別れ、出会う 06 —別れ、出会う—
「あわわわわわわ……」
アルフレードから授かったという『命を宿す魔法』。その話が出た途端、レザリアが顔を真っ赤にして目を回し始めた。
なんだそれ? と、カルデネとメルコレディの視線がレザリアに向く中、アルフレードが詳しく説明を始める。
「まず、事の発端はこうだ。彼女が僕にお願いしてきたんだ。『同性の想い人の子を宿す魔法』を授けて欲しいってね」
「あわわわわわわ……」
その時点で察したカルデネは「うわぁ……」という表情でレザリアを見る。
その日現場で盗み聞きをしていたルネディは、生暖かい視線をレザリアに送る。
まだ一人ピンときていないメルコレディは、キョトンとした顔でレザリアを見つめる。
「その時点で、僕は頭を抱えた。イメージはなんとなく湧くが……もしその魔法が広まったら、行きつく先は女性だけの世界になってしまうかもしれない。それは世の中の在り方としては、非常にまずい」
確かにそうなのかもしれない。女性同士の子供からは、女性しか生まれないだろうから。そうなった場合、その魔法なしでは人は繁栄することができなくなってしまう。緩やかに人を滅ぼす魔法になりかねないという訳だ。
「——ただ、この森に尽くしてくれた彼女のお願いだ。なんとかしてあげたい。そこで詳しく話を聞いてる内に、リナという存在を知れたわけだが——」
「あわわわわわわ!」
顔が沸騰しているのではないかとばかりに湯気を出し始めるレザリア。そしてついに、メルコレディも状況を察する。
「レザリアちゃん……リナちゃんの子供、産みたいんだ……」
「あ……言葉に出さないで……恥ずか……しい……です……」
クラクラと揺れはじめるレザリアに向かって、メルコレディは指をくるりと回す。彼女の頭に、ほんのりと雪が積もった。雪が彼女の熱で蒸発してゆく。これで少しは落ち着いてくれるといいのだけれど。
「——なので、僕はこの魔法に『対象制限』と『条件』を設けた。まず『対象制限』は、同意を得られた相手にのみ使用可能。『条件』は、その相手との唾液交換だ。これらを設けることで、その魔法は作りだせた。そのような感じで、僕は僕が納得できる魔法しか作り出せない」
「唾液……交換」
皆の視線がレザリアに集まる。そんなものかと思うルネディ。自身の辛い経験から深く考えないようにするカルデネ。思わず想像をしてしまい顔を赤らめるメルコレディ。その視線に耐えきれず、ついにレザリアはテーブルに突っ伏してしまった。
そしてアルフレードは、カルデネに問う。
「さて、カルデネ。今の話を踏まえて、聞かせてくれ。そんな身体で僕にお願いしにきたんだ。よっぽど必要な魔法なんだろう。果たして君は僕に、イメージさせることが出来るかな?」
「……メル、この男、氷漬けにしてちょうだい」
「だめだよ、ルネディ!」
『厄災』たちが不穏なやり取りをしている中、カルデネは考える。アルフレードがイメージしやすく、かつ、カルデネという第三者でも唱えることが可能な魔法。なら、シンプルな方がいい。
「それでは単純に、混ざり合ったものを分ける、在るべき形に分ける魔法は可能でしょうか」
「それは可能だ。ただ問題は、魂という不確かなものが対象だと僕はイメージが——」
「いえ、魂に限定せず、『直接触れたもの』を対象にするのだとしたらどうでしょう」
「魂に……触れる?」
魂に直接触れるだって? そんなことが可能なのか? アルフレードは怪訝な顔をする。
「はい。視認出来るかはわかりません。ただ、確かにそこに存在しているものに触れ、本来あるべき形に分けるだけです」
「どういうことだい……?」
「——混ざり合ってしまった魂を持つ者達がいます。そしてその魂は、その者の中に出来た空間にあります。私がその空間に入り、場所がはっきりとわかる魂に触れ、その魔法を唱えるだけです」
「それなら……魂云々は置いておくとして、分離魔法の応用で出来るな……」
顎に手を当て考え始めたアルフレードを見て、カルデネの顔に光が差す。その顔を見ながら、アルフレードは続ける。
「ただ、僕は魂とやらはイメージ出来ない。それに、今はパッと思いつかないが、悪用できる可能性もある。だから『直接触れたもの』という『対象制限』、そして、『その対象の持ち主の同意』という『条件』はついてしまうが、それでもいいかい?」
「はい、十分でございます。心より、感謝申し上げます」
カルデネはやや上擦った声で感謝を述べ、深く頭を下げた。アルフレードはそんな彼女を優しく見つめ、紙束を作り出す。
「では、少し待っててくれ。今から作り出す」
アルフレードは集中し、紙に言の葉を綴っていく。彼の邪魔をしないように、ルネディが皆の方へと近づいてきた。
「よかったわね、カルデネ。望みは叶ったかしら?」
「ありがとう、ルネディ。あなたのおかげ。それで今更なんだけど……あなた達が『厄災』さん?」
その言葉に一瞬呆けてしまうルネディとメルコレディ。たまらずルネディはクスクスと笑い出した。
「ホント、今更ね。私達のことは、聞いているの?」
「うん。軽く聞いてはいて……ここに来る途中、レザリアからも教えてもらった。ごめんなさい、私達魔法国のせいで……」
「あら、あなたもあの計画に参加していたの?」
目を細めカルデネを見つめるルネディ。心なしか、その言葉に冷たさが混じっている様な気がする。だが、カルデネは首を振り、正直に答えた。
「私があの国にいたのは五十年くらい前まで。だから、あなたのいう計画がなんなのかは分からない。でも、もしかしたら私が魔法国でしていた研究も、何かしらの形であなた達に関わっているかもしれないから……」
「そ。じゃあ気にすることはないわ。どんな力も、結局は使い様ですもの。研究すること自体は全然悪いとは思ってないわ」
「ルネディ……」
ルネディは座っているカルデネの背後に回り、優しく彼女の肩に両手を置き微笑みかける。カルデネは目を細めて、自分の手をそっと重ね合わせた。
そこに、メルコレディがモジモジとしながらカルデネに話しかける。
「ねえ、カルデネちゃん。さっきの話って、もしかしてセイジちゃんとライラちゃんのこと?」
「……うん、そうなの。あの二人を正しい姿に戻すのが、私のやるべきこと、やりたいことなの」
「そうなんだ。上手くいくといいね……」
メルコレディは思い返す。無邪気に接してくれたライラのことを。不器用に気を遣ってくれた誠司のことを。メルコレディはあの二人の幸せを願う。
ペンを走らせる音が、部屋に響き続ける。アルフレードは最後の一枚を書き始めた。
——これで、これで後は……。
アルフレードを見つめながら、カルデネはまるで独り言の様につぶやく。
「……これで、あと一手。あの魔道具さえあれば……」
と、そのつぶやきを聞いたルネディが、不思議そうに口を開いた。
「あら、魔道具が必要なの? カルデネ。聞いてないのかしら?」
「ん? なにを?」
「あそこのすかした男、魔道具も作れるわよ」
「えっ?……ええっ!?」
思わず大きな声を上げてしまうカルデネ。そのタイミングで、アルフレードの手が止まってしまった。それに気づいたカルデネは、反射的に謝ってしまう。
「も、申し訳ございません、妖精王様! つい、大声を……」
「ん? ああ、それは別に構わないが、カルデネ、君にちょっとお願いごとがあってね」
「は、はい……何でしょう?」
お願いごとと言われ警戒するカルデネ。肩が少し震えてしまう。
セイジ様の時は大丈夫だったのに——。
その様子に気づいたルネディが、カルデネの肩を優しく包んだ。
「ちょっとアルフ。彼女、怖がっているわよ」
「ああ、いや、すまない。大したことじゃないんだ。僕には、この魔法にいい名前が思いつかなくてね。そこでカルデネ。名前はなんでもいい。君がこの魔法に名前をつけてくれないかな」
なんだ、そんなことかと気の抜ける一同。
名前か——カルデネは少し考えた後、アルフレードに答えた。
「分かりました。なんでもいいのですね?」
「ああ、なんでもいい」
カルデネは想いを込める。
——魂を別つ魔法。二人が本当の意味で会える魔法——
その名前に、想いを込める。
「——それでは、『別れ、出会う魔法』で、どうかお願いいたします」




