『東の魔女』 11 —不協和音—
「そうか……彼女は、そんなことを……」
誠司は呻くと同時に、納得をする。メルコレディの言う通りだ。マルテディは、臆病で、優しい。
「ええ。でもね、腐毒花の生命力は強い。砂で覆ったとしても、枯らすのに時間はかかるでしょう。まあ、私がそのことを言っても……『構わない』と彼女は言っていたわ」
やはり、本来の彼女達は優しいのだ。そんな彼女達を利用した魔法国に、人物に、誠司は沸々と怒りが湧いてくる。あとは、あの懸念点さえなければ——。
「分かった。そういう理由があったんだな。それで……だ。彼女が操られている感じは……しなかったかい?」
「え? どういうこと?」
「——メルコレディが最初に現れた時、誰かに操られている様な感じがしたらしい。それに、彼女達が生き返った理由も分からないし……何より、マルテディは別にしても、ルネディとメルコレディ、二人とも私の近くで、まるでタイミングを見計らったかのように生き返ったことに私は何者かの意思を感じる」
確かに、おかしい。ルネディだけだったら偶然の範疇かもしれない。ただ、メルコレディはこちらを向いて真っ直ぐに歩いてきたというではないか。それに——。
「後もう一つ。これはまだ確証は持てないが……セレス、君は『厄災』の名が私達の世界で、曜日を表しているという話は聞いているかな?」
「ええ……エリスに教えてもらったわ」
「——当時私達は、ルネディ、メルコレディ、マルテディの順番で消滅させた。だが、君からの話を聞く限り、時系列的にはルネディ、マルテディ、メルコレディ。つまり、月曜日、火曜日、水曜日の順番で復活してきている……まあ、これは考え過ぎだと思うがね」
「偶然……だと思いたいけど、まだ判断するには早いわね。次の『厄災』が生き返らないと……ごめんなさい、あまり考えたくない話ね」
もし曜日の順番で生き返っているならば、『厄災』達は何者かの——名前の由来を知る者の意思で蘇っている可能性が高まる。まるで遊ばれているみたいだ。そして、『木曜日』以降の『厄災』は——
「——ねえ、セイジは聞いたかしら。ジョヴェディ、ヴェネルディ、サーバトの三人は、自ら望んで『厄災』になったって」
「ああ。女性三人の『厄災』は実験体だったともな。もし残りの奴らが復活して、理性ある戦いをする様であれば……かなり厳しいな」
「そう。だから私、焦っちゃったの。あなたと一つにならなきゃって。でも良かった、こうしてあなたと手を取り合うことが出来て……って、エリス?」
身を乗り出して物理的に手を取り合おうとしたセレスの手を、ヘザーがつかむ。そして、笑顔でその手を強く握りしめた。
「セレス? だめだよ? エリスの気持ちも考えてあげようね?」
「いたいいたいいたいいたいいたい、痛いわエリス。そうなのね、わかったわ。記憶はなくても、やっぱりあなたはセイジのことを……あ、やめて、いたいいたいいたいいたいいたい……」
「何か言った? 私にはそんな感情ないよ? セイジが好きなのは、私じゃなくて『エリス』だし?」
「そうだぞ。ヘザーは私になんか、これっぽっちも興味ないぞ。本にしか興味がないんだ」
——沈黙。助け舟を出したつもりの誠司の言葉に、笑顔で固まるヘザー。セレスの指からパキパキと嫌な音が聞こえてくる。
「ええ、そうですよっ! 私はどうせ本の虫ですよっ!」
「いたいいたいいたいいたい、いたい、こわれるこわれる、こわれちゃうからあ」
そこで莉奈が立ち上がり、無言でハリセンを——
——スパーンッ!
——誠司の頭に叩き込む。
「……待て、莉奈。今の流れで、なんで私が叩かれるんだ……」
「今の流れだからだよっ!」
ドカッとソファーに座り直す莉奈。グリムは顎に指を当てて、興味深そうに話しかけた。
「莉奈。人間というものは、随分と面白いものなのだな」
「面白くないっ!」
ぷんすかと怒る莉奈を、よしよしと宥めるグリム。それを横目で見やり、誠司は話を本筋に戻す。
「——さて。では私達も、一度マルテディと話してみたい。そのために来たのだからな。セレス、場所を教えてもらえるかな」
少なくとも、マルテディは操られて『厄災』の力を振るったのではないことは分かった。なら、対話するまでだ。
ようやくヘザーから手を解放されたセレスは、指をさすりながら誠司に答える。
「いいけど、少し待ってもらってもいい?」
「どうしてだ?」
「ほら、『渡り火竜』。近日中に来る予想だから、それが落ち着いてからでもいいかしら。今年は周期的に、複数体来そうなの」
「……そうか、国境の検問でも言ってたな。ちょうどいい、私にも手伝わせてもらえないか。その……今までの詫びを兼ねて」
「……セイジ……私、やっぱりあなたのこと……いたいいたいいたい」
そんなやり取りをしている時だった。セレスが急に立ち上がった。
「もう、いい所で!……ごめんなさい、通信が入ったわ。少し失礼」
セレスはぶつくさ言いながら、通信魔法を立ち上げ隣の部屋へと入っていく。それを見送ったマッケマッケが、ニヤニヤしながら声を潜めた。
「セイジ様、いいんですかあ? カッコいいとこ見せちゃったりしたら、あの人、今度は地の果てまで追っかけて来ちゃいますよ?」
「……まあそれは困るが、そんなことも言ってられないだろう。何匹来るか分からんが、渡り火竜は強敵だ。複数体来たら、君達だけでは心許ないだろう?」
渡り火竜は、先日莉奈達が戦った海竜よりもサイズ的には大きくない。だがその戦闘力は、海竜のそれを大きく上回る。もしソロ討伐が出来れば、ギルドに『偉業』と認められる相手。
過去に四体同時に来た時は、この国も甚大な被害を被ったと聞かされている。そこまでの規模ではないにしても、戦力が多いに越したことはないだろう。
「……ありがとうございます、セイジ様。そのお力、お借りします」
「気にするな、物のついでだ。それに、今の私は若い時ほど動けない。あまり当てにしないでもらえると——」
扉が開く。通信魔法を終えたセレスが戻ってきた。その顔色は——蒼白だ。
「……どうした、何かあったのか?」
セレスは焦点の定まらない瞳で、力なく椅子に腰掛ける。その身体は小刻みに震えていた。
何事かと視線を交わす一同。やがてセレスは、顔を上げ誠司達を見渡した。
「……セイジ……あなた達、この国から離れなさい、今すぐに……」
「……だから何が……」
「——お願いだからっ!」
彼女は瞳に涙を浮かべている。その只事ではない様子に、誠司は言葉を選ぶ。
その時だった。
誠司と莉奈から、ピピッ……ピピッ……という音が聞こえてきた。
静かに響き渡る、不協和音。
二人はその音の出処——ギルドカードを取り出し、確認する。
それを見た二人は、目を見開いたまま固まる。そこには、赤い文字が浮かび上がっていた。
——『緊急招集』と。
セレスが宙を見ながらつぶやく。
「……今から五日後、この国に『渡り火竜』の大群がやってくる。その数、少なくとも五十以上……この国は……滅亡するわ」
お読み頂きありがとうございます。
これにて第三章完。次回より第四章が始まります。
引き続き、お楽しみ頂けると幸いです。よろしくお願いします。




