別れ、出会う 01 —西方森中膝栗毛—
——翌朝。
ノクスを見送った後、莉奈は新しく出来上がった馬房からクロカゲとアオカゲを出し、馬車へと繋ぐ。
ドワーフ達はいい仕事をしてくれた。新しい馬房の居心地が良かったのか、二頭の馬もすこぶる機嫌が良さそうだ。
莉奈は二頭の馬に声をかけた。
「ごめんね、クロカゲ、アオカゲ。働かせっぱなしで。また、よろしくね!」
莉奈の呼び掛けに、二頭の馬は「ブルッ!」と応え莉奈に頬を擦り寄せる。
特に今回は長距離の移動だ。常歩で、休み休みでの進行になるので大丈夫だとは思うが、やはり申し訳ない。
だが二頭は気にするなと言わんばかりに、目を細め莉奈を見つめた。そこに、ライラがてててと寄ってくる。
「リナ。荷物、積み終わったよ!」
「お疲れー、ライラ。じゃあ荷台待機!」
「りょーかい!」
ライラは昨晩、日付けが変わる頃に起きた。今回は目的が目的なので、しばらくは夜型に近い生活を送ってもらう事になっている。退屈させてしまうが、致し方ない。
こうして彼女達は準備を終え、出発の時を待つ。
目指すは——
「——じゃあ行くよ。クロカゲ、アオカゲ、東の地、オッカトルへGO!」
「ヒヒーン!」
馬達はいななき、てくてくと歩き出す。二頭の馬も長旅だということを理解しているのだろう。莉奈は振り返り、見送る二人に手を振った。
「レザリア、カルデネ、行ってきまーす!」
「リナ! リナぁぁぁ!」
レザリアの声が遠ざかっていく。片道一週間、莉奈はまだ見ぬ地に、思いを馳せるのだった——。
†
「うぅ……リナぁ……」
馬車の姿が見えなくなると、カルデネに羽交い締めにされてジタバタしていたレザリアは、動きを止め肩を落とす。そして力なくつぶやいた。
「……カルデネ、そろそろ離していただけると……」
「ごめんね、レザリア。五分は押さえつけてくれってお願いされてるから」
「うぅ、そんなぁ……」
うな垂れるレザリア。
そして五分後——カルデネは彼女を解放する。
「リナ、リナぁ!」
解放された瞬間駆け出そうとするレザリアの服を、必死でつかむカルデネ。彼女の身体がズルズルと引きずられていく。
「待って、レザリア。お願いがあるの!」
「いえ、止めないで下さいカルデネ。リナは私が……ん? お願い?」
カルデネのお願いという言葉に、レザリアは動きを止める。カルデネは息を吐き、土を払いながら立ち上がった。
「お願い、レザリア。連れて行って欲しいところがあるの」
「……え? どこへでしょう」
首を傾げるレザリア。どうやら莉奈から意識を剥がすことに成功したようだ。カルデネは、真っ直ぐレザリアを見つめ、何かを決意するかの様に言葉を続けた。
「——妖精王様という人のいる所へ、私を連れていって」
†
「えいっ!」
ポコッ
カルデネのへっぴりごしから放たれるメイスの一撃が、この辺りで最弱の魔物、『歩くキノコの魔物』の頭を撃つ。
ポヨン
しかしそのメイスは、キノコの弾力に弾かれてしまった。
「えいっ、えいっ、えいっ!」
ポコッポコッポコッ
めげずに撃ち続けるカルデネ。キノコの胞子が、バフバフッとばら撒かれる。その様子を眺めるレザリアは、ため息をついた。
「カルデネ……無理しないで下さいね?」
「いえっ、このぐらい、たおせなきゃ、私だって、がんばるからっ!」
プシュー
十発ぐらい叩いただろうか。ようやくカルデネのメイスで致命傷を受けたキノコの魔物は、魔素となり消えていった。肩で息をするカルデネは、笑顔でレザリアに振り返る。
「ぜー、ぜー……どう、見た? レザリア、倒したよ!」
「ええ、カルデネ。でもあなた、キノコまみれですよ?」
レザリアの言う通り、カルデネの身体からいくつものキノコが生えていた。きゃーきゃー言ってカルデネはそれを払い落とす。
再びため息をついたレザリアは、カルデネが払い落としたキノコを丁寧に踏み潰していった。
「カルデネ……無理して戦わなくていいですからね?」
「うぅ、ごめんね、レザリア。やっぱり私、戦闘に向いてないみたい……」
彼女達は妖精王のいる場所へと向かっていた。馬車でも結構な時間のかかる距離だ。徒歩では一日歩き続けてやっとという所だろう。レザリアはそれを理由に断ろうとしたが——
『セイジ様とライラのためなの、お願い!』
『でも……』
『リナが見直してくれるかもよ?』
『行きましょう』
——こんな感じだ。
こうしてレザリアはカルデネと行動を共にしている訳なのだが、はっきり言って甘かった。カルデネがまさかここまで動けないとは。予定よりも時間がかかるかもしれない。
「あっ。あれは『巨大蜘蛛の魔物』ね。私、戦ってみる!」
「ちょ、ちょっとーー!」
メイスを構えて「やー」と突撃するカルデネを、レザリアは追いかける。戦闘に向いていないのを自覚しておきながら、なぜ戦おうとするのか。
レザリアの受難はまだまだ続きそうである。




