『ようこそ』 12 —二人、星空の下で—
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一通り話も終わり、書庫へと戻ろうとするカルデネを私は引き止める。
「ねえ、カルデネ。ちょっと私の部屋に来てくれない?」
「ん? どうしたの、リナ。別にいいけど……」
————。
「カルデネ——いえ、カルデネ様! まずはこれをご覧下さいっ!」
私はカルデネを部屋に招き入れ、頭を下げながら彼女の前に紙の束を差し出した。不思議そうな顔をして、それを受け取るカルデネ。
「えっ、なに……『胸を大きくする魔法』?」
「ええ、ええ! まずはお読み下さいませっ!」
「うん、分かったけど……敬語はやめよ?」
カルデネは紙束をなぞり始めた。私は唾を飲み込みその様子を見守る。やがて、それを読み進めるカルデネの顔つきが変わっていき——。
「……ねえ、これ、どこで手に入れたの?」
「うん、とある人に作ってもらったの。それで……あの……私にでも使えるように最適化……出来るかな?」
「え……作って……」
カルデネは一通り目を通した後、今度はじっくりと読み進めていく。そして何やらブツブツとつぶやき始めた。
「……これは……確かに、無駄が多い……いえ、洗練されてない……まるで、古代魔法のような……」
そしてカルデネは、ガバッと顔をあげた。
「ねえ、教えて! こんな限られた人にしか需要のない魔法、どうして存在してるの!?」
「え、あ、限られた……あはは……」
「教えて!」
カルデネは私の肩をつかんで、ぐわんぐわんと揺らす。ついでに彼女の胸もぐわんぐわんと揺れる。見せつけやがって、こんちきしょうめ。
「お、落ち着いてカルデネ! 言うから、言うからあ!——」
私は妖精王様の存在を彼女に語って聞かせる。
さすがに『厄災』や『転移者』絡みのことは言えないけど、レザリアが知っているぐらいの内容は話しても問題ないだろう。
「——……という訳でさ。作って貰ったんだよ、妖精王様に」
すっかり暗くなった窓の外を眺め、私はフッと息を吐く。
「そう……なんだ。魔法を……作る……」
「それで、どう? 私にも使える魔法に出来るかな……?」
「うん……最適化は出来ると思う。ねえ、これ預かってもいい?」
「ええ、ええ、もちろんですともっ! どうぞ、お納め下さいっ!」
「……だから、敬語はやめよ?」
来たぞ! 今度こそ本当に、私の第三の人生来たぞコレ! 見てなさい、カルデネ。あなたに追いつき、追い越してみせるからっ!
「それでね、リナ。リナの魔力量はどのくらい?」
「え? えーと、57だけど……」
ちょっと待て。なんだか嫌な予感がする。
「そっか。57か……」
「え、なに、お願い、はっきり言って」
「……うん、私、頑張ってみる。不可能だと思われることに挑戦するのが、研究者の醍醐味だもんね」
「ふか……の……う……?」
「じゃあ、やってみるね……うーん、57かあ……」
ブツブツとつぶやきながら去っていくカルデネ。私はその背中を、茫然と見送るしかなかった。
私は声を絞り出す。
「……あの、もしかしたら1057かもしんないから……あはは……」
力のこもっていない私の笑い声は、虚しく部屋の中へと消えてゆくのだった。
†
私が肩を落としながらトボトボと階段を降りると、お酒を酌み交わしている誠司さんとノクスさんの姿が目に入った。
ちょうどいい、ヤケ酒でもするか——と近づいた私に、誠司さんが声を掛けてきた。
「なあ、莉奈、悪い。グリム君の様子を見てきてくれないか」
「ん? いいけど、どこにいるの?」
「それがだな——」
そう言って誠司さんは天井の方を見上げる。
「——どうやら、屋根の上に出ている様なんだ。一応、ついてやってくれないかな」
「うん、オーケー。ひとっ飛び行ってくるよ」
「悪いね」
頭を下げる誠司さんに手を振り、私は表へ出た。屋根の上って、まあ、二階の屋根裏部屋から出れるけどよく見つけたな。私は空へと浮かびあがる。
グリムは——いた。屋根の上に座り、空を眺めている。
「やっほー、隣り、いいかな?」
「……莉奈か。ああ、よろこんで」
私は声をかけ、グリムの隣りに座る。今日も星空が綺麗だ。私も一緒に星を眺めることにする。
「どうしたの? こんな所で」
「うん、ただの天体観望だ。この世界に月はないのか? 辞書には載っていたようだが」
「あー、今は新月過ぎた辺りだからねえ。もう沈んじゃったよ」
「……そうか。教えてくれ。この世界の空を」
私は指をさしながらグリムに教える。方角の基準となる星や、この世界の星座。月の満ち欠けなど。
グリムは感心しながら私の話に聞き入ってくれる。なんか嬉しい。
そして私の解説を一通り聞いたグリムは、感謝の言葉を述べる。
「——なるほど。ありがとう、莉奈。こんなことなら、各時代の天体図を記録しておけばよかったな」
「どういたしまして。ってどういう事?」
ん? 天体図を記録しておいた所で、こっちの世界では役に立たないではないか。
「いや、気にするな。些細なことだ」
「えー、気になるじゃんかー」
なんだよ、あなたまで勿体ぶるキャラなのかよ。
「気になるのか? まあ、時間の進み方の概念、月の満ち欠け、食材やこちらの世界の人、それにキミ達がこの大気に問題なく順応しているのを見て、ここが地球ではないかと思っただけさ」
「……は?」
グリムの突拍子のない話に私は固まる。え、なんて言った? いや、でも、だって——。
「待って。だって異世界だよ? ファンタジーだよ? 剣や魔法やエルフなんだよ!?」
「ああ、すまない。ここが異世界であることに間違いはないだろう。ひょっとしたら未来の地球かとも思ったんだが……違う地球だと考えた方が納得がいくな」
「違う、地球?」
「莉奈。キミはバタフライ効果って知っているかい?」
あれ、何だっけ、なんか聞き覚えが——。
必死に思い出そうと唸る私に、グリムは教えてくれた。
「蝶の羽ばたき一つで、世界の裏側で竜巻が起こるというやつだ。言い換えれば、蝶の羽ばたき一つでも世界は分岐してしまう。それこそ無数にね。私の考えだと、ここはその世界の一つなんだと思う。あ、勿論これは、私の嗜好が入った憶測だぞ?」
「でもでもでも! だったら魔法は? 魔物は? ファンタジーは!?」
そうだ。もしここが地球だとしたら、例えどんな歴史を歩んだとしても、そんな現実的でないものが存在するのはおかしくないか。
何やら変な汗をかいてしまう私に、グリムは目を細めて言う。
「この世界は『魔素』というものに満ち溢れているのだろう? 魔法の力や魔物の存在に密接していると、辞書には書いてあった。なら、何らかの原因で『魔素に満たされた地球』、もしくは、何らかの原因で『魔素が失われなかった地球』、それがこの世界なのかもしれないね」
「じゃあ、私達のいた世界って……」
「何らかの原因で『魔素に恵まれなかった地球』かな。もしかしたら、私達のいた地球の方がイレギュラーな世界なのかもしれないぞ? まあ、おかげでこの世界に比べて科学は進歩した様だけどね。私も生まれることが出来た」
「そん……な……」
愕然とする私。私達のいた世界がイレギュラーだったかもなんて。
「どうした、莉奈? 変な顔して」
「変な顔言うな。さすがに規模が大きい話で、理解が追いつかないというか……」
「はは、気にするな。全てはただの憶測で、思考実験じみたものだ。忘れてくれ。真実はどうあれ、私達の経験がある程度活かせる世界に飛ばされた幸運を、素直に喜ぼうじゃないか」
グリムは再び空を眺める。私もつられて、空を見上げてつぶやいた。
「そんなんでいいのかな」
「そんなんでいいと思うぞ。ここが地球かどうかなんてどうでもいい。ここは間違いなく『異世界』なのだからな。憧れの人間にもなれた。色々経験出来るのが楽しみだ。それでいいじゃないか」
「ふふ、そっか。じゃあさ、温泉あるけど、後で入ってみる?」
「ほう、それは楽しみだ。案内してくれ」
グリムは立ち上がり、身体を伸ばす。
確かに彼女の言う通り、前の世界のことを考えても仕方がない。今の私達にはこの世界でやるべきことがあるのだから。私もふわりと立ち上がった。
「もういいの? 温泉は逃げないよ?」
「ああ。本当は月を確認したかったんだが、火星と木星らしきものが確認出来た。今日はそれで十分だ」
そう言って窓から部屋の中へ入っていくグリム。え、それって——。
「ちょっと待てーーー!!」
私の叫び声が夜空に響く。くそっ、なんとも食えない『転移者』だなっ——。
こうして新たな人物を迎え入れた私達は、東の地、オッカトルに向けて旅立つことになった。長旅である。
その地で私は、色々な人と知り合うことになるのだった——。
お読み頂き、ありがとうございます。
これにて第一章完。次回から第二章です。
予定通り、第二章を隔日投稿、後、第三部完結まで毎日投稿致します。
引き続き、お楽しみ下さいませ。




