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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第三部 第三章
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『東の魔女』 02 —民兵さんvs.莉奈—





 私が馬車を止めると、民兵らしき人達が私達の馬車を取り囲む。全員、魔族の人だ。その内の一人が、私に話しかけてきた。


「すまない、旅の者よ。今オッカトルは、許可のない者の通行を禁止しているんだ。申し訳ないが、引き返してくれ」


「ええと、すいません。私達、どうしても行かなくてはならなくて……」


「駄目なものは駄目なんだ。君も『渡り火竜』の話は聞いたことがあるだろう? 今はその時期だ。危険だから引き返してくれ」



『渡り火竜』——数年に一度、オッカトルに訪れる、各地を渡り歩いている火竜のことだ。一匹で来ることもあれば、多いときには数匹で訪れることもあると聞いている。


 その『渡り火竜』の訪れた土地は、放っておけば竜によって根こそぎ食い荒らされてしまう。そして全てを喰らい尽くした後、次の餌場へ向け飛び立つのだ——ってヘザーが言ってた。



 しかし、ここオッカトルには『東の魔女』のセレスさんがいる。その他にも優秀な人材が揃っているらしい。そんな彼女達は、『渡り火竜』何するものぞと毎回撃退しているらしいのだ。


 なので、このように国境を封鎖するなんてことは無いはずなんだけど——やはり実際のところは『厄災』マルテディ絡みなんだろう。


 私が困った顔でどうしようかと考えている時だった。荷台から誠司さんが、不機嫌そうな顔でゆらりと降りてきた。


「やあ、君達。許可が必要と言ったね。私達は『東の魔女』セレスに呼ばれてきたのだが」


「ん?……何か証明するものはあるか?」


 誠司さんは男に、セレスさんからの手紙を差し出す。例の『そっちが来い!』と書かれた手紙だ。


 うん、まあ内容は内容だけど、確かに呼ばれて来たっちゃあ呼ばれて来た形になるのか。


 しかし、その手紙を確認した男は鼻で笑った。


「フン、セレス様がこんな乱雑な手紙を書くわけないだろう」


「……セレスのサインが入っているだろう」


「ああ、本物とまったく見分けがつかないよ。よく出来たニセモノだな」


 マズい。誠司さんの顔がどんどん不機嫌になっていく。私は二人の会話に割って入る。


「ね、ねえ! 万が一、そう、万が一本物だったらまずいですよね? ちょっと連絡して、確認だけでもしてもらえませんか?」


「はあ? セレス様はお忙しいんだ。そんなこと——」


 やはり渋るか。私は男の声をさえぎり、声を上げた。


「あー、そうですか。じゃあ私、セレスさんに言っておきますね。あなたがこれ、『乱雑な手紙』って言ってたって。『だらしねー手紙』だって言ってたって」


「ま、待て。俺はそこまでは言ってないぞ」


「オーケー、グリム。『乱雑』の意味を教えて」


 私は荷台を振り返り、グリムに呼びかける。その声に応じて、グリムがぴょこっと顔を出した。


「『了解しました。乱雑とは、物事や状況が整理されていなく、順序がなく、混沌としていることを意味します。類語としては、「杜撰ずさん」「乱れる」「乱暴」「だらしねー」といった言葉も「乱雑」と類似した意味を持っています。ただし、「乱雑」や類語である言葉は、あくまで否定的なニュアンスを持つことが多いため、使う際には注意が必要です』」


 グリムは淀みなく解説し、ぴょこっと荷台に引っ込んだ。ナイス、グリム。私は男を見下ろす。


「だってさ。この手紙、セレスさんが本当に書いたんだったとしたら、あなた、相当まずいんじゃない?」


「……くっ……まあ聞くだけ聞いといてやろう。おい、お前たち名前は?」


「……誠司だ。私の名前だけ言えば充分だろう。『誠司という男が、苦虫を噛みつぶしたような表情でやって来た』と伝えてくれ」


「……セイジ? あ、ああ分かった。少し待っててくれ」


 そう言い残し、男は少し離れて通信魔法を立ち上げる。私は誠司さんに声をかけた。


「……本当に苦手なんだね、セレスさんのこと……」


「……ああ。このまま帰ってやろうかと思ったくらいにはな……」


 私達はため息をつきながらぼんやり眺める。程なくして、通信を終えた男の人が慌てた様子で戻ってきた。


 そして、男の人は地面に手をつき——


「も、申し訳ございませんでした、『救国の英雄』セイジ様! 許されることでないのは重々承知しております。ですが、私には、愛する妻と、産まれたばかりの娘がいるのですっ! どうか、どうかご慈悲をっ!」


 ——なんかめちゃくちゃ謝ってきた。どうした。周りの民兵の方々も慌ただしそうにしている。


「……まあ、気にするな。立ちなさい。それで、セレスはなんと?」


「はい……セレス様の怒鳴り声は初めて聞きました。今すぐにセイジ様を縛り上げて、セレス様の元へお連れするようにと……」


「……莉奈、帰るぞ」


「誠司さん、落ち着こ。ね?」


 撫然ぶぜんとした表情の誠司さんを、縄を持った皆さんが恐る恐る取り囲み始める。え、本当に縛り上げようとしてるの?


「……まったく……そんな事しなくてもセレスの所に真っ直ぐ向かうよ。彼女にもそう伝えといてくれ」


「ですが……」


 何か言いたげな民兵の皆様に向かって、誠司さんの殺気が放たれる。その殺気を受け、民兵の皆様はその場にへたり込んでしまった。


「では、通らせてもらう。彼女のいる場所をこの娘に教えてやってくれ。莉奈、教えてもらったらすぐに馬車を出しなさい」


「いいの?」


「……ああ……くそっ、行きたくない……」


 頭を抱えながら荷台に乗り込む誠司さん。民兵さん達からセレスさんの家を聞いた私は、馬車を出す。振り返ると、敬礼を続けている民兵さん達の姿が私の目に映った。お疲れ様。


 それにしても、セレスさんってどんな人なんだろう……なんだか、私まで会いたくなくなってきたんだけど……。









 ——201号室。



 この部屋の鏡台きょうだいの前には、少し小柄で高貴な顔立ち、その地味な服装にさえ目を瞑れば、まるで令嬢のような空気感をまとっている女性が座っていた。


 そして彼女は、なにやらブツブツと独り言を呟き始める。


「まったく、急に来るなんて信じられない! 少しは相手の気持ち、考えたらどうなの!?」


 そこに玄関の扉がノックされ、一人の女性が入ってきた。そして、鏡台の前に座る彼女を見て驚きの声を上げる。


「どうしたんですか、セレス様。珍しいですね、化粧するなんて」


「……聞いてちょうだい、マッケマッケ。あのヤロウ……セイジがこっちに向かってるって」


 それを聞いたマッケマッケは「ははあん」と、なにやら腑に落ちた様子だ。


「なあるほどお。よかったじゃないですか、セレス様」


「なにがいいものですか、まったく。マッケマッケ、服を出してちょうだい。一番良いやつ」


「えぇ……セレス様、そんな服持ってないじゃないですか。量販店で買った安売りのやつしかウチにはないですって……一番良いやつって、確か『あったかファー付きスウェット』だったと思いますよ?」


「……くっ!」


 セレスはパタパタと化粧を進めながら考える。何か、何か手は——。


「そうだわ、マッケマッケ。あなたの服貸してくれない?」


「いやいや、あーしの服、セレス様のサイズに合いませんって。そもそもあーしの普段着も量販店で買ってますし」


「……そう。これは、詰んだかもしれませんね……」


「別にスウェットでいいんじゃないですか?」


「よくない! マッケマッケ、あなたも女心を分かっていない!」


「えぇ……あーし、女ですけど……」


 こうしてセレス達は、ギャーギャー騒ぎながら誠司達の到着を待つ。



 ——素直になれない女と鈍感な男の戦いが、今、始まる。





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