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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第三部 第二章
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別れ、出会う 03 —心の傷—






「ここに……妖精王様がいるのね」


「ええ。でも、お願いを聞いてもらえるかは分かりませんよ?」


「うん……分かってる……」


 二人は神殿の扉の前に立つ。レザリアは息を吸い、声を上げた。

 

「妖精王様、おいでですか。レザリアです。『月の集落』のレザリア=エルシュラントが参りました」


 レザリアが神殿の扉を叩く。


 中から、なんだかパリーンだのドタドタなど慌ただしい音が聞こえてきた。二人が顔を見合わせ首を傾げていると、しばらくして扉の向こうから声がした。


「——入ってきなさい」


「はい、失礼します」


 レザリアが扉を開けると、妖精王アルフレードは——床を掃除していた。


「どうしたんだい、レザリア。『集いの会』はまだまだ先じゃなかったかい?」


「はい、この前申し上げた通り、その役目はニーゼに……あの、大丈夫でしょうか?」


 レザリアは床を眺める。どうやら先程の音は、紅茶を床に落としてしまった音のようだ。アルフレードはモップで床を拭きながらレザリアに答える。


「はは、長く生きていればこんな日もある。気にしないでくれたまえ。それで今日は……」


 そう言いながら、彼は扉の方を見る。その視線に気づいたカルデネは、身体を震わせ扉の影に隠れてしまった。レザリアが慌ててフォローを入れる。


「あのう、申し訳ありません。妖精王様にお願いごとがあって参りました。よろしければ、お話を……」


「うん、分かった。とりあえず話を聞こうじゃないか。そこの娘も、入ってきなさい」


 許可を得たレザリアは、カルデネに目配せをした。カルデネは小さく頷いて、恐る恐る中へと入ってきた。そして彼女は、レザリアの背中に隠れてしまう。


 その様子を怪訝けげんそうな表情で窺っていたアルフレードだったが、八人掛けのテーブルに座り、彼女達に着席を促した。


「さあ、とりあえず座りなさい」


 だが、レザリアは椅子には座らずアルフレードにひざまずいた。それにならって、カルデネも身体を震わせながら跪く。


 隣から聞こえてくる彼女の息は、荒い。それを感じとったレザリアはカルデネの手を握り、アルフレードに嘆願した。


「妖精王様。この者の願いを聞いていただきたく、本日は参りました。どうか、どうかお話だけでも聞いて下さいませ!」


 その様子を見たアルフレードは、目を瞑り息を吐く。そして、おごそかな口調で告げた。


「僕は『座りなさい』と言ったんだ。跪けなんて一言も言っていない。話はそれからだ」


「!……た、大変失礼しました!」


 その言葉を聞き、慌ててペタンと正座するレザリア。それに倣って、カルデネも正座をする。


 わざとやっているのか?——アルフレードは頭に手を当て首を振った。


「……座れといったら、状況的に椅子だろう。僕に加虐趣味はないよ」


「いや、しかし」


「……椅子に座ってくれ、頼むから」


「ハッ。では失礼して。お許しが出ました。カルデネ、椅子に座りましょう」


「……はい」


 二人は立ち上がり、ようやく椅子に座る。奥からクスクスという笑い声が聞こえてくるのは気のせいだろうか。


 アルフレードがそちらの方をチラリと睨んだ様な気がしたが、すぐに向き直り二人に問う。


「……それで、まず、そこの娘は一体誰なんだい? レザリア、君がここまで連れてくるぐらいだ。懇意こんいにしている人なんだろう?」


 あごを手に乗せ、彼は真っ直ぐにカルデネの方を見る。カルデネは目を見開き、震えながらうつむいてしまった。震える彼女の手を、レザリアは強く握る。


「はい。この者はカルデネ。訳あって、エリス様の住まわれていた『魔女の家』に今は住んでいます」


「そうか。なら、リナとも同居人なんだね」


 アルフレードの言葉に、震えながらも頷くカルデネ。もちろん視線は、上げられない。


「それで……これまた訳あって、その……失礼なことは重々承知しております。彼女は男性達に酷い目に遭わされた経験があるんです。だから……あの……」


 レザリアは言いづらそうに説明しようとする。


 仮にも王と崇める存在だ。その様な人物に対して『あなたが男だから恐怖しているんです』とは、とてもじゃないが説明しづらい。


 しかしアルフレードは、そんなレザリアの様子を気にすることなく優しく微笑んだ。


「なるほど。心に傷を負っていると。カルデネといったね、無理しなくていい。紅茶でいいかな?」


 そう言ってアルフレードは二人の前に紅茶を作り出した。突然現れた紅茶にカルデネは驚いたが、お礼を言わなくてはと何とか口を開こうとする。


「……は、はい……あ、あり、ありがとう、ござい……ます……ウッ……」


 カルデネは口に手を当て、込み上げてくるものを何とか押さえ込んだ。


 ——重傷だ。


 ここまでとは思っていなかったレザリアは、優しく彼女の背中をさすりながらアルフレードに謝罪をした。


「申し訳ございません、妖精王様……ここまで酷いとは……」


「いや、気にしなくていい。それで、彼女のお願いとはそれに関する——」


「——まったく、見ていられないわね」


 ふいに、アルフレードの背中から声がした。レザリアはその声を知っている。反射的に細剣のつかを握りしめた。


「ねえ、アルフ。あなたは下がっていなさい。私が代わりに話を聞くから」


「出てくるなと言ったろう」


「ふふ。だってしょうがないじゃない。あなたの女性の扱い、とても見ていられないわ」


 クスクスと笑う影。やがてその影は実体を帯びていき——


「ごきげんよう、凄腕のエルフの娘……レザリアといったかしら。あの時は、してやられたわ」


 メルコレディから話を聞いていて、なお、警戒せざるをえない人物。レザリアは呻くように声を上げる。


「……なぜ、お前がここに……ルネディ……」


「ふふ、怖い顔しちゃって。リナは元気かしら? お礼を言いたいのだけれど」



 ——『厄災』ルネディが、レザリアの前に姿を現す。




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