集えよ、冒険者たち 01 —異常事態—
それは果たして偶然なのだろうか。数千年、いや、数万年に一度訪れるかどうかの異常事態。
『渡り火竜』は、それぞれの個体が世界中を渡り歩いている。その個体達のルート取り次第では、たまたま複数体が、同じ場所で交錯することもある。
それが今年、この世界のほとんどの渡り火竜のルートが、この地オッカトルで交錯することとなってしまった。言うなれば、渡り火竜の歴史における特異点。
放っておけば、人も、土地も、全てが食い荒らされてしまうだろう。
静寂が部屋を支配する中、マッケマッケが言葉を絞り出す——。
「……セレス様……五十体って……あーしの聞き間違いですよね……?」
「……私もそう思いたいわ。だけど、本当なの。各地の観測所からの情報をまとめると、世界中の渡り火竜が……オッカトルに進路をとっているって……」
「……そん……な……無理ですよ、五十体なんて……」
茫然と床を見つめるマッケマッケ。セレスは涙を拭い、誠司に微笑みかける。
「……そういう訳なの。だから、あなた達だけでも逃げて……」
「君は、どうするのかね?」
「私は……この国を守らなくてはいけないの。仕方がないわ。みんな、大切だもの。みんなを逃がしている間、一人でも多く助かるように、戦うわ」
セレスの毅然とした眼差しを、誠司は受け止める。
彼女はこの国の代表者である。共和国とは名乗っているが、この地に住む者の大半は、彼女を慕ってこの地に住んでいるのだ。この国の民にとって、セレスは実質的な指導者である。
今だって、彼女は国民のために戦おうとしている。明らかに無謀だと分かっている戦いをだ。そんな彼女だからこそ、皆に慕われているのだ。
誠司は息を吐き、目を閉じた。
「聞いてなかったのか、セレス。私はさっき、『私にも手伝わせてくれ』、そう言ったはずだ」
「そんな! さっきとは状況が全然違うじゃない!」
セレスは、信じられないといった具合に首を振る。拭ったはずの涙が、再び瞳を潤ませる。
「——そしてマッケマッケ君は言っていた。私の『力を借りる』と。なんだね、君達は。私のことを、約束の一つも守れない男にしたいのか?」
「セイジ様! あれは、いつも通りだったらの話で……」
「そうよ! それに、もしあなたに何かあったら、『厄災』に対抗する手段が失われるわ……だから、あなたは生き延びなきゃ!」
「あーあー、聞こえない、全然聞こえない。私がやると言ったらやるんだ。大人しく守られてろ」
「ひどい! せっかく人が心配してあげてるのに……!」
わああんと泣き出すセレス。しまった、少し意固地になってしまった。誠司は頬をかく。
「……まあ、それに……せっかく君とも仲良くやれそうなんだ。そんな人を、私が放っておける訳ないだろう」
「……!……セイジ! うわああん!!」
たまらずセレスは誠司の胸に飛び込んだ。状況が状況なだけに、さすがにヘザーも静観しているが——座り順は誠司、ヘザー、セレスである。私ごしにやめてね? と思うのは、贅沢な願いであろうか。
「ンッ。とりあえず離れなさい。それでだ。私と莉奈は今から冒険者ギルドに行って話を聞いてくる。緊急招集だ。まあ、十中八九、渡り火竜の件だろうね。どのみち、私は戦いから逃がれられないのさ。さあ、莉奈。急ごう。ギルドに行くぞ」
そう言って誠司は立ち上がる。続いて莉奈が、ため息をつきながら立ち上がった。
「あのう、誠司さん。多分、私も強制参加だよね?」
「……ああ、すまない、莉奈。まさか、本当に緊急招集がかかるとは思わなかったんだ。あの時、反対しておけば……」
「ふふ、いいよ。どっちみち、放っておけないし。じゃ、行こっか——」
恐怖を押し殺し、気丈に振る舞う莉奈。それが伝わったのか、不安な顔をして見送る一同。
こうして誠司達は『緊急招集』の内容を確かめに、『冒険者ギルド・ケルワン支部』へと向かうのであった——。
†
サランディア王国、王都サランディア『冒険者ギルド・サランディア支部』——。
このギルド長室で、ギルド長サイモンは頭を抱えていた。
渡り火竜、五十体——この未曾有の危機に、ギルドとして最大限の協力をしなくてはならないのだが——いかんせん、人員不足だ。
このトロア地方はこの二十年程、比較的平和なことも相まって三つ星冒険者の数が少ない。
かと言って、相手は『渡り火竜』だ。並の二つ星冒険者を派遣したところで、むざむざ死なせに行かせる様なものであろう。
いったい、どうすれば——その時、扉がノックされた。
「入りたまえ」
「クロッサです。失礼します」
一礼をして、部屋に入ってくる受付嬢のクロッサ。彼女はたった今、通信魔道具でやり取りをした内容をサイモンに伝える。
「ギルド長。ケルワン支部から連絡が入りました。三つ星冒険者の『救国の英雄』セイジさんと、『白い燕』リナさんが緊急招集に応じたようです。幸運なことに、彼らはケルワンに滞在中とのことです」
「そうか……セイジ君は心強いな。リナ君には……迷惑を掛けてしまったね」
「……ええ、本当に」
そう返事をし、クロッサは目を伏せる。
「……それでも現状、まったく頭数が足りていない。どうしたものか……」
「まだ招集をかけたばかりです。今は待ちましょう——」
クロッサがサイモンを元気づけようとした、その時だ。
——ココン、コン、ココン
扉がリズミカルにノックされた。
「……そのノックは……入りなさい」
サイモンの返事を聞き、開く扉。その扉から、魔法職っぽい、いかにもな男が入って来た。
「やあ、ご機嫌よう。聞いたよ、どうやら大変なことになってるみたいじゃあないか」
「耳が早いな、エンダー君。どこでそれを?」
「はは。そこの眼鏡っ娘が、素っ頓狂な声を上げているのが聞こえてきたのさ。『救国の英雄』、『白い燕』、『ケルワン』ってね。何があったのか、教えてくれるかい?」
サイモンはジロリとクロッサを睨む。クロッサはプルプルと首を振った。
「わ、私、そんな大声出しましたっけ!?」
「僕は女性の声には敏感なのさ。さあ、食事でもしながら聞かせてもらおうじゃないか」
「……ふむ。食事は出ないが、君には話してもいいだろう——」
サイモンは聞かせる。ケルワンに訪れる危機のことを。その苦しい状況を。
やがてそれを聞き終えたエンダーは、肩をすくめた。
「ヒュー。想像以上に大変なことになっているね。わかった、僕も行こう」
「……いいのかね? 君はそういうことには興味なさそうだと思っていたが」
「はは。『白い燕』に先を越されてしまったからね。それに——」
エンダーは真顔になり、サイモンに顔を寄せて声を潜めた。
「——ケルワンだけじゃない。あそこで食い止められなかったら、このトロア地方全土が危ない、そうだろ?」
「……ああ」
サイモンの返事を聞き、エンダーはマントを翻しながら扉に振り返った。
「しかし、五日後か。これは急がないとね。じゃ、早速僕は向かうとするよ。では、失礼!」
エンダーは指をピッと振り、部屋を出て行く。それを見送ったクロッサは、ため息をついた。
「……なんであの人、あんなにキザなんでしょうか……」
「……まあ、実力はある。期待しようじゃないか」
こうしてサランディアから、偉業だけは成し遂げていない男、二つ星冒険者のエンダーがケルワンへと向かう。
だが、足りない。オッカトル共和国ケルワンは、冒険者の到着を待ち続ける——。




