『東の魔女』 09 —独白—
誠司は語る。『厄災』ドメーニカを封じ込めた後の顛末を。自分の罪を。
「——あの時エリスは、最期の力を振り絞ってライラを……私達の子供を、私の身体に託した。そして彼女の肉体は魔素となり、消滅してしまったんだ」
魔族はその命が尽きる時、肉体は魔素となり大気へと還っていく。魔物と近しい特性——それゆえに、彼女達の種族は『魔族』と呼ばれているのだ。
「——そして、彼女の『魂』も天に還ろうとしていた。しかし、私は我慢出来なかった。私は『魂』に物理的に干渉する力を持っているからね。『厄災』の魂を斬る力もそうだ。私はその能力を使ってしまい……天に還ろうとするエリスの『魂』を……思わずつかみとってしまったんだ……」
苦しそうな表情を浮かべながら、独白を続ける誠司。セレスは当時の記憶を思い返す。
「そう……あなた、あの時何かやっていたようだけど、そういうことだったのね……」
「ああ。ナーディアさんは気づいていた様だがね。彼女は何も言わず、私のことを見守るだけだったよ。そして私は結界石の中にエリスの『魂』を入れ、知り合いの人形職人の元へと向かったんだ」
結界石——エリスの『空間魔法』と『結界魔法』を組み合わせた、対象を封じ込める魔道具。『厄災』ドメーニカには通用しなかったが、誠司の手にそれがあったのは、まさしく僥倖であった。
「——私は一縷の望みをかけ、人形に『魂』を移し替えた。だが、『魂』は本来の器でないと『その者』であることを認識出来ないらしい。彼女は自分がエリスであることを、認識出来ないんだ。自然の摂理を私のエゴで捻じ曲げておいて、このザマだ。私はどうしていいか分からず、かといって何もしようともせず、彼女を生かし続けている。これが私の、罪だ」
独白を終えた誠司は、目を伏せる。黙り込む面々。しかしそんな中、莉奈が口を開いた。
「え、罪ってそれだけ?」
不思議そうに尋ねる莉奈に、誠司は力なく目線をやり、肩を落としながら答える。
「……莉奈……君には分からないだろう……私は今まで、何千、何万という魂が、天に還っていくのを見てるんだ……どんな魂も平等に……それを、私のエゴで……無理矢理繋ぎ止めて……」
「じゃあさ、このまえ誠司さんに致命傷を負わされた私はさ、あのまま天に還っちゃえば良かったのかな? あれも魔法の力で捻じ曲げたんじゃない?」
「えっ、リナさん、セイジ様に殺されかけたんですか!?」
マッケマッケが驚きの声を上げる。莉奈はあっけらかんと「そうだよー」と返事をした。
「……いや、そういうことじゃないだろう」
「そういうことだよ。大切な人を助けるために何とか出来るのなら、何とかするのって当たり前のことじゃないかな。ちなみにAIであるグリムはさ、自分の存在をどう思ってるの?」
莉奈はソファーに座るグリムの方を向き、問いかけた。話を振られたグリムは、莉奈の意図を正確に読み取り言葉を返す。
「ふむ。まさに私こそ『自然の摂理』とやらに反した存在だな。ただのプログラムが『魂』を持っているんだ。その私から言わせてもらうと、『自然の摂理』などクソくらえだな」
「……しかし、だな……」
言葉に窮する誠司。理屈ではそうなのかもしれないが、これは自身の感情の問題だ。それを察した莉奈は、ヘザーに話を振った。
「じゃあさ、当事者に聞こうよ。ヘザーは今の話、どう思うの?」
皆の視線がヘザーに集まる。ヘザーは優しく微笑み、皆に自分の思いを語り始めた。
「確かに私には記憶がありません。でも、私は幸せですよ。セイジに会えて、ライラに会えて、皆に会えて。それにほら、今日だって私の友人と呼ばれる人に会わせてくれたじゃないですか」
その言葉を受け、誠司は隣にいるヘザーを見ることも出来ずに尋ねる。
「……今まで……怖くて聞けなかったんだ……ヘザー、君は……辛くはないのか?」
「……そうですね。もしかしたら、いつかエリスの記憶が戻り、今の私の記憶は消えてしまうかもしれない。その事を考えるのは、怖いです。でも、いいんじゃないですか? セイジがもしあの時ああしてくれなかったら、今、私はいないのですから。ありがとうございます、セイジ」
「……ヘザー……そうか……君は、そう言うんだな……そう言ってくれるんだな……」
誠司はうつむき、言葉を絞り出す。その声は震えていた。ヘザーは何も言わず、ハンカチを誠司の膝の上に置いた。
その様子を見ていたセレスが、ヘザーの手を握る。その無機質で、冷たい手を。
「……あなた……本当にエリスなの……? 本当に……?」
「ええ、そうらしいですよ。覚えてなくて、申し訳ありません」
「……ヘザー。彼女には、『エリス』として話してあげなさい」
誠司は背を向けながらヘザーに話す。その手に持つハンカチは、少し濡れていた。
誠司の言葉を聞いたヘザーは、指を組み腕を伸ばす。
「んー……ふう。それじゃあ、お言葉に甘えて。セレス、久しぶりだね。私は覚えてないけど、元気にしてた?」
「……エリス……エリス!」
セレスはたまらずにヘザーに抱きつく。そのセレスの髪を、ヘザーは優しく撫でた。
「ふふ。セレスは甘えん坊さんなんだね。なんだか懐かしい気がするなあ。あ、でもこれだけは言っとかなきゃ。私の旦那さまに手を出しちゃ、ダメだよ?」
「……もう!……もう!……えーと、第二夫人でも駄目?」
「えー。本当に好きなら、私はいいよ。あ、でも、エリスはどう思うのかな……」
「……こら、ヘザー。調子に乗らない」
「ふふ、ごめんなさいっ」
ヘザーは誠司に向かって舌を出す。その様子をなごやかに見つめる一同。
邪魔をしない様、莉奈はフラフラとソファーに向かい、グリムの横に座って、そして彼女にもたれかかった。
「どうした、莉奈。体調でも悪いのかい?」
「……あー、そんなんじゃないんだけど……ずっと私、今までのヘザーを見てきた訳じゃない?」
「……ああ、なるほど理解した。『ギャップ萌え』というやつだね」
「……うん。破壊力、高いよねえ……」
——いつか誠司とヘザー、この二人の間にライラがいる光景を見てみたい。
莉奈はそんな想像をしながら、頬を緩ませるのであった。




