『東の魔女』 05 —202号室—
マッケマッケの部屋に通された莉奈達は、互いに自己紹介をし、それぞれが椅子とソファーに腰掛けた。
皆が座ったのを見て、マッケマッケは201号室の方向を見ながら莉奈達に暴露する。
「という訳でセレス様、セイジ様にメロメロなんです。今日もなんとか二人っきりになれないかって」
「は?」
一同に声を発する三人。まったく話が見えてこない。莉奈は聞き間違いでないことを確認するために、頭を振りながら口を開いた。
「あ、あの、何が『という訳で』なのかわかりませんけど、つまり、その、セレスさんって誠司さんのことが……」
「はい。大大大大好きなんですよ。二十年近くたった今でも、毎日のようにセイジ様の話聞かされてます」
「どういうこと、なの……?」
混乱する莉奈。その後を引き継いで、グリムがマッケマッケに質問をする。
「ふむ。俗に言う『ツンデレ』というやつなのかな?」
「んー、『ツンデレ』が何なのかわかりませんけど、聞いて下さい。聞くも涙、語るも涙の、悲恋の物語を——」
マッケマッケはオヨヨと泣き、語り始める。
——あれは二十年以上前、渡り火竜が来た時でした。あーしとセレス様が一匹の火竜と渡り合っている内に、後から来た一匹が街の方へと向かって行ってしまったんです。
これはマズいと、あーしとセレス様は一匹にとどめを刺して、急いで街へと戻ったんです。それでも街への被害は免れないと思ってました。
しかし、いざ街に着いてみると、街の外でセイジ様が火竜を食い止めていたんですよ。戦える者達を引き連れて。
その、傷だらけの身体を奮い立たせ凛々しく皆を鼓舞するセイジ様の姿に、セレス様は一目惚れをしてしまったんです。
やがて、あーしとセレス様も協力して、無事に火竜は倒せました。
けど、あーし達が傷ついた者の治療をしている間に、セイジ様は満足そうに微笑んで、何も言わずに去っていってしまったんですよぉ——。
そこで一旦話を区切り、マッケマッケはチーンと鼻をかむ。
確かに誠司さんらしい、と莉奈は思う。実際、もし誠司が独身で、かつ、自分と年齢が近かったら莉奈もそういう目で誠司を見ていたかもしれないのだ。
と、そんな想像をしてしまい、莉奈はブンブンと頭の上に浮かんだ雑念を振り払う。その様子を見たグリムが、首を傾げた。
「どうした、莉奈。まるで変な想像をしてしまったかのようなアクションをして」
「し、してないもんっ!……マッケマッケさん、続きをお願いします……」
——それからのセレス様は、自分を磨くことに励みました。今まで無頓着だったオシャレもするようになって、家事全般も得意な者に頭を下げ、習い、セイジ様に相応しい女性になるために努力していました。全てはそう、セイジ様に再会する日を夢見て。
ところが、次にセレス様がようやくセイジ様に会えた時には、なんの運命の悪戯か、幼馴染であるエリス様の夫となられていたのです——。
おいおいと泣き出すマッケマッケ。莉奈は、あちゃーと目を覆う。だんだんと話がみえてきた。
——『好きになったのは、私の方が絶対先なのに』。セレス様はシクシクと泣き続けました。無理もありません。他人ならまだしも、よく知る女性と結婚していたのですから。
それからのセレス様は、セイジ様に辛くあたる様になりした。ただ、憎くてやったのではありません。自分の気持ちを誤魔化すために、親友であるエリス様に自分の気持ちを悟られないように、そう振る舞ったのです——。
莉奈はヘザーを横目で盗み見る。そのヘザーは、何とも言えない複雑そうな表情を浮かべていた。
——そんなある日のことでした。セイジ様はセレス様に言ってしまったのです。『そんな人だとは思わなかったよ。今の君は、まるで悪い令嬢みたいだな。私の苦手なタイプだ』。
ええ、事実上の完全なる失恋です。重婚の道も途絶えました。それからのセレス様は、機械的に悪役を演じるようになりました……あ、セイジ様に対してだけですよ?
そして、その日は訪れます。エリス様が……亡くなられたのです——。
『厄災』ドメーニカだ。彼女を封じ込めるために、エリスはその命を犠牲にした。その場にいる全員が、静かに聞き入る。
——セレス様は一部始終を見ていました。その時ばかりは悪役を演じるのをやめ、素直に手を差し伸べました。しかし、今までのツケでしょう。セイジ様はその手を跳ね除けました。当然と言えば当然です。
セレス様も親友を失った哀しみに打ちひしがれていましたが、ここで一念発起します。私があの人を支えなきゃ、と。
再びセレス様はセイジ様に相応しい女性になるため、今度は質素な生活を心がける様になりました。
邸宅は売り払い、持っている服は全て寄付してしまいました。悪い令嬢と言われたことがショックだったんでしょうね。付き合わされるこっちの身にもなって欲しいですけど。
でも、誤算が一つあったのです。セイジ様の居所が分からない。
いえ、西の森に住んでいることは分かっていました。ただ、エリス様の張られた結界のせいで見つけようがない。なにしろエリス様は『結界魔法』のエキスパートでもありましたから。
それでも年に一回は探しに行っていたのですが、毎回無駄足でした。まったく、付き合わされる……ああ、ごめんなさい。
そして一か月ほど前、ついにセイジ様から手紙が届いたのです。手紙には短くこう書かれていました。『力を借りてやる。手伝いに来い』と——。
「ハイ。ちょっとストップ、マッケマッケさん」
「はい、リナさん」
「手紙の内容って……まさかそれだけ?」
「ええ、そうですよ」
「……すいません、後で説教しておきます……」
——そんな内容でしたが、セレス様は悪態をつきながらも小躍りして喜びました。そして、すぐさま準備をして飛び出して行こうとしたのです。でもその時です、この国に異変が起きたのは——。
「それって……砂漠化……ですか?」
「えっ……なんで、知って……」
莉奈の問いに、マッケマッケは言いかけて口を噤む。沈黙。二人が何を言おうと思案している、その時だった。
——『え? え? えーーーっ!?』
201号室から女性の悲鳴が聞こえてきた。マッケマッケが素早く反応する。
「セレス様? 一体何が!?」
慌てて部屋を飛び出すマッケマッケ。莉奈も後を追う。
そこで二人は半裸のセレスを目撃し、なんとも言えない気持ちになるのであった——。




