを活かして、つかず、離れず、相手を翻弄する。
——それが私の戦い方だ。
そして、その時は訪れた。
私の剣を受け流しきれず、よろめくボッズさん。私は追撃を入れるために剣を振り上げる。
その時、ボッズさんの目が、剣先がピクリと動くのが分かった。
よろめいたのは、わざとだ。
それに気づいた私は、予測される剣の軌道から身体を逸らす。
(……もらった!)
私は剣を振り下ろす。これは入っただろう。私が三つ星冒険者から一本取れるなんて——ごめんね、ボッズさん。
——そう、私は油断してしまったのだ。
私の剣が当たる直前、私の首根っこがつかまれる。
「えっ?」
よろめいたのがわざとなら、剣先の動きも、視線の動きも、全部フェイクだったのだ。
本命は、今、私の首根っこをつかんでいる左腕。
全ては、その動きを隠すための動作だったのだ。それを私が理解した時には、もう手遅れだった——。
——ビターン!
私の身体が地面に激しく打ち付けられる。ああ、痛い、悔しい、鼻血出そう。
「そこまで!」
誠司さんの声が高らかに響く。ボッズさんは優しく私を起こした。もちろん、首根っこをつかんでだ。うー。
ボッズさんは私の目を真っ直ぐに見る。
「……さすがだな『白い燕』。噂に違わぬ強さだ」
「……うー。いえいえ。本気でやりましたけど、全然ダメでした……でも、すっごく勉強になりました。ありがとうございますぅ……」
ペンペンと土を払う私。そんな私を見て、ボッズさんは豪快に笑う。
「ははは、何を言う『白い燕』。勉強させてもらったのはこっちの方だ。なあ、セイジ。お前が育てたのだろう?」
「ああ、驚いただろう。私の自慢のむ……ンッ、自慢の弟子だ」
「む?」
「お前の太刀筋に似ている……いや、それ以外にも……。何にせよ、心強い仲間に違いない。頼りにさせてもらうぞ、『白い燕』!」
「む?」
「さあ、もう一本行くぞ! ジュリ、お前も来い!」
「ええ、ウチもっすかあ……」
「むー?」
こうして私達は打ち合い、打ち解け、歓談するのだった。
一日が終わる。夜がやってくる。渡り火竜襲来の時が、刻一刻と迫り来る。
私は不安と希望を抱きながら、今日に別れを告げ眠りにつくのであった。
んで「む」ってなによ。まさか、ね。




