集えよ、冒険者たち 03 —冒険者、二人—
「ちょっと待ってください……なんなんですか、あなた」
マッケマッケは少し不機嫌そうな顔で尋ねる。当たり前だ。彼女からしてみれば、この国の命運をどこの馬の骨かもわからない者に委ねることになるのだから。
「先程キミには自己紹介したが、私はグリム。誠司達と同じ世界から来た者だ。キミが納得できないのも理解できる。そうだな——」
グリムはソファーから立ち上がった。
「——私の頭脳を示すとしよう。何か、手頃な本はないかな? 俗物的な本の方がいいが」
「何を言って——」
言いかけるマッケマッケを、セレスは手で制す。そして、誠司に問いかけた。
「ねえ、セイジ。彼女は信頼していいのかしら」
「……そうだな。彼女の演算——いや、頭の回転は、この世界の誰よりも優れている。それだけは保証するよ」
「……そう。マッケマッケ、彼女に本を」
「セレス様!」
「いいから」
セレスの言葉に、渋々一冊の本をグリムに手渡すマッケマッケ。グリムはその本をパラパラとめくり、すぐに閉じる。そして目をつむり、暗唱を始めた。
「『四月二十三日 あの人から手紙が届いたわ! 生きていて良かった、私も、あの人も。やっぱり頼れるのは私だけみたいね。急いであの人のところに行かなくちゃ! ああ、もう、待っててねセイジ。私、私……』——日記はここで滲んでいる」
セレスは無言でグリムに歩み寄り、本をひったくる。その顔は真っ赤だ。
「マッケマッケ? これ、私の日記よね? なんであなたが持ってるの?」
「……すごい……一字一句……」
「マッケマッケ? 読んだの?」
セレスはマッケマッケに詰め寄る。その二人を余所に、グリムは続けた。
「他にも、先程の会話なんかも一字一句再現出来るぞ。例えば……今から二時間四十二分前、そこのセレス嬢が催眠魔法にかけられていた時の会話だ。『薬は効いたわ。あとは既成事実を作るだけ。そうすれば優しいあの人のことですもの。私を放っておけなくなるわ。でもね、私、こんなの慣れてないからすごいドキドキしちゃった。とりあえず、服を脱いであの人をベッドに運ぼうとして——』……」
「——わあ、分かりましたからやめて下さい、グリムさん! セレス様、死んじゃいますって!」
当のセレスは、ヘザーの胸に顔をうずめてシクシクと泣いている。ヘザーはセレスの頭を撫でながら、日記を興味深そうにめくっていた。
「……確かにあなたの頭脳には感服しました。でも……」
なおも言い淀むマッケマッケ。
確かに彼女の頭脳は、認める。だが、認めるのと信頼するのは話が別だ。そんな彼女の肩に、グリムは優しく手を置く。
「なに、私も精一杯頑張らせてもらうさ。それに……キミは待ち望んでいるのだろう?『白い燕の叙事詩』第三番を。なら、私達の手で紡ごうじゃあないか。この国を守り、救い、第三番『白き光が竜を落とす』編を私達の手で!」
「……っ!……グリムさん……はいっ、はいっ!」
そのグリムの言葉に、目に涙を浮かべ答えるマッケマッケ。ちょろい。
その様子を撫然とした表情で見守っていた莉奈だったが、同時にグリムに感服する。
さすがは有名配信者、人の心をつかむのが上手いなと。
グリムは皆を見渡した。
「——それでは『渡り火竜』と『オッカトル』についての情報を全て知っておきたい。その後は、各個人の能力だな。よろしく頼むよ」
†
その日の夜半過ぎ——。
オッカトル共和国の北方にある街、『アサリ・ザデニ』の冒険者ギルドの扉が開く。
時間帯的に人もまばらなそのギルド。そこに入って来た小柄な女性は、一人、テーブルでエールをあおっている知り合いの顔を見つけ、その彼に近づき声をかけた。
「やあやあ、これはこれはボッズさんじゃないっすか。お久しぶりっす。いやあ、奇遇っすね!」
そう言いながら彼女は、ボッズ——狼の顔を持つ人物の向かいに腰掛ける。その彼女の姿を見たボッズは、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
「ふん、何が奇遇なものか。しかし、ジュリ。お前が来るとは思わなかったぞ」
「へへーん。腐っても『三つ星冒険者』っすからね。ウチだって、招集には応じるっすよ。普段から融通きかせてもらってますからね」
目の前で屈託のない笑顔を浮かべるハーフエルフの女性。その彼女——ジュリのことを、ボッズは目を細めて見つめる。
「見直したぞ、ジュリ。しかし……大変なことになったな」
「大変? そういえば何があったんっすか? まだウチ、何も聞いてないっすけど」
「……そうか。先に受付に行って聞いてこい」
首を傾げながら受付へと向かうジュリ。ボッズはエールを流し込みながら彼女を待つ。
程なくして、エールを持ったジュリが青ざめた顔をして戻って来た。
「た、た、た、大変じゃないっすか。なんすか、五十体って何体っすか」
「落ち着け。五十体は五十体だ……エールがこぼれてるぞ」
「ムリっすよ! だって、ウチ、ただのトレジャーハンターっすよ!? あ、いただきまーす。クピクピ……」
ジュリは席に座り、エールを喉に流し込む。その様子を見ながら、ボッズはため息をついた。
「ああ。まあ、何もオレ達だけで戦う訳じゃない。東の魔女セレスに、その右腕マッケマッケ。『救国の英雄』セイジに、最近なにかと耳にする『白い燕』リナとかいう冒険者も合流しているらしい」
「あー……セイジさんは心強いっすね。『白い燕』さんは……強いんっすか?」
「……さあな。話に聞こえてくる分には相当なものだが……実際、見てみないと分からんな」
「そっすよねえ……って、それでも全然頭数足りてなくないっすか? ああ、不安で胸が張り裂けそうっす……あ、すいませーん、おかわりお願いしまーす」
瞬く間にエールを飲み干し、店員におかわりを要求するジュリ。まったく、本当に不安に思っているのかどうか怪しいものである。
「では、朗報だ。二つ星のエンダーがこちらに向かっているとの情報もある。間に合うかどうかは微妙らしいが」
「……うへえ、エンダーさんっすか。あの人苦手なんっすよねえ」
「……そう言うな。変なヤツだが、実力はある。あ、おい、オレにもおかわりを頼む」
ジョッキを下げに来た店員に、ついでにおかわりを要求するボッズ。ジュリは、気持ち声を潜め、ボッズに問う。
「……それで……この地方の最大戦力、『義足の剣士』さんは……」
「……ああ、リョウカか。『竜殺し』の偉業を成し遂げたヤツのことだ。参戦してくれれば、それだけで戦況は傾くと思うが……」
「……つまり、今のところ動きはないと……」
「……ああ」
二人の冒険者は唸る。もし彼が参戦すれば、この無謀ともいえる戦いにも一筋の光明が見出せるのに——と。
「お待たせしましたー、エール二つでーす」
「あ、ありがとうっす。じゃあボッズさん、乾杯しましょっか。最後の乾杯になるかもしれないっすけど」
「縁起でもないな。まあ相手がなんだろうが、オレは斧を振るうのみ、だ」
「頼もしー! んじゃ、乾杯ー!」
二人の冒険者はジョッキを交わす。
こうして、三つ星冒険者の『巨鳥殺し』こと獣人ボッズ。それに、『開拓者』の異名を持つ自称トレジャーハンター、ハーフエルフのジュリアマリアの参戦が決まった。
冒険者は、まだ必要だ。集え、集えよ、冒険者たち——。




