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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第三部 第一章
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『ようこそ』 04 —『サインイン』—






 その人影は、ゆっくり、ゆっくりと地面に向かい落ちてきていた。


 莉奈達がその場にたどり着いても、その人影はまだ地表には到達していなかった。


 だが、その人影の容姿が何となく分かるくらいには近づいていた。女性だ。


 莉奈はだいぶ近くなった人影を見上げ、誠司につぶやく。


「……誠司さん……空から女の子が……」


「……莉奈……こんな時にふざけるんじゃない……」


「いや……ふざけてる訳じゃ……」


 やがて目の前まで降りてきた人物を、誠司が受け止めた。


 その人物はセミロングの青髪の女性で、その頭には不思議な髪飾りが付いている。


 やたらと均整の取れた顔立ちをしており、ともすれば作り物ではないかと錯覚してしまう程だ。


 服装はブカブカのトレーナーを着ており、下は恐らく履いているのだろうが、トレーナーに隠れて見えない。


 そして彼女は、気を失っていた。まるで、そう、莉奈がこの世界に来た時の様に——。


「……転移者……か?」


 誠司がうめく様につぶやいた。


 莉奈はその人物の顔を、まじまじと覗き込む。


「……ねえ、誠司さん……この娘『グリム』じゃない?」


「……『グリム』?……有名人なのか?」


「……知らない? AI技術とかで、まるで本物の人間の様な外見をした、中身もAIの配信者。ちょっとした話題になってたよ。でも、実在してないはずだから、コスプレした人なのかもだけど……」


 誠司は記憶を思い起こす。


 確かに、誠司が転移して来る前の二〇二五年のあの世界では、数年間でAI技術が飛躍的に進歩したと記憶している。だが——。


「……私は知らないな」


「そういう配信とかはあまり見なかったの?」


「普段、雑学系の動画ばっかり観ていたよ」


「誠司さんらしいね」


「そうか?……とりあえず、放ってはおけまい。連れて帰ろうか」


 このまま、ここでこうしていてもらちがあかない。誠司は彼女を肩に担ごうとするが——


「ちょっと待って!」


 ——莉奈が止める。


「どうした?」


 そう問いかける誠司に答えず、莉奈は無言で彼女のトレーナーをめくって中を覗き込んだ。


「……うん、大丈夫。誠司さん、担いじゃって」


「?……ああ」


 誠司は不思議な顔をしながら、彼女を肩に担ぐ。レザリアの時にやっていた、ファイヤーマンズキャリーとかいう担ぎ方だ。


 彼女のスパッツが丸出しになる。


(……まったく、そこら辺、気にして欲しいよね)


 莉奈はため息をつきながら、誠司の後を歩き出すのだった。






 二人は馬車に向かう。わずかな間の沈黙。誠司は意を決し、平静を装って莉奈に話しかけた。


「なあ、莉奈。その……傷は大丈夫か」


「ん? 傷?……ああ——」


 莉奈は今朝のヘザーとのやり取りを思い出す。そうだ、この人は私を斬ってしまった事を気にしてるんだっけ——。


「——全然。みんなのおかげですっかり元通りだよ。もしかして、心配してくれてるの?」


「……君は……死ぬのが怖くないのか?」


「うん、怖いよ」


 莉奈は、事もなげな様子で誠司に返す。誠司は莉奈を真っ直ぐに見据えた。


「だったら——」


「でも、生きてるでしょ?」


「……致命傷だったんだぞ」


「そうみたいだね。でも、生きてる」


 莉奈は誠司を優しく見つめ返す。


「運が良かっただけだ……」


「ふふ。誠司さんを残して死ねませんって。実際、レザリアの回復魔法当てにしてたからね」


「私は……とんでもない事を……」


「ん? 誠司さんが話聞かなかったのはともかく、斬られたのは私の意志だし。でも、結局みんな無事で丸く収まったでしょ?」


 その莉奈の言葉に、誠司は顔を歪める。まるで涙をこらえるかの様に。


「結果論だ……君は、残された者の気持ちは考えてくれないのか……」


「残された者の気持ち? 誠司さん、言ったね? ついに言ったね?」


 そう言ってしたり顔をする莉奈。そんな彼女の様子に誠司は真意を測りかね、言葉を返せない。莉奈は続ける。


「誠司さん、今はそうでもないかもだけどさ、ライラの幸せのためー、とか言って死のうとしてたじゃん?」


 確かに、そうだ。莉奈の言う通りだ。それが原因で、莉奈と言い合いをした事もある。


「ああ……まあ、な。そうだな、すまない……」


 莉奈の言わんとしている事が分かった誠司は、視線を落とした。残された者の気持ち、それは自分が一番よく分かっているつもりだったのに——。


「だからさ、誰かの為に死ぬなんて考えるのよそうよ。これに懲りたら、さ。少なくとも私はあの時、命は懸けたけど生きる計算だけはしていた。だからこうして今、生きてるんだと思う。だから誠司さんもさ、誰かの為に死ぬんじゃなくて、生きて、生きて、足掻こうよ。お互いにね」


 誠司は、前向きな莉奈の言葉に頬を緩めた。生き足掻く、か——。


「ああ……ただ——」


「ん、なに?」


「……お願いだ。出来れば致命傷を受けない様に、計算をしてくれないか」


「あはは、ヘザーにも言われた……」


 莉奈は頬っぺたをかく。それもそうだ。なんだかんだ言って、莉奈も反省しているのだ。


 もし次に同じ様なことがあったら、もう少し浅く斬られなきゃなあ、と。


 ——まるで懲りていない。周りが心配するのも、当たり前である。


「あ、そうそう。それで思い出した。誠司さん、夜な夜な泣いてくれたんだって?『愛しい娘よー』って」


「……ヘザーめ……言いやがったのか……」


「ほんとなんだ?」


「……ノーコメントだ」


「ふふーん。じゃあ、仲直り。そもそも私は気にしてないし。誠司さんが相手してくれない方が、よっぽど辛いよ」


 莉奈は誠司の前に回り込んで、顔を覗き込んだ。いつの間にか誠司は、莉奈の目を見る事が出来る様になっていた。


「すまなかったな。こんな偏屈親父の相手をさせてしまって」


「いいんだよー。そんな相手がいるっていうだけで、どんなに素晴らしい事か! いやあ、それにしてもよかった。私はてっきり見られたのかと……」


 と、言いかけて莉奈は慌てて口をつぐむ。


 いけない、いけない。自分から振ってどうする。まあ、誠司さんは何のことだか分かってないみたいだし——。


「…………」


 誠司は無言で目を背ける。


「え? まさか、誠司さん……あの……まさか……だよね?」


「……さて、ヘザーをすっかり待たせてしまっているな。急ごう」


「ちょ、えっ、待って、そうなの? そういう事なの?」


「……掘り下げるな。私は何も見ていない」


「……あ、え、うん。分かった。返せ」


「何をだ」


「記憶をだよぉ!」


 誠司は駆ける。莉奈が追いかける。


 莉奈は笑顔で追いかけながら、しみじみと思う。やはりこうがいい。こうでなきゃ。


 誠司は逃げながら、しみじみと思う。莉奈が生きていてくれて、本当に良かった。




 こうしてわだかまりが解けた二人は、女性を馬車に乗せ『魔女の家』へと運び込む。



 そして誠司と莉奈が見守る中、数時間程経過し——彼女は目を覚ますのであった。






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