『東の魔女』 07 —公開処刑—
魔法の効果が現れると、セレスの目はトロンとし、光を失う。成功だ。マッケマッケは息をつく。
一方、ライラと交代で現れた誠司は、自分の置かれている状況に困惑していた。
「——なんだ、この状況は。セレスが仕組んだのか」
ロープから抜け出そうと身体を動かす誠司。だが、緩めとはいえライラサイズで縛っていたのだ。結構キツキツである。莉奈が歩み寄り、申し訳なさそうに誠司の顔を覗き込んだ。
「違うよ誠司さん。あのね、聞いて欲しいの」
「なんなんだ、一体……なぜ私は縛られている」
「うん、ぶっちゃけ逃げ出さないように。それでね、ライラのためにもセレスさんの話を聞いてあげて」
「ライラの……ため?」
不思議そうな顔をする誠司から視線を外して、莉奈はマッケマッケに頷く。
誠司が、莉奈が、ヘザーが、グリムが見守る中、マッケマッケはセレスへの尋問を開始した。
「えー、それではセレス様。最初からお願いします。まず、セレス様は部屋で待っていました。そこに、セイジ様が入って来たんですよね?」
「——ええ。私は挨拶をしたわ。久しぶりに会えて緊張しちゃった。声、震えていたかもしれない。だって、うちには服、なかったじゃない? 変な格好だって思われたらどうしようって。それに、こんな集合住宅に招いちゃって。そんなこと気にするような人じゃないって分かってるのに……でも、しょうがないわ。あの人に嫌われて、贅沢なもの、全部処分しちゃったんですもの」
「……ちょっと待て。何故、処分する必要が——」
——スパーン!
莉奈がハリセンで誠司の頭を叩き、静かにしろというジェスチャーをする。マッケマッケは質問を続ける。
「それでセレス様、その後は?」
「——うん、セイジは立ち話をしようとしてたけど、長旅で疲れてると思ったの。だから私、椅子をすすめたんだ」
「どのように?」
「——ええと、確か、『馬鹿みたいに突っ立ってないで座ったらどう? 私がまるで、気の利かない女みたいじゃない。恥をかかせないで』って」
思わずマッケマッケはハリセンを振り上げた。それを莉奈が羽交い締めにして、なんとか思いとどまらせる。
——しかし、その場の全員が思っていた。想像以上に素直じゃないと——。
「……そ、それでセイジ様は椅子に座ったんですよね? どんな話を?」
「——ええ。でも、私から遠い場所に座ってとても悲しかった。しょうがないよね、私、嫌われてるから。それで……その後は、手紙の話かな。楽しかったなあ。こんな私と、話してくれたんだよ? 私も……もうちょっと素直に話せればよかったんだけど……今更それは出来ないから」
『もうちょっと』素直になったぐらいでは……と誠司は思うが、彼もいいかげん気づき始めていた。
「……まさか、セレスは……」
誠司は小声でつぶやく。
「……私と……和解したいのか?」
——スパーンッ!
(……この、鈍感めっ!)
莉奈のハリセンが飛ぶ。二発目のハリセンに、横目で莉奈を睨む誠司。だが莉奈は、顎で続きを聞く様に促した。セレスの話は続く。
「——それでね。私、セイジにお茶を淹れようと思ったの。あの人の好きなお茶っ葉は、切らさないようにしていたから。その時……私は迷った。睡眠薬を入れてもいいものかどうかって。だから、私はさりげなく聞いたの。独り身かって。そうしたら『悪いか』ってあの人は言っていたわ。ねえ、わかる? 私、とっても嬉しかったんだよ?」
虚ろな目でセレスは語り続ける。誠司はうつむいたまま、黙って耳を傾ける。マッケマッケは質問を続けた。
「それで、睡眠薬入りの紅茶を淹れたんですね?」
「——それが……あの時、あの人こう言ったの。『君の友人、エリスを守ってやれなかった。すまなかった』って。ああ、この人は未だにあの時のことを後悔しているんだなって。私、ショックでカップ落としちゃった」
セレスは声を詰まらせながら続ける。
「——仕方がない……で片付けてはいけない話だとは思う。でも、あの時はどうしようもなかった。だからね、エリスの救ってくれた世界を、私達は前を向いて歩いていかなきゃいけない、そう思うんだ。その時ね、声が聞こえてきたの」
「……声とは何ですか、セレス様」
「——うん。私の心の中のエリスの声。『あの人を、よろしくね』って。それで、私の迷いは吹っ切れたの」
莉奈と誠司はヘザーを見る。ヘザーはものすごく困った顔をしていた。
「——そして、セイジは薬の入った紅茶を飲んだわ。あの人の落ち着いた表情を見て、私は自分のしたこと、しようとしていることを少し後悔した。でも、もう後には引き返せない。だけど、セイジは気づいたのかしら、立ち上がって部屋を出ていこうとしたの」
「……セイジ様、よく気づきましたね……」
「……いや、そんなんじゃ……」
さすがの誠司も、セレスの想いに気づき始める。もしかしたらこの場は、私に対する公開処刑なのかもしれない。
「——薬は効いたわ。あとは既成事実を作るだけ。そうすれば優しいあの人のことですもの。私を放っておけなくなるわ。でもね、私、こんなの慣れてないからすごいドキドキしちゃった。とりあえず、服を脱いであの人をベッドに運ぼうとして——」
「はい、ストップ、セレス様。分かっていますか? それ、犯罪ですよ!?」
誠司は自分が何をされそうになったのかを理解し、顔を上げられない。見えてはいないが、心なしかヘザーの視線が、痛い。
「——犯罪なのは分かっている。でもね、私は急がなくてはいけなかったの。今回を逃したら、もう機会は訪れないかもしれないから。だって、世界の危機ですもの」
「セレス様……それは……」
マッケマッケは察する。なぜ、セレスがあんな暴挙に出たのかを。彼女が会話を止めようか悩むなか、セレスは虚ろな目で続けた。
「——『厄災』の復活……マルテディはまだしも、他の『厄災』が復活してしまったら……私とセイジが手を取り合えなきゃ、世界は滅んでしまうかもしれないから」




