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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第三部 第三章
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『東の魔女』 01 —東へ—





 私達が『魔女の家』を出てから四日。特に何か起きるわけでもなく、馬車は順調に旅路を進んでいた。


 私は基本、御者を務めている。私達の新しい仲間グリムは、道中、移り変わる景色に目を輝かせ、この世界を楽しんでいる様だ。


 ヘザーは一日に一度、家の様子を見に帰っていたが、カルデネとレザリアが居なくなっているのを非常に心配していた。


 私も当然心配していた訳だが、誠司さんは「レザリア君がついているのだ、大丈夫だろう」と彼女に絶対の信頼を寄せている。まあ西の森内なら、レザリアがいれば問題ないだろうと私も思うけど。


 その彼女達は、今日、どうやら帰ってきていたらしい。レザリア曰く、カルデネが不健康なので外に連れ出していたとのことだ。


 私はその言葉に引っ掛かりを覚えないわけでもないが、無事は確認できたんだ。それでよしとしよう。


 そして誠司さんとライラだが、彼らは時間調整のためライラは夕方に起き、誠司さんは早朝に起きている。


 そんな感じで四日目の夕方、今後の経路の確認のため、私と誠司さんは地図を挟んで向かいあうのだった——。





「ねえねえ、なんでここ迂回するの? 突っ切った方が早いと思うけど。ここ、自由自治区だよね?」


 ひとしきりの経路確認を終えたあと、私は地図を指差し、誠司さんに尋ねる。


 東の地、オッカトルに続く道。その地図には、中央東南部を避けて大きく南に迂回するルートが記されていた。


 もしかしたら治安の問題なのかな? そう思って聞いてみた私に、誠司さんは教えてくれる。


「莉奈。先日私が教えた、過去に『厄災』達が出現した場所は覚えているかな?」


「あー、うん。中央部の南部は『厄災』ジョヴェディだっけ?」


 ——『魔女の家』には『厄災』に関して記されている本はない。


 なにしろ『厄災』を倒してから二十年近く、誠司さん達は基本、引きこもっていたからだ。誠司さんも過去の記憶として、あまり思い出したくなかったんだろう。


 ただ、今になって『厄災』達は次々と復活してきている。


 マルテディが復活している可能性も高くなった今、誠司さんは今回の旅で私に『厄災』について色々と教えてくれていた。


「そうだ。『厄災』ジョヴェディだ。奴の能力の一つは『土を腐らせる』能力。その力自体は奴を倒したら消えたんだが、思わぬ副産物をこの地に残してしまったんだ」


「ん? どういうこと?」


「莉奈は『腐毒花ふどくばな』は知っているかな?」


「……ああ、なるほど、そういうことね」


 腐毒花——腐った土に好んで咲く花だ。その紫色の花から出される瘴気は非常に強い毒性を持っており、その土地を腐らせてどんどんと繁殖してしまう。


 もちろん人体にも有害で、その瘴気を大量に吸い込んでしまった場合、身体が腐り落ちてしまうと言われている。


 きっと『厄災』ジョヴェディの力で腐ってしまった土地に、腐毒花は繁殖してしまったのだろう。


 そうなると後はもう悪循環だ。『厄災』の影響が消えてなお、腐毒花の瘴気で土地は腐り続け、腐毒花の繁殖は止まらない。そういうことなんだろう。


「そうだ。ノクスに聞いた限りじゃ定期的に焼いているようだが、なにぶんあの瘴気だ。迂闊うかつに近づく訳にもいかず、広がるのを食い止めるので精一杯だそうだよ」


「そっか。じゃあ、ここら辺一帯、腐毒花が……」


「そうらしい。まったく、とんだ置き土産を残していってくれたものだよ」


 誠司さんは鼻を鳴らして首を横に振った。


 今回のマルテディはまだしも、『厄災』ジョヴェディは自分から望んで『厄災』になったとメルコレディは言っていた。


 もしそんな奴らまで復活してしまったら、かなり大変なことになってしまうかもしれない——。




 その後、何点か軽く打ち合わせをし、誠司さんは沈みゆく太陽を見つめた。


「——さて、そろそろライラに替わる時間だ。莉奈、よろしく頼む」


「うん、お疲れ様。ゆっくり休むんだよー」


「はは、君こそな」


 そう言い残し、誠司さんは光に包まれた。



 そして一瞬の光の後現れた少女は、自分の身を守る祈りを捧げる——。



「おはよ、ライラ」


「んー、おはよ、リナ。どう、順調?」


 ライラは伸びをしながら私に質問をする。私はクシを取り出し、ライラの髪をブラッシングしてあげながら答えた。


「うん。このあとご飯食べたらもうちょっと進む予定。順調にいけば、明後日には着くかな?」


「順調だねえ。楽しみだなあ、オッカトル。魔族の人、いっぱいいるんでしょ?」


「みたいだねえ」


 そう、聞いた話だと『東の魔女』であるセレスさんは人望に厚い人らしい。なんでもその彼女を慕っている魔族の人が集まって、今ではこのトロア地方の魔族の大半がオッカトルにいるとかなんとか。


 だが、私は見てしまった。セレスさんが誠司さん宛てに返した手紙、『そっちが来い!』と殴り書きされた文章を。


 いや、ほんとネガティブな印象しかないって。誠司さんもなんだか会いたくなさそうだし……。


 そんなことを考えていたところに、馬車からグリムが慌てた様子でやってきた。あー、もうそんな時間か。


「た、大変だ、リナ」


「どうしたの、グリム?」


「暗くて文字が見えなくなった。急いで照明魔法をつけてくれ!」


 この旅路での空き時間、グリムはヘザーから本を借り片っ端から読んでいた。そして暗くなると私のもとに来て照明魔法をおねだりしてくる。このやり取りも、四日連続だ。


「……うん、これからご飯にするから、その後にしよ?」


「ふむ。いつも通りの反応で安心するよ。それで今日のメニューはなんだい?」


「もう。この後少し移動するから、パパッと作れるものだよ。期待しないでね」


「いや、リナの作る料理はなんでも美味しいからな。楽しみだ。『胃袋をつかまれる』とは、まさにこのことなんだな」


 待て待て待て。胃袋がなんとかって、確か愛だ恋だの時に使う言葉じゃなかったか?


「……あの、言葉の意味分かって言ってる?」


「心配するな。青髪は負けヒロインと相場は決まっている」


「そうなの?」


「そうみたいだぞ?」


 その横で、私達の会話を聞いていたライラがメモを取り出した。


 いい加減、何を書き込もうとしているのか察した私は、そのメモを引ったくるために腕を伸ばす——その腕をひょいと避けるライラ。


「だめっ、リナ、まだ何も書いてないっ!」


「いや、わかるから。これ以上、増やされてたまるかあっ!」


 きゃっきゃっと逃げるライラ、追う私。それをグリムがため息をついて眺める。


「おい、リナ。遊ぶのも結構だが早くしてくれないか」


「あなたの所属の危機なんだよ!? 少しは手伝ってよ!」


「所属? 何を言っているんだ——」


 

 ——かくして本気を出されたライラに逃げきられた私は、渋々料理の準備に取りかかる。離れたところから、二人の声が聞こえてきた。


「——なんだい、ライラ。『リナはーれむ』って」


「——『リナはーれむ』は『リナはーれむ』、だよ! グリム、おめでと!」 



 ……だ、か、ら、なんなんだよソレぇっ!






 こうして、緩やかな空気ながらも旅路を急いだ私達は、二日後、オッカトルの国境へと無事たどり着く。


 その街道を塞ぐ国境の検問は——とても物々しい雰囲気に包まれていたのだった。




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