『東の魔女』 03 —『魔女のほにゃらら』—
莉奈が馬車を走らせること二時間。オッカトル共和国の首都、『ケルワン』へとたどり着く。
セレスが住むというその街の馬宿に馬車を停め、一行は民兵に教えてもらった場所へと向かう。
そして今、たどり着いたその建物を、莉奈達は見上げていた——。
「ねえ、誠司さん。魔女の住むところって『魔女のほにゃらら』って呼ぶイメージがあったんだけど、これはなんて呼べばいいのかな?」
「ああ。当時、彼女は『魔女の邸宅』と呼ばれている場所に住んでいたよ。まあ、これはさしずめ……『魔女の集合住宅』と言ったところか」
そう、その建物は、どこからどう見てもアパートメント——いわゆる集合住宅にしか見えなかった。
先日誠司が手紙を出した時は、知らずに過去の住所に宛てて出してしまったのだが、その手紙はどうやら無事に届いたらしい。
そして、セレスから来た返信の住所とここは一致している。何があったか知らないが、邸宅を引き払い引っ越したのだろう。『201号室』と記されていることから、集合住宅で間違いなさそうだ。
「……では、行くぞ」
誠司は皆に声をかけ——建物に背を向けて歩き出す。その誠司の服を、莉奈が必死になって引っ張って止めた。
「せ、い、じ、さ、ん……ここまで来たんだから、観念しよ、ね?」
「い、や、だ、やっぱり、帰るぞ、り、な」
莉奈と誠司は一進一退の攻防を繰り広げる。その様子を眺めていたヘザーが、ため息をつき誠司を抱え上げた。
「こら、降ろしなさい、ヘザー。やって良い事と悪い事があるだろう」
「……これは、『やらなければいけない事』なのでは?」
「……くそっ、正論を言うな」
「はあ……では皆さん、参りましょうか」
再びため息をつき、ヘザーはジタバタする誠司を抱えながら建物に入っていく。
——誠司さんがまるで子供みたいだ。
莉奈とグリムは顔を見合わせながらヘザーの後をついていき、二階へと向かうのであった。
誠司は撫然とした表情で『201』号室の扉をノックする。中からドタバタと慌ただしい音が聞こえた後、魔術師の格好をした女性が扉を開けた。
「——はいはぁい。あ、セイジ様ですねえ。お待ちしておりました」
「やあ、マッケマッケ君、久しぶりだね。元気にやってたかい?」
「わあ、あーしのこと、覚えててくれたんですねえ。嬉しいなあ」
「はは。共に戦った仲だ。忘れるわけないだろう」
のんびりした口調で喜ぶマッケマッケに、穏やかに話しかける誠司。共に戦ったはずのレザリアを忘れていたことは、棚に上げておく。
「それではセイジ様、あがってください。セレス様がお待ちですよ」
その言葉を聞き、誠司の穏やかだった表情が再び不機嫌そうになる。
「……セレス? 誰だっけかな」
「もう、セイジ様。そんなこと言わず、優しくしてあげてくださいね」
「……あいつの態度次第だ」
誠司はため息をつきながら扉の中へと入る。それを確認したマッケマッケは、トンと杖で地面を叩いた。
「——『反転の結界魔法』、発動!」
彼女の高らかに放たれる声を聞き、誠司は慌てて振り返る。だが、遅かった。魔法の効果が発動し、玄関を境に見えない壁が現れる。
誠司は空間に出来た壁を叩きながら静かに声を上げた。
「……これはどういうことかな、マッケマッケ君」
「はい。『反転の結界魔法』は、入れなくするんじゃなくて、出られなくする結界魔法ですよ」
「……そんなのは知っている」
「そんで『201』号室を対象に、張らせていただきました。こうでもしとかないと、セイジ様、窓破って逃げ出しそうなので」
「……くそっ。後で覚えていなさい、マッケマッケ君」
「うふふ、ごゆるりとお」
マッケマッケは笑顔で手を振り、玄関の扉を閉める。そして、その様子を唖然と見守っていた莉奈達に振り返り、笑顔で頭を下げた。
「すいません、ウチのセレス様がどうしてもって言うんで。まあ、積もる話もあるでしょうし、話が終わるまでお連れの皆様はあーしの部屋で一緒に待ちましょう」
そう言って鼻歌まじりに『202』号室へと向かうマッケマッケ。我に返った莉奈が、慌てて彼女に呼びかける。
「あ、あ、あの、マッケマッケ、さん?」
「はい?」
「その……大丈夫なんですか?」
莉奈の問いかけに、顎に指を当て考え込むマッケマッケ。そして彼女は、肩をすくめた。
「セレス様、本来とっても優しい人なんですけどねえ。うーん、もしかしたら、ダメかもしれないですねえ」
「えっ……そんなあ!」
「まあ、なるようになりますって。応援してあげましょ、セレス様を」
「ん?……応援?」
マッケマッケは自室の扉を開ける。莉奈達は首を傾げながら、彼女の部屋へとお邪魔するのであった。




