別れ、出会う 07 —支配の杖—
「ふむ、『別れ、出会う魔法』だね。わかった。それを記入して……完成だ」
アルフレードは紙束をカルデネに渡す。カルデネは恐る恐るそれを受け取った。
「あ、ありがとうございます、感謝いたします!」
『別れ、出会う魔法』——これで二人の魂を別ち、在るべき姿に戻すことが出来る。
後は、あの魔道具を——カルデネが唇を結び、言葉を発しようとしたその時だった。ルネディが先んじてアルフレードに話しかける。
「ねえ、アルフ。この娘、魔道具も必要みたいよ。作ってあげてちょうだい」
「魔道具……ね。どうしたんだい、ルネディ。やけに彼女に肩入れするじゃないか」
「ふふ。私はただ、あの男に恩を売っておきたいだけ……いいえ、違うわね——」
ルネディは首をゆっくりと振り、カルデネに目線を落とす。
「——ねえ、カルデネ。あなたのやろうとしていることが上手くいけば、リナは喜ぶかしら?」
「う、うん。あの二人の身体を元に戻すことは、リナの……あの一家の悲願だから」
「そ。じゃあ、やってちょうだい、アルフ。私はね、あの娘に恩返しがしたいの。だってこうして、メルと会わせてくれたもの」
そう言って、ルネディはメルコレディの髪を撫でた。メルコレディの顔が、心なしか赤くなってしまう。
その様子を眺めるアルフレードは、一つ息を吐いた。
「ふうむ。わかったよ。ただね——」
「なあに、アルフ? 作らないって言った瞬間、私、ここで暴れてしまうかもしれないわよ?」
「——脅さないでくれ。ここまでやったんだ、最後まで付き合うさ。ただ、僕の作る魔道具には致命的な欠陥がある。それでもよければ、という話さ」
「致命的な……欠陥……」
カルデネは呻く。正直、その魔道具がなくても実は問題はない。ただ、誠司からされた『あるお願い』を叶えるためには、その魔道具がどうしても必要になる。
「まあ、そう悲観しないで聞いてくれ。僕の作る魔道具には、魔力が込められていない。その道具を使うためには、それに対応した魔法を吹き込まなければならないんだ。例えばそこのレザリアが持つ『無限の矢筒』は僕が作った物だが、その機能を発揮させるためには、エリスに『空間魔法』を吹き込んでもらう、といった具合にね」
「では、レプリカ的な存在という事でしょうか……」
カルデネの身体が震え出す。ルネディがその様子にピクリと反応するが、どうやら恐怖の感情ではないようだ。
「ああ。そのままでは道具としての役目を果たせない、ただの骨董品さ」
「ありがとうございます、それこそ、私の求めていた物です!」
カルデネは声を上擦らせ、テーブルに頭を擦り付ける。その様子に驚いた皆は、目を見開いて彼女を見た。
「頭を上げなさい、カルデネ。話が全然見えてこない。君は一体、どんな魔道具を作って欲しいんだい?」
「はい、妖精王様はご存じでしょうか。私が求めているのは『支配の杖』です」
ゆっくりと頭を上げたカルデネは、はっきりと答えた。その欲する魔道具の名を。しかし、その言葉を聞いたアルフレードは険しい顔をする。
「『支配の杖』……懐かしいな。知っているもなにも、あれは昔、僕が作ったものだ。だが、あんな危険な物を欲しがるなんて……」
「そうだったのですか……。はい、あの魔道具の危険性は、重々承知しております。なので、実はどうやってその魔力を取り除くか頭を悩ませておりました」
「……どういうことか、聞かせてみなさい」
「はい、長くなりますが——」
——カルデネは語る。過去に起こった一連の出来事を、その結末を。
そして今、その杖を使い何をしようとしているのかを。
その場にいる三人は茫然と聞き入る。そして——。
「——という訳なのでございます」
カルデネの話を聞き終えた三人は、唸るしかなかった。
「……そうか、あの杖にそんな使い方があったとはね……」
「……あの男も、あの女も、大変だったのね」
「……セイジちゃん、ライラちゃん……エリスちゃん」
メルコレディが目に涙を浮かべているのを見て、ルネディが指で拭ってあげる。その様子を見たカルデネは、優しく微笑みを浮かべた。
そして、アルフレードが重々しく口を開く。
「……わかった。作ろう、『支配の杖』を」
「本当ですか……ありがとうございます」
深々と頭を下げようとするカルデネを手で制し、アルフレードは続けた。
「ただし、だ。機能を取り戻すであろう『支配の杖』を、決して使わないこと。そして、その杖を僕に返すこと。それが条件だ。いいかな?」
「はい、もちろんでございます。このカルデネの、命にかえましても」
そう言ってカルデネは立ち上がり、魔法国の誓いの礼をする。それを見たアルフレードはため息をついた。
「はは、その礼式、まだあったんだね……。まあ、魔道具作製には少し時間がかかる。話でもしながら、少し待っててくれ」
カルデネは礼の形を取りながら感慨に耽る。
これで、これで後は私が魔法を覚えれば、セイジ様の恩義に——。
近々訪れるその時を想像し、カルデネもまた、目に涙を浮かべるのであった。




