『ようこそ』 11 —詭弁と茶番とプレゼンと—
「カルデネ君。こちらがグリム君、私達と同じ世界からやって来た者だ。よろしく頼むよ」
「うん。私、カルデネ。よろしくね」
「カルデネだな。私はグリム。よろしく頼むよ」
食事が運ばれてくる中、書庫から引きずられてきたカルデネがグリムに自己紹介をする。
これでライラを除く、『魔女の家』に住まう者、全員との顔合わせが終わった形だ。
そんな中、レザリアと莉奈の手で全員への配膳が終わった。
ビーフシチューに焼き立てパン、香草をまぶした肉のソテーに木の実を使ったサラダ、デザートに果実の甘露漬けと、なかなかに気合いが入っている。
うずうずしているグリムを手で制しながら、全員が着席したのを見計らって誠司が口を開いた。
「では話は後にして、とりあえず頂こうとするかね」
「「「いただきまーす!」」」
元気よく返事をし、食事を始める面々。
「んー、おいしー! 美味しいぞ、これは!」
「さっすがレザリア! これ、何使ったの?」
「えへへ……これはですねえ……」
普段のエルフの食事とは毛色が違うが、この家に来るにあたってレザリアも人間の好むものを勉強しているのだ。主に莉奈のために。時間が空いた時には、こっそりレシピ本を読み込んだりしている。
誠司とノクス、そしてカルデネも、料理と葡萄酒に舌鼓を打ちながら歓談する。
「そういや、カルデネ。研究とやらの調子はどうだ?」
「ええ、ノクス様。正直言うと、あまり芳しくありません。理屈は分かったのですが、それをどうにかするとなると準備が大変そうで……」
「カルデネ君、身体が一番だ。焦らなくて大丈夫だよ」
「うん。ありがとう、セイジ様。私、頑張るからね」
こうして夕食は進み、皆の皿が空になった頃合いを見て誠司は先程の話をレザリアとカルデネに告げる。
オッカトルに現れた砂漠、『厄災』マルテディ出現の可能性、その調査に明日から出向くこと——。
「——という訳でだ。あそこには片道一週間ぐらいかかるので、ひと月ほど家を空けることになるかもな。そういう訳でだレザリア君、その間、カルデネ君とグリム君をよろしく頼む」
「お待ち下さい、セイジ様!」
誠司の話を聞き、レザリアが立ち上がる。
「私も、私も連れて行って下さい!」
「いや、駄目だ」
珍しくきっぱりと言い切る誠司。ここまで強く言い切られたのは初めてなので、レザリアは言葉が継げずにいる。
その誠司の様子を周りも不思議に思い、誠司に視線が集まった。
そんな中、本を読んでいたヘザーが立ち上がり誠司にお願いをする。
「そんなこと言わず、連れて行ってあげたらどうですか? 留守は私が見ますので——」
「いや、駄目だ。ヘザー、君が行かないなら私も行かない」
誠司の言葉に、レザリアはペタンと床に座り込む。その様子を見た誠司は、バツが悪そうに語った。
「いや、すまないねレザリア君。今回だけは、本当に今回だけは駄目なんだ。私は『東の魔女』に嫌われていてね。訳あって、ヘザーなしじゃとても会うことが出来ない」
その言葉を聞いたノクスは、何かを感じ取ったのか、誠司の援護に回る。ノクスはレザリアに向かって膝をついた。
「レザリアちゃん。すまねえ、俺からもお願いだ。魔女さんとこにはヘザーさんがどうしても行く必要があるんだ。な、この通り!」
「ノクス様……でも、リナが……また……今度こそ……」
スンスンと泣き始めるレザリア。
これはアレだ。莉奈が毎回無茶をするからだ。今度は皆の視線が莉奈に集まる。まるで、どうにかしろと言わんばかりに。
莉奈は「うっ」と呻いて立ち上がり、レザリアに歩み寄る。そして彼女をそっと抱きしめ——
「——レザリア。大丈夫だよ。私、ちゃんとみんなの……レザリアの元に帰ってくるから」
「……リナぁ、そう言って、あなたはいつもいつも……」
「うん、でもよく考えて、レザリア。私が無茶する時、いつもあなたが近くにいたでしょ?」
その言葉に、ハッと顔を上げるレザリア。莉奈は続ける。
「それはね、レザリアが守ってくれるって信じてるから。だからね、今回は無茶はしない。当たり前じゃん、私を守ってくれる人が近くにいないからね」
「リナ……そんな……私をそこまで……」
莉奈はレザリアを立ち上がらせる。そして、周りに目で訴えた。
(はい、ここで拍手!)
その莉奈の意図を悟ったのか、パラパラと拍手を始める一同。駄目押しに莉奈は、レザリアをギュッと抱きしめた。
「ふわぁ……」
「うん、だからレザリア。心配しないで待ってて。レザリアの料理、楽しみにして帰ってくるからね」
「うん……うん……約束……ですよ……?」
「ふふ、当たり前じゃない」
——パチパチパチパチ……
祝福の拍手が鳴り響く。自分でやっときながら、何だよこの状況と、莉奈は頭を悩ませる。
だが、綺麗にまとまった。レザリアは涙を拭い、笑顔で莉奈を見つめている。罪悪感に押しつぶされそうだ。
そんなこんなで茶番を繰り広げた二人が席に座り直すのを見て、今度はグリムが口を開いた。
「なあ、誠司。私が行ってはいけない理由はあるのか?」
「うん? まあ、危険だからな。君は戦えないだろうし、この世界のこともあまり分かってないだろう?」
誠司の答えにグリムは「ふむ」と考え込み、そして——
「——いや、なら尚更私は行くべきだろう。まず、この世界が分からないからこそ、この世界のことを見て知りたい。それに、私は頭や心臓を完全に潰されない限り死なないから、安全面はさほど気にしなくていい。だったら、私の演算能力が役に立つメリットの方が大きいと思うぞ」
「……いや、しかしだなあ」
確かに彼女のスキル、そしてその頭脳は異常だ。何か役に立つこともあるかもしれない。しかし、無駄に連れて行く訳には——。
「まだ足りないか。もし私が見聞を広めこの世界への理解が深まれば、そこの彼女の『研究』とやらの役に立つかもしれないぞ?」
そう言ってグリムはカルデネを見る。カルデネは驚いた顔で、グリムを見返した。
「それに——」
グリムは果物ナイフを取り出す。持ってきていたのか——誠司が何か行動を起こす前にグリムは自分の腕をまくり上げ、すらっと切り裂いた。すぐに修復される傷。
「——並行して解析を続けていてね。先程ちらっと話した感覚遮断を身につけたよ。恐らく『シャットダウン』に由来する能力だろうね。スキルツリーを解放していくみたいで楽しいよ」
あまりの出来事に、口を開ける一同。そんな中、ヘザーとカルデネの目は好奇心で輝いていた。
「どうだい? まだプレゼンは必要か?」
「……い、いや。ああ、よろしく頼む。一緒に行こうか……」
その言葉に満足そうに頷くグリム。誠司は苦笑いをするしかなかった。
こうして、東の地オッカトルに行くメンバーは決まった。誠司に莉奈、そしてヘザーにグリム。
東の地で何が待ち受けているのか、まだ分からない。だが、いずれにせよ、彼らは行くしかないのだ。
『東の魔女』セレス、そして、『厄災』マルテディのもとへと——。




