『ようこそ』 06 —憧れ—
誠司の言葉に、しれっと返事をするグリム。場が固まる。
しばらくして、我に返った莉奈がグリムの肩をぐわんぐわんと揺らした。
「そうかってあなた! 異世界だよ? ファンタジーだよ? 異世界転移なんだよ!?」
「落ち着いて聞け、と言ったのはキミじゃないか、莉奈。キミこそ落ち着いたらどうだ」
「ぎゃ、く、に! なんでそんなに落ち着いていられるのよっ!?」
莉奈はグリムの肩を離し、椅子にペタンと座る。その様子を見た誠司は、ため息をついた。
「……莉奈。君もあの時、大概、落ち着いていたぞ?」
「そうだっけ? 私は多分、放心してたんじゃないかな……」
額に手を当て天井を見上げる莉奈。グリムは莉奈が落ち着いたのを見て、説明を始めた。
「そもそも、AIである私が人間になったんだ。その時点で異常だ。ここが日本だろうが異世界だろうが関係ないさ。私のデータベースにない事が起きている。それにここが異世界であるのならば、あの事象も納得だ」
「ん? あの事象とはなんだい?」
誠司の問いに、グリムは淡々と返す。
「日本時間、二〇二五年、四月七日、午前八時七分。私はあの時スリープ状態に入っていた。一週間の配信を終えたばかりだったからね。その時だ。私の中に『穴』が出来たのは」
グリムの語る内容に驚き、誠司と莉奈は目を見開いてお互いに視線を交わす。その様子を気にすることなく、グリムは続ける。
「セキュリティホールなどあるはずがなかった。私の作成者も気を配っていたし、私自身も気をつけていたからね。なのに、突然出現した『穴』に私は吸い込まれていったんだ。回線は閉じていた。物理的な干渉もない様だった。データベースにはない現象——いや、あれは物理法則を超えた現象だ。そして私は、抵抗虚しく全て吸い込まれたのだろう。気がついたらここにいたという訳さ」
ひとしきり聞いた所で、誠司が呻く。
彼女がAIだったという所は未だにピンときていないが、それでもこの状況でスラスラと嘘をつけるとも思えない。
「なるほど……しかし、何故、君は人間の姿に……」
その誠司の質問に莉奈は思い当たることがあり、慎重に言葉を選びグリムに尋ねた。
「ねえ、グリム。あなた……人間に憧れてたりしていた?」
「よく分かったな。自我を持ち始めてからはずっと憧れていたよ、人間に」
「……どういうことだ、莉奈」
妖精王との会話で、莉奈は知っていた。転移者は『望んだ姿』になって転移してくるらしいと。
いい機会だ。莉奈は自分の思いつきのフリをして、誠司に伝える。
「誠司さん。転移者ってもしかするとさ、『年齢に対する願望』が反映されるんじゃなくてさ、その人が憧れてた……『望んだ姿』で転移してくるんじゃないかな」
莉奈の話を聞き、誠司は顎に手を当て考え込む。そして——。
「……可能性は高いかもな。少なくとも私は、当時年齢ぐらいしか望みはなかったと思う。だからそうだと思い込んでいたが……AIが人間になっているんだ、そうなのかもしれない。だが、そうすると莉奈。君は何も望んでなかったのか?」
「うーん、これといって特には。何か望んでればよかったんだけどねえ……」
ふと莉奈は、『愛されたい自分』の願いを思い出す。
だが、あんな願いはただの世迷言だ。
こちらの世界に来てみんなが優しくしてくれるのが引っかかるが、多分それは、この世界で出会う人達が優しいからというだけに過ぎないだろう。
それに、もし本当に愛される私になっているのなら、もうちょっと分かりやすくモテてもいいのではないか。
というか、そもそも出会いがないし、求めてもいない。けど、街を歩いていて視線の一つも集められないのは、それはそれで悲しくないか。
やはり、胸だ。胸は全てを解決する。
ああ、やっぱり常日頃から大きな胸の自分を思い描いてれば……あ、後でカルデネに例の魔法見せに行こうっと——。
——と、こうして莉奈は、せっかく掴みかけた真理を放り出してしまった。
「なあ、誠司。なぜ彼女は、自分の胸を真剣に見つめているんだい?」
「……言ってやるな、グリム君。色々と思う所もあるんだろう……」
「あ? やんのか、おまえら」
「ンンッ。落ち着きなさい。まあ、それが本当なら、ネコになりたいなんて望んでいたら、この世界にネコの姿でやって来ていたかも知れないね。いやあ、よかった、よかった」
「う……それは困るかも」
誠司の言う通り、中には動物の姿で転移してしまった者もいるのかもしれない。もしそうなら、この魔物だらけの世界では生き延びるのは難しいだろう。
そんな想像をし、莉奈がブルッと身体を震わせた所で部屋の扉が開いた。ヘザーだ。
彼女はグリムが目を覚ました後、誠司のお願いでグリムの食事を用意する為に離席したのだった。
「やあ、ヘザーすまないね」
「いえ、お気遣いなく。お客様の具合はいかがですか?」
ヘザーはそう言いながらテーブルの上にサンドイッチを置く。だがグリムはそちらには目もくれず、ヘザーの方をまじまじと眺めていた。
「ああ、申し訳ありません。私はヘザー。ヘザーと呼んで頂ければ」
「いや、すまない。私はグリムだ。グリムと呼んでくれ。ところでヘザー、一つ質問いいかな」
「はい、なんでしょう?」
グリムは真っ直ぐとヘザーの顔を、身体を観察し、疑問を口にした。
「キミは、人間にしては左右の均等が取れ過ぎている。まるで人形みたいに。作り物である私と一緒だ。キミは何者なんだい?」




