『ようこそ』 07 —tips スキル・中級編—
「はい、仰る通り私は作り物ですよ。でも、あまり広めないで下さいね? 好奇の目に晒されるのは困りますので」
そう言って、涼やかにグリムに笑いかけるヘザー。その態度を見て、グリムは頭を下げた。
「失礼。親近感が湧いたものでね。確かに、一般的な人間は理由なく詮索されることを嫌うのだったな。悪かったよ」
「いえ。この家では公然の秘密ですから、お気になさらずに」
莉奈と誠司は息を吐く。全く心臓に悪い。
もしも家族でテレビを見ていて、突然へんなシーンが流れてきたら、こんな気分になるのだろうか。
ヘザーは特に気にしている様子もなく椅子に座り、グリムにサンドイッチを勧める。
「さあ、お腹が空いているようでしたらお召し上がり下さい。私はこちらの世界の者なので詳しくはありませんが、あちらの世界と大差ない食事のはずですよ」
「おお、食事か、初めてだな。食べないと人間は死んでしまうのだろう? 遠慮なく頂くよ」
そのグリムの言葉に、事情を知らないヘザーはキョトンとする。莉奈は、サンドイッチにかぶりつくグリムを眺めながらヘザーに軽く説明をした。
「あのね、ヘザー。この娘ね、ええと、この世界ではなんて言うんだろう……まあ、概念的存在だったの。例えば妖精や、誠司さんの空間の人? みたいな。だから食事も初めてなんだ」
「へえ、それは驚きですね……」
ヘザーの目が好奇心で輝く。当のグリムはというと、サンドイッチを一つ瞬く間にたいらげ——固まっていた。
「どうしたの、グリム?」
「……ずるいぞ」
「え?」
「人間は! こんな多幸感に包まれながら! エネルギーを摂取していたのか!」
グリムはテーブルを叩き立ち上がった。それを誠司が彼女の襟をつかんで座らせる。
「落ち着きたまえ、グリム君」
「だって! 配信で食事の話題が出た時なんかは『うわー、おいしそー』とか訳も分からず言っていたんだぞ! まるで道化じゃないか! まあ、言ってしまえば、私の役割は道化を演じることなのだが。むしゃむしゃ」
そう言いながら二つ目、三つ目のサンドイッチを頬張るグリム。よく分からないが、気に入ってくれたのは確かなようだ。
そして彼女は、最後の一口を飲み込んだ。
「……ありがとう。これが『美味しい』という感覚なんだね。ネット民達が『飯テロ』を恐れていた理由が分かった気がするよ」
「ふふ。気に入ってもらえた様で、何よりですよ」
ヘザーはグリムに笑いかけ、空いた皿を下げる。その皿をうらめしそうに眺めるグリムの視線が、痛い。
「さて、グリム君。もう少し質問してもいいかな?」
一息ついた所で、誠司が切り出す。グリムはようやく皿から目線を外し、誠司に向き直った。
「なんだい。なんでも聞いてくれ」
「こちらの世界に来た者は、スキル——能力が発現するんだ。君も持っているかもしれない」
「スキル? 物語でよくある、超常的な現象のことか。それが私にも?」
「ああ、恐らくは。グリム君、条件はある程度特定できているんだ。君は『穴』に吸い込まれる時、何を考えていた?」
誠司の言葉にグリムは思考を巡らせる。グリムが『穴』に吸い込まれる時考えていたこと。それは。
「分からない、な」
「分からない? 多分、最後に考えたことだと思うが……」
「では尚更『分からない』だ。私は対処に必死でね。色々な対処を並列思考で処理していた。だから特定の事柄一つとなると、どれを指すのか分からない」
「そうか……まあ、おいおい——」
その様に誠司が言いかけた時だった。その言葉をグリムが遮る。
「まあ、待て。私が何を考えていたのかは分からないが、スキルというものは分かるぞ。私の脳に、不自然な領域があるのを感じる。多分、これだ」
「本当かね……」
誠司も莉奈も、グリムの言葉を受けて自分の脳内に意識を向ける。しかし、当然のごとく『不自然な領域』というのが何を指すのか分からない。
「誠司、何か刃物みたいな物はあるかな」
「私の刀は……危険か。すまない、ヘザー。果物ナイフを持ってきてくれるか」
「はい。少々お待ち下さい」
そう返事をし、ヘザーは空いた皿を持って退室をする。そして、すぐに果物ナイフを持って戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう、お借りするよ」
「グリム君、何をする気だね?」
大丈夫だとは思うが、誠司は念の為、刀を引き寄せる。だが、グリムはそのナイフで——
「ちょっと! 何やってるの!?」
——莉奈が叫ぶ。
なんとグリムは皆の目の前で、自分の人差し指を切り飛ばしたのだ。
「いったーい!……すまない、感覚遮断が出来るといいのだが」
「グリム君! 君は何を!」
「まあ、見ててくれ」
グリムは皆の前に手を差し出す。その傷からは、血が流れていない。皆が固唾を飲んで見守っていると——なんと瞬く間にその傷口から指が生えてきたのだ。
「何、それ……」
莉奈は呆然とし、彼女の切り飛ばされた方の指を見る。その指はグリムが指を鳴らすと、光の粒子となり消えていった。
言葉を出すことが出来ない一同を見て、グリムは皆に解説を始めた。
「私が『穴』に吸い込まれる時、当然『復元』や『修復』なども考えていた。もしそれが力になるのなら、この力はそれに由来するのだろう。自分に対してしか使えないみたいだけどね」
「そこまで……分かるのか……」
誠司が呻く。彼とて、今まで手探りでスキルを使いこなせる様になってきたのだ。
それをこうもあっさりと、なぜ分かる——それすらもスキルではないのかと疑ってしまうほどだ。
「もう! 心臓に悪いな!」
「……莉奈。君がいうかね」
「驚かせてしまったかな。だとしたら、配信者冥利につきるよ。ところで誠司。今度は私から質問があるんだが」
「なにかな? ここには私達以外の視聴者はいないぞ」
軽口を叩く誠司に、グリムは不思議そうな顔をして尋ねる。
「私の頭の中に、ブラックボックス的な、今は開かない箱があるみたいなんだ。場所的にスキル関連とみて間違いなさそうなんだが……キミ、何か知っているか?」




