『東の魔女』 04 —201号室—
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「あら、ずいぶん遅かったじゃない、セイジ。久しぶりね」
誠司が渋々部屋の中へと入ると、少し小柄で生意気そうな印象を受ける女性が優雅にお茶を飲んでいた。『東の魔女』セレスだ。
その彼女は、スウェットの上にブカブカの魔術師のローブを羽織っているという、なんとも珍妙な出立ちをしていた。もしかして、ふざけているのだろうか。
誠司は眉をしかめ、彼女に話しかける。
「……久しぶりだな、セレス。あの手紙は、なんだ」
「その前に、馬鹿みたいに突っ立ってないで座ったらどう? 私がまるで、気の利かない女みたいじゃない。恥をかかせないで」
「はん、あんな手紙寄越しておいて、気が利くもなにもないだろうよ」
誠司はそう言いながら、彼女から一番遠い席にドカッと座る。その様子を、セレスは冷ややかな目で見つめた。
「あんなに分かりやすく書いてあげたのに、何が不満なの?」
「……なあにが『そっちが来い!』だ。こっちが礼を尽くした手紙を書いたって言うのに」
「礼を尽くしたって、まさかこれのこと?」
セレスは紙を取り出し、目の前でヒラヒラとさせる。
その誠司が最初に出した手紙には、『力を借りてやる。手伝いに来い』と短く書かれていた。
——まさかの、どっちもどっちであった。
「私にしては、礼を尽くした方だろう。あの時、君に受けた扱いから考えると信じられないくらいに」
「あら? 私、なんかしたっけ?」
「とぼけるな。あの時の君は、私に会う度に罵詈雑言、夜な夜な待ち伏せしては攻撃を仕掛けてきたじゃないか。まあ、それは今でも変わっていないようだがね」
「そうだったかしら。それじゃあ、あなた、私に何かしたんじゃない? なにか心当たりはないの?」
セレスは目を瞑り、立ち上がる。そして、キッチンの方へと向かって行った。
「ふん。何もあるもんかね」
「そんなんだと、モテないわよ。その調子じゃ、どうせずっと独り身だったんでしょ?」
「悪いか」
「ふうん、別に」
セレスは短く返事をし、お湯を沸かし直す。その背中に、誠司は声をかけた。
「——ただ、君の友人……エリスを守ってやれなかったことは申し訳なく思う。さんざんでかい口を叩いといてこれだ。すまなかった」
突然、カップの割れる音が響く。怒らせてしまったか——誠司は静かに目を閉じ、鼻で息を吐いた。
程なくして、セレスはポットを持って戻ってくる。そして何事もなかったかのように紅茶を淹れ、誠司に差し出した。
「あなた、紅茶が好きだったでしょう? ありがたく飲みなさい」
「……気持ち悪いな。毒でも入ってるのかね」
「失礼ね。あなたを殺したかったら、部屋に入った瞬間、魔道具で黒焦げにしていたわよ」
「……それもそうだな。言いすぎた、すまない」
誠司は紅茶に口をつける。偶然だろうか、誠司の一番好きな茶葉の味がした。落ち着く。
よし、さっさと用件を済ませてここをおさらばしよう——誠司は一人、決意をする。
「……それでだ。話をしよう。今日私がここに来た目的だが、この地に砂漠が出現したと聞いてね。それですっ飛んで来たという訳だ。知っていることがあるなら教えて欲しいのだが——」
「なんのこと? 砂漠が出来たなんて、聞いてないわ」
誠司の言葉を遮り、澄まし顔で答えるセレス。
おや? と誠司が彼女の顔を見ると、目が泳いでいる。ものすごく。
「……なあ、知っているなら意地悪しないで教えてくれないか。『厄災』絡みだとしたら一大事だろう。君も分かっているはずだ」
「あら、それが人に物を頼む態度?」
「……くっ、分かったよ。君にはもう頼まない」
誠司はセレスの口から聞くのを諦め、紅茶を飲み干し立ち上がる。そうだ、別にセレスに聞かなくてもマッケマッケ君に聞けばいいだけの話だ。
「ふふ、どこに行くつもり? 結界が張られているのに」
「……知るか。なんとしても……出てって……」
そこで誠司は自分の身に起きている異変に気づく。頭が重い。急速に眠気が襲ってくる。誠司はたまらず椅子に座り込んでしまう。その様子を見たセレスは、ほくそ笑み立ち上がった。
「……きさま……本当に盛りやがったな……」
「どう? 睡眠薬入りの紅茶のお味は。ありがとう、飲み干してくれて」
「……いったい……何が狙いだ……?」
誠司は必死に眠気を耐える。セレスは誠司に背を向け、羽織っているローブを脱ぎ捨てた。
「私ね、考えたの。どうしたらあなたを私のものに出来るかって」
セレスは語る。その背後で、睡眠に落ちた誠司が一瞬の光に包まれた。
「やっとあなたに会えたんですもの。今日を逃したら、もうチャンスはないかもしれない。だってあなた、私から逃げるんだもの。わ、私が悪いのは分かっているけど?」
セレスの背後で少女が祈りを始める。セレスは自分の鼓動の音で、それに気づかない。セレスはあったかファー付きスウェットの上を脱いだ。
「だ、だからね。はしたないと思うけど、き、既成事実を作っちゃおうって。優しいあなたのことですもの。うん。きっと責任とってくれると思う。うんうん」
セレスはあったかファー付きスウェットの下をいそいそと降ろす。少女は祈りを終え、目を開けた。
「あのね、いつまでもエリスに縛られてちゃダメ。うんうんうん。だから、責任を感じて、責任をとって——」
そこまで言って、セレスは振り返る。
「え?」
セレスはそこにいるはずのない、ボヤーッとした顔の少女と視線が交差する。
少女は首を傾げながらつぶやいた。
「……お姉さん、なんで下着姿なの?」
「え? え? えーーーっ!?」
——『魔女の集合住宅』に、セレスの声が響き渡った。




