別れ、出会う 02 —恋話—
——夜。
彼女達は手頃な洞穴の中で休息をする。
カルデネは体力がなかった。無理もない。長い間捕らえられていて身体も弱り、助け出されてからも引きこもり同様の生活を送っていたのだから。
それにしても、だ。
今までのレザリアが持つ彼女のイメージは、綺麗で頼れるお姉さんキャラであった。しかしいざ蓋を開けてみると、まるで手のかかる妹のようではないか。
あれからもカルデネは敵を見つけては、無謀にも突撃していった。そのたびにレザリアは肝を冷やした訳だが——。
レザリアは収集しておいた木の実を取り分けながら、彼女に尋ねる。
「ねえ、カルデネ。なぜあなたはそんなに戦いたがるのですか?」
カルデネは出された木の実を含み、口の中でコロコロ転がしながら、レザリアに謝った。
「ごめんね、迷惑なのはわかってるんだけど……」
「では、なぜ?」
「……うん、セイジ様と約束したの。あの家にいていいのは、私が独り立ちできるまでって。きっと私は邪魔者だから、早く力をつけて、セイジ様の恩義に報いて、独り立ち出来るように頑張らないと……」
その言葉を聞き、レザリアは納得をする。だからカルデネは、無茶な戦闘をしたり、過度に研究に時間を割いているのだと。でも——。
「カルデネ。セイジ様は、あなたを邪魔だなんて思っていませんよ、きっと。だから無理しないでください。それに私があなたの立場だったら、いつまでも独り立ちせずに居座り続けますよ?」
「そ、そんなこと出来るわけないじゃん!」
「そうですか? 私はリナとずっと一緒にいたいですからね。許される範囲で、どんな手を使ってでもあの家にいたいです」
「……レザリアは、すごいんだね……」
「それはそうでしょう。人間族の寿命は短いのですから。少しでも長い時間、一緒にいたいだけですよ」
さも当たり前のように言いながら、レザリアは水筒から水を注ぎ、カルデネに差し出す。それを受け取ったカルデネは、その水面に揺らめく自分の顔を見つめながらつぶやいた。
「……私も……わがままになれたらな……そしたら、あの人に……」
その言葉に、レザリアの耳がピクッと反応する。そしてカルデネの方にずずいと身を乗り出した。
「……まさか、カルデネ——」
自身の言葉に驚くカルデネ。だが、もう遅い。迫り来るレザリアから視線を逸らせずにいる。近い。
レザリアの目が、冷たく光る。
「——あなたも、リナのことを?」
カチャリ、と細剣に手をかける音が聞こえて来た。カルデネはジリジリと後ずさって、首を振りながら誤解を解こうとする。
「ち、違うよ? 私は別の人! リナじゃないよ!?」
「……なんだ、そうですか……安心しました」
そう言って元の位置に戻り、自身のコップに水を注いで口に運ぶレザリア。カルデネは安堵する。よかった、誤解が解けて——
「ブーッ!」
突然レザリアが水を吹き出した。そして、カルデネにまた身を寄せてくる。何事!? と混乱するカルデネ。まずい、後ろはもう壁だ。
「ちょ、ちょ、ちょ、ま、まさか、カルデネ、セイジ様のことを!?」
レザリアの言葉に、カルデネは顔を赤らめてコクンと頷いた。
恩義で尽くしているのは間違いないのであろう。しかし、そこに恋心があったとは——いや、待てよ? と、レザリアは疑問に思う。
「でも、カルデネ、その、あなたは、男性のことを……」
確か、彼女は男性に対してトラウマを抱えているはずだ。無理もない。あんな酷い目にあったのだ。
レザリアの言いたいことを悟ったのか、カルデネはポツリポツリと、自分の想いを話し始めた。
「……うん。今でも男の人は怖い、とっても。それに、こんな汚れてしまった身体で誰かを想うなんて、相手の人に失礼だと思う……」
「カルデネ……そんなことは……」
「ううん。分かっている、迷惑なだけだって。それに、セイジ様にはエリス様がいらっしゃるし。でもね、もし、叶うなら——」
そこまで言って、カルデネは自分の胸に手を当て目を伏せた。それは、自身の激しく打つ鼓動を押さえつけるかの様に。
「——私の忌まわしい記憶を、思い出を、身体を、セイジ様で上書きして欲しいと思っているの。なんて……」
そこまで言ってカルデネが目を開けると、レザリアが顔を赤くして目を回していた。そのただならぬ様子に、カルデネは首を傾げる。
「どうしたの、レザリア?」
「か、か、身体を、上書、き……わ、わっ……」
「え、え、えっ、私、そんなこと言った!?」
カルデネは自身の先程の言葉を思い出す。あ、言った。確かに言った。
「ち、違うのレザリア! 例えばの話、うん、深く考えないで、例え話だからあ!」
「……なるほど。わかりました。いえ、あなたにとってデリケートな話題のはずなので、少々驚いてしまいました」
「少々?」
必死に言い訳しようとしたカルデネだったが、レザリアは急に平静を取り戻す。切り替え早いな、このエルフの人——。
ふう、と息を吐くカルデネに、レザリアは優しく微笑みかけた。
「いいんじゃないでしょうか? そんな想いを持つことくらい。それに、悲しいことですが、エリス様はもういない訳ですし」
「え?」
レザリアの言葉に、カルデネは思わず気の抜けた返事をしてしまう。
レザリアはあの書庫に出入りしているので、知っていて当然かと思っていたけど、そうだ、彼女は読ませてもらっていないんだ。
エリス様に何があったのか記されているあの本を。一連の顛末が書かれた、あの本を。
だったら今は、伏せておく方がいいのかもしれない。
「ふふ。じゃあ、叶わない恋をしている者同士、頑張ろっか」
「なっ、なっ、いえっ、私は叶えてみせますってえっ!——」
——彼女達の夜は更けていく。
こうして、恋話に花を咲かせて距離の縮まった二人は、翌朝、晴れやかな顔で旅路をいく。
そして昼前には、目的地である妖精王の住まう地へとたどり着いたのだった。




