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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第三部 第一章
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『ようこそ』 12 —二人、星空の下で—









 一通り話も終わり、書庫へと戻ろうとするカルデネを私は引き止める。


「ねえ、カルデネ。ちょっと私の部屋に来てくれない?」


「ん? どうしたの、リナ。別にいいけど……」




 ————。





「カルデネ——いえ、カルデネ様! まずはこれをご覧下さいっ!」


 私はカルデネを部屋に招き入れ、頭を下げながら彼女の前に紙の束を差し出した。不思議そうな顔をして、それを受け取るカルデネ。


「えっ、なに……『胸を大きくする魔法』?」


「ええ、ええ! まずはお読み下さいませっ!」


「うん、分かったけど……敬語はやめよ?」


 カルデネは紙束をなぞり始めた。私は唾を飲み込みその様子を見守る。やがて、それを読み進めるカルデネの顔つきが変わっていき——。


「……ねえ、これ、どこで手に入れたの?」


「うん、とある人に作ってもらったの。それで……あの……私にでも使えるように最適化……出来るかな?」


「え……作って……」


 カルデネは一通り目を通した後、今度はじっくりと読み進めていく。そして何やらブツブツとつぶやき始めた。


「……これは……確かに、無駄が多い……いえ、洗練されてない……まるで、古代魔法のような……」


 そしてカルデネは、ガバッと顔をあげた。


「ねえ、教えて! こんな限られた人にしか需要のない魔法、どうして存在してるの!?」


「え、あ、限られた……あはは……」


「教えて!」


 カルデネは私の肩をつかんで、ぐわんぐわんと揺らす。ついでに彼女の胸もぐわんぐわんと揺れる。見せつけやがって、こんちきしょうめ。


「お、落ち着いてカルデネ! 言うから、言うからあ!——」



 私は妖精王様の存在を彼女に語って聞かせる。


 さすがに『厄災』や『転移者』絡みのことは言えないけど、レザリアが知っているぐらいの内容は話しても問題ないだろう。



「——……という訳でさ。作って貰ったんだよ、妖精王様に」


 すっかり暗くなった窓の外を眺め、私はフッと息を吐く。


「そう……なんだ。魔法を……作る……」


「それで、どう? 私にも使える魔法に出来るかな……?」


「うん……最適化は出来ると思う。ねえ、これ預かってもいい?」


「ええ、ええ、もちろんですともっ! どうぞ、お納め下さいっ!」


「……だから、敬語はやめよ?」


 来たぞ! 今度こそ本当に、私の第三の人生来たぞコレ! 見てなさい、カルデネ。あなたに追いつき、追い越してみせるからっ!

 

「それでね、リナ。リナの魔力量はどのくらい?」


「え? えーと、57だけど……」


 ちょっと待て。なんだか嫌な予感がする。


「そっか。57か……」


「え、なに、お願い、はっきり言って」


「……うん、私、頑張ってみる。不可能だと思われることに挑戦するのが、研究者の醍醐味だもんね」


「ふか……の……う……?」


「じゃあ、やってみるね……うーん、57かあ……」


 ブツブツとつぶやきながら去っていくカルデネ。私はその背中を、茫然と見送るしかなかった。


 私は声を絞り出す。


「……あの、もしかしたら1057かもしんないから……あはは……」


 力のこもっていない私の笑い声は、虚しく部屋の中へと消えてゆくのだった。








 私が肩を落としながらトボトボと階段を降りると、お酒を酌み交わしている誠司さんとノクスさんの姿が目に入った。


 ちょうどいい、ヤケ酒でもするか——と近づいた私に、誠司さんが声を掛けてきた。


「なあ、莉奈、悪い。グリム君の様子を見てきてくれないか」


「ん? いいけど、どこにいるの?」


「それがだな——」


 そう言って誠司さんは天井の方を見上げる。


「——どうやら、屋根の上に出ている様なんだ。一応、ついてやってくれないかな」


「うん、オーケー。ひとっ飛び行ってくるよ」


「悪いね」


 頭を下げる誠司さんに手を振り、私は表へ出た。屋根の上って、まあ、二階の屋根裏部屋から出れるけどよく見つけたな。私は空へと浮かびあがる。


 グリムは——いた。屋根の上に座り、空を眺めている。


「やっほー、隣り、いいかな?」


「……莉奈か。ああ、よろこんで」


 私は声をかけ、グリムの隣りに座る。今日も星空が綺麗だ。私も一緒に星を眺めることにする。


「どうしたの? こんな所で」


「うん、ただの天体観望だ。この世界に月はないのか? 辞書には載っていたようだが」


「あー、今は新月過ぎた辺りだからねえ。もう沈んじゃったよ」


「……そうか。教えてくれ。この世界の空を」



 私は指をさしながらグリムに教える。方角の基準となる星や、この世界の星座。月の満ち欠けなど。


 グリムは感心しながら私の話に聞き入ってくれる。なんか嬉しい。



 そして私の解説を一通り聞いたグリムは、感謝の言葉を述べる。


「——なるほど。ありがとう、莉奈。こんなことなら、各時代の天体図を記録しておけばよかったな」


「どういたしまして。ってどういう事?」


 ん? 天体図を記録しておいた所で、こっちの世界では役に立たないではないか。


「いや、気にするな。些細なことだ」


「えー、気になるじゃんかー」


 なんだよ、あなたまで勿体ぶるキャラなのかよ。


「気になるのか? まあ、時間の進み方の概念、月の満ち欠け、食材やこちらの世界の人、それにキミ達がこの大気に問題なく順応しているのを見て、ここが地球ではないかと思っただけさ」


「……は?」


 グリムの突拍子のない話に私は固まる。え、なんて言った? いや、でも、だって——。


「待って。だって異世界だよ? ファンタジーだよ? 剣や魔法やエルフなんだよ!?」


「ああ、すまない。ここが異世界であることに間違いはないだろう。ひょっとしたら未来の地球かとも思ったんだが……違う地球だと考えた方が納得がいくな」


「違う、地球?」


「莉奈。キミはバタフライ効果って知っているかい?」


 あれ、何だっけ、なんか聞き覚えが——。


 必死に思い出そうと唸る私に、グリムは教えてくれた。


「蝶の羽ばたき一つで、世界の裏側で竜巻が起こるというやつだ。言い換えれば、蝶の羽ばたき一つでも世界は分岐してしまう。それこそ無数にね。私の考えだと、ここはその世界の一つなんだと思う。あ、勿論これは、私の嗜好しこうが入った憶測だぞ?」


「でもでもでも! だったら魔法は? 魔物は? ファンタジーは!?」


 そうだ。もしここが地球だとしたら、例えどんな歴史を歩んだとしても、そんな現実的でないものが存在するのはおかしくないか。


 何やら変な汗をかいてしまう私に、グリムは目を細めて言う。


「この世界は『魔素』というものに満ち溢れているのだろう? 魔法の力や魔物の存在に密接していると、辞書には書いてあった。なら、何らかの原因で『魔素に満たされた地球』、もしくは、何らかの原因で『魔素が失われなかった地球』、それがこの世界なのかもしれないね」


「じゃあ、私達のいた世界って……」


「何らかの原因で『魔素に恵まれなかった地球』かな。もしかしたら、私達のいた地球の方がイレギュラーな世界なのかもしれないぞ? まあ、おかげでこの世界に比べて科学は進歩した様だけどね。私も生まれることが出来た」


「そん……な……」


 愕然がくぜんとする私。私達のいた世界がイレギュラーだったかもなんて。


「どうした、莉奈? 変な顔して」


「変な顔言うな。さすがに規模が大きい話で、理解が追いつかないというか……」


「はは、気にするな。全てはただの憶測で、思考実験じみたものだ。忘れてくれ。真実はどうあれ、私達の経験がある程度活かせる世界に飛ばされた幸運を、素直に喜ぼうじゃないか」


 グリムは再び空を眺める。私もつられて、空を見上げてつぶやいた。


「そんなんでいいのかな」


「そんなんでいいと思うぞ。ここが地球かどうかなんてどうでもいい。ここは間違いなく『異世界』なのだからな。憧れの人間にもなれた。色々経験出来るのが楽しみだ。それでいいじゃないか」


「ふふ、そっか。じゃあさ、温泉あるけど、後で入ってみる?」


「ほう、それは楽しみだ。案内してくれ」


 グリムは立ち上がり、身体を伸ばす。


 確かに彼女の言う通り、前の世界のことを考えても仕方がない。今の私達にはこの世界でやるべきことがあるのだから。私もふわりと立ち上がった。


「もういいの? 温泉は逃げないよ?」


「ああ。本当は月を確認したかったんだが、火星と木星らしきものが確認出来た。今日はそれで十分だ」


 そう言って窓から部屋の中へ入っていくグリム。え、それって——。


「ちょっと待てーーー!!」


 私の叫び声が夜空に響く。くそっ、なんとも食えない『転移者』だなっ——。





 こうして新たな人物を迎え入れた私達は、東の地、オッカトルに向けて旅立つことになった。長旅である。


 その地で私は、色々な人と知り合うことになるのだった——。





お読み頂き、ありがとうございます。

これにて第一章完。次回から第二章です。


予定通り、第二章を隔日投稿、後、第三部完結まで毎日投稿致します。


引き続き、お楽しみ下さいませ。



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