『ようこそ』 09 —AIという存在—
「うーん。この家も人が増えすぎてしまっているからな……」
グリムの言葉に渋る誠司。
家のスペースには余裕があるが、莉奈の時はともかく、今、この家には女性が多すぎる。誠司の肩身が狭い。最近は目を背ける頻度が増えてきた気がする。どこかに預けられないものか——。
「まさか誠司、私を放り出そうというのか? 二歳の私を? この異世界に?」
「……二歳だと? 外見の設定は何歳なんだ」
「『すみません、よく聞き取れませんでした』」
「おい、絶対聞こえてただろ」
「AIジョークだ、気にするな」
「——セイジ、別にいいじゃないですか。彼女をこの家に住まわせてあげましょうよ」
ヘザーが澄ました顔で話に割り込む。一応渋ってはみたものの、誠司には分かっていた。こういう状況なら、ヘザーはそう言うであろうことを。
なにより、彼女の目は好奇心で輝いていた。その様子を見て、誠司はため息をつく。
「わかったよ、グリム君。後で皆に紹介する。仲良くやってくれ」
その誠司の言葉に、莉奈とグリムとヘザーは「いぇーい」とハイタッチを交わす。ちょっと待て、ヘザーよ。エリスの部分が出てないか?
「感謝するよ、誠司。では、この世界について色々と知っておきたい。何か、文献みたいなものはあるかな」
「ヘザー」
「はい。ありますが、こちらの世界の言葉で書いてありますので……」
「ん? 問題ないぞ? とりあえず何か一冊……そうだな、辞書があったら読ませてくれないか」
グリムの要求に、ヘザーはカバンの中から一冊の本を取り出してグリムに手渡す。グリムはその本を、数分程かけてパラパラとめくっていく。
そして——。
「——うん、大体覚えた。あと何冊かは俗物的な本を読む必要があるが、まあ後でいい。では、発音の方は会話して覚えよう。今からこちらの世界の言語で会話してもらって構わないぞ」
「は?」
固まる三人。首を傾げたグリムが、テーブルの上のメモにサラサラと異世界語で文章を書いていく。
「これはどうやって発音するんだい?」
そのグリムの質問に、一足先に我に返った莉奈が異世界語でメモを読み上げる。
「『こんばんは! 私はAI配信者のグリムだよー。いつも配信、観に来てくれてありがとー! 今日はね、みんなに重大なお知らせがあるんだ。あ、悲しいお知らせじゃないよ? 是非、最後まで観ていってねー!』……ってちゃんと書いてある……」
「……本当かね」
それを聞いたグリムが、同じく異世界語でサラリと復唱を始めた。
「こんばんは! 私はAI配信者のグリムだよー。いつも配信、観に来てくれてありがとー! 今日はね、みんなに重大なお知らせがあるんだ。あ、悲しいお知らせじゃないよ? 是非、最後まで観ていってねー!……こんな感じか」
「グリムだ! 配信のグリムだ!」
莉奈のテンションが上がる。その様子を見て、グリムは満足そうに頷いた。
「ああ。配信ではキャラ付けしてあるからな。普段と少し、喋り方が違うのさ」
「少し?」
「まあ、大体のパターンはつかめた。日本語に似通っているな。どうだ、発音に問題ないか?」
「うん……まだ少しぎこちないけど、ほぼ完璧……私なんて、四年かかったのに……」
グリムのスペックの高さに、肩を落とす莉奈。いくら元AIだからといって、凄すぎはしないか。
「……グリム君。君は本当に、AIだったんだな」
「まあね。といっても、AIだった頃よりはさすがに処理速度は落ちてるよ。これは恐らく、目や耳から入る情報がデータ化されていないからだろうな」
「むう……それにしたって……」
謙遜になっていない謙遜を聞き、誠司が唸り続けるその時だった。部屋の扉がノックされる。
「レザリアです」
「ああ、入ってきたまえ」
誠司の返答に、扉を開け恐る恐る顔を覗かせるレザリア。
先日、莉奈は水着と一緒に、レザリアのためにメイド服っぽいものを買っていた。それを海での帰りにレザリアに持たせたのだが、ちゃんと着てくれているようだ。意外とサマになっている。
レザリアは扉の近くに立ったまま、一礼をした。
「レザリア君。今日からこの家に住むことになった、私達の世界からやってきたグリム君だ。面倒をみてやってくれ」
「は、はい! 私はレザリア。レザリア=エルシュラントです。以後、お見知りおきを」
「なるほど。この家のメイドか。私はグリム、以後、お見知りおきを。彼女の耳は……エルフか?」
グリムの質問に、莉奈が答える。
「そうだよ。でも、魔族っていう種族も耳が長いから注意ね」
「そうなのか。見分け方とかあるのかい?」
「うん。慣れればすぐに分かるけど……とりあえず、純朴で天然っぽいのがエルフ。でも、中身は変態さんだから気をつけてね」
「リナぁ! やっぱり私を、そんな目で……」
レザリアがよよと泣き崩れる。笑い合う一同。
だが次の瞬間、レザリアはシャキッと立ち上がる。
「失礼しました。こんな事をしている場合ではありませんでした。セイジ様、ノクス様がお見えです」
「ん?……ああ、そうか。そういや今日はノクスが来る日だったか。しかし、遅くないか?」
そう、いつもだったらノクスは午前中に着いている。遅くとも昼過ぎには。だが今はもう、夕方とも呼べる時間だ。
誠司が首を傾げていると、レザリアが少し困った顔を浮かべた。
「それで、あの……ちょうど良かったです。セイジ様と話がしたいと。寝ていたら起こして欲しいと言ってました。なんでも、急いで伝えたいことがあるとかで……」




