集えよ、冒険者たち 04 —今日の終わりに—
打ち合わせは深夜まで続いていた。
住民の避難場所の確保、民兵への連絡、食糧の準備など多岐に渡る指示を、セレスとマッケマッケは矢継ぎ早に飛ばしていく。
一方で、誠司と莉奈も顔を突き合わせて相談をしていた。
「ねえ、誠司さん。私、マルテディに会ってくるよ」
「……そうか。なら、私も一緒に行くが」
「ううん。誠司さん、やること多いでしょ? 私、一人で行ってくるよ」
確かに、誠司にもやることは多い。セレスに余裕がない今、その他諸々の——三つ星冒険者の相手や、実際に外に出向かなくてはならない用事などは、誠司が引き受けたのである。
「……すまないな。もし彼女の力を借りることが出来れば、戦況はだいぶ優勢になると思うんだが……」
「うん……まあ、会ってみてからだけど……期待はしないでね?」
問題はある。『厄災』として顔の知られてしまっている彼女が、人前に姿を現すことをよしとするか。『厄災』として顔を知られてしまっている彼女を、人々が許すかどうか。
それに莉奈自身の感情で言わせてもらえば、『罪を償いたいのなら私達に力を貸しなさい』と、なんだか弱みにつけ込んでいるみたいで嫌な気持ちになる。
ただ、そうも言っていられる状況ではない。とりあえず会ってみて、強制はせず、彼女の意思を尊重しようというのが誠司と莉奈の結論である。
「——では、よろしく頼むよ」
「うん。場所は教えてもらったから、明日にでも行ってみるよ」
「話を聞く限り大丈夫だとは思うが……気をつけてな」
その時、部屋の扉が開く。ヘザーと共に席を外していたグリムが戻ってきたようだ。グリムは誠司に頭を下げた。
「事後報告になってすまない、誠司。ヘザーとクロカゲをお借りしたよ」
「……どういうことかね?」
誠司の質問に答えず、グリムは紙を手渡す。そこには、ヘザーの文字でこう書いてあった。
『しばらくお暇をいただきます。セレスの力になってあげて下さいね ヘザー』
それを読んだ誠司が固まる。
——そうか……ついに、私に愛想を尽かして……。
——スパーンッ!
一緒に紙を覗き込んだ莉奈が、誠司の頭をハリセンで叩く。
「……待て、なぜ叩く」
「いや。なんかまた良からぬことを考えてる感じがしたからさ。つい」
「つい、で叩くな。つい、で」
「——誠司、裏も読んでみろ」
グリムの言葉に紙を裏返す誠司。そこには——
『私が戻るまで、浮気しないで待ってるんだよ? エリス』
——と、書かれていた。それを読んだ誠司が、再び固まる。
「……悪ふざけが過ぎやしないか……」
そう言いつつも、いそいそと紙を大事そうにしまう誠司。それを見た莉奈が、ニターッと笑う。
「おー、おー、お熱いですねえ」
「ンッ……うるさい。そ、それでだ、グリム君。ヘザーは何処へ?」
「ああ。手札は多いに越した事はないからな。全てはそこからだ」
話が見えず、顔を見合わせる誠司と莉奈。その時だ。マッケマッケが顔を綻ばせてこちらにやって来た。
「セイジ様、朗報です! ギルドから連絡が入りました。三つ星冒険者のボッズさんとジュリアマリアさんが明日、到着するようです!」
「おお!……あ、ええ、あ、ボッズ君に……えっ、ジュリ君……が?」
あからさまに困惑する誠司。その様子にマッケマッケは首をかしげた。
「あれ? お知り合いですか?」
「……ああ。ボッズ君は確か『巨鳥殺し』だったかな。そんな異名を持つ獣人族の男性で、大きな戦力になるだろう」
「えと、じゃあジュリアマリアさんは?」
「……彼女は……うーむ、当時は二つ星冒険者だったはずだ。彼女は確か、戦闘が苦手だったような……」
誠司は唸りながら、当時の記憶を呼び起こす。
ジュリアマリア。愛称、ジュリ。トレジャーハンターを名乗るハーフエルフで、洞窟の探索を生業とする冒険者だ。誠司も当時、何回か彼女の護衛を引き受けたことがある。
そんな彼女は、度胸は据わっているが危険なことには首を突っ込まない、それでいいのかトレジャーハンター、といった感じの人物だったはずだ。
その彼女が、三つ星冒険者になったとはいえ招集に応じるとは、成長したんだな——誠司は時の流れを感じとる。
「——失礼。そうだな、彼女は強いよ。私以上に」
「えっ! 誠司さんより!?」
つぶやくように発せられる誠司の言葉に、莉奈は驚く。負けず嫌いの誠司にそこまで言わせる強さを持つ人物、そんな人が加われば——。
「ああ。私が唯一、飲み比べで負けた相手だ。彼女は底なしだよ。私では相手にならなかった」
——スパーンッ!
「ふざけないのっ! こんな時にっ!」
「……すまない。私も眠たくて頭が回らないんだ。ライラを抑えつけるのに必死でね」
「ああ、そう言えば……」
気がつけば、時計の針は深夜一時を回っていた。いい時間だ。
その様子を見たセレスが、皆に優しく微笑みかけた。
「それじゃあ、今日は終わりにしましょうか。明日も早い事ですし。マッケマッケ、皆さんを部屋に案内してあげてちょうだい」
「はい、了解です、セレス様。ささ、皆さんどうぞこちらへ」
マッケマッケは莉奈とグリムの手を引っ張る。話ではこの集合住宅はセレスの持ち物で、彼女達以外住んでないらしい。ひとり一部屋、割り当ててくれるそうだ。
「待て、私の部屋は……」
置いてきぼりをくらいそうな誠司が、慌てて後を追おうとする。だがその手を、セレスがつかんだ。
「セイジ……あなたは私と一緒の部屋じゃ……嫌?」
うつむいて誠司に問いかけるセレス。その声は震えている。そんなセレスに、誠司は微笑み返した。
「……セレス……いいのか?」
「……!……うん、あなたさえよければ。だって、これが最後かもしれないもの……」
誠司は優しくセレスの手を離す。セレスの瞳は、嬉しさのあまり潤んでいた。それはまるで、あわよくばこれから起こる不貞行為を、夢の如くぼやかすかのように。
「そうか。いや、安心したよ。どうしようか悩んでいたんだ」
「……え?」
「ライラが一人っきりじゃ寂しいと思ってね。君が側にいてくれるなら安心だ。よろしく頼むよ。おやすみ」
「え、ちょ」
誠司はそう言い残し、瞬く間に光に包まれる。一瞬の光の後現れた少女は、自分の身を守る祈りを捧げる——。
それを呆然と眺めながら、セレスは膝をついた。
「バカヤロウだわ……私も、あなたも……うわあああん!」
「……あ、セレスさん、おはようございます! お父さん、仲良くしてくれた?」
——こうして、波乱の一日目は終了した。それぞれが出来ることをする、今はそれしかないのだ。




