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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第三部 第一章
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『ようこそ』 02 —深夜、星空の下で—












 深夜、莉奈が馬車の荷台で深い眠りについている頃——。



 馬車を停めてある近くの岩に背を預け、星を眺めている誠司の元にヘザーがやって来た。


 ヘザーが本を小脇に抱えているのを見た誠司は、照明魔法を唱える。たまには外で読みたいのだろう、そう思ったからだ。


 ヘザーは誠司の隣に腰掛けた。誠司同様、岩に背を預け、彼女も星を眺める。そしてヘザーは、つぶやいた。


「星、綺麗だね、セイジ」


 そのヘザーの口調に、誠司の眉が動く。


 ヘザーは普段は意図的にあの様な、丁寧な口調の話し方をしていた。なぜなら、彼女が感じた通りに喋ると誠司が辛そうな表情をするから。


 しかし今、ヘザーは素の部分を見せている。つまり本音で話したい事があるのだろう。誠司は星を眺めながらヘザーに答える。


「どうした。何かあったのか」


「ふふ。ごめんね、セイジ。今夜だけは許してね」


 そう言ってヘザーは太ももに本を置き、脚をパタパタと動かす。


 ——まるで『エリス』だ。


 その仕草を横目で見た誠司は、一瞬、ヘザーが『エリス』を取り戻したのかと期待するが——そんな事はないのだ。あるはずがないのだ。


「……すまないな、ヘザー。別に私になんか気を遣わなくてもいいんだぞ」


「ううん。あなたの辛そうな顔を見るの、嫌だもの。たまにこうして息抜きをさせてもらえるだけで、充分だよ」


「……それだけじゃないんだろう?」


 ヘザーの脚が止まる。彼女は誠司に顔を向け、少し身を乗り出した。


「あのね。リナが気にしてたよ、あなたに避けられてるって」


「……そんなつもりは……ないんだけどな」


「ねえ、それって、リナの胸見ちゃったから?」


「ンッ!」


 誠司がむせる。そんな誠司の様子を見て、ヘザーはジト目でニヤついた。


「見たんだ?」


「くそっ、忘れてたのに。まあ……見えてしまったと言えば見えてしまったが……莉奈はそこを気にしてるのか?」


「あなたがリナの事、避けるからだよ」


「まったく……子供じゃあるまいし……」


 ブツブツとつぶやく誠司を見て、ヘザーはクスッと笑う。ヘザーの予想通り、そんな事が理由ではないのは分かった。


 だとしたら——。


「ねえ、何があったの?」


「……君は莉奈から、何も聞いてないのか? 私があの娘にしてしまった事を」


 ヘザーは頬に手を当て、考える。


「ううん。特に何も言ってなかったけど……」


「……私はあの娘を……斬ってしまったんだ……」


 ヘザーの動きが止まる。


「……どういう事?」


「不可抗力ではあった。メルコレディの話は、聞いただろう?」


「……うん、大体は」


「言う事を聞かない私の目を覚ます為、莉奈はみずから私の刃をその身に受けたんだ。致命傷だった。今生きているのが……不思議なくらい……メルコレディとレザリア君がいなければ、彼女の命は……」


 誠司はうな垂れ、自分の震える手をじっと見つめる。


 その誠司の手に、ヘザーは自分の手をそっと重ねた。その、冷たく、無機質な手を。


「落ち着いて、セイジ。そうなんだね、そんな事があったんだね。リナは何も言ってなかった。忘れてるんじゃない?」


「馬鹿な! 死ぬ所だったんだぞ!」


 思わず声を荒げてしまい、誠司は再びうな垂れる。ヘザーは誠司の肩に手を置いた。


「あの娘にとって、きっとそれは些細な事だったんだろうね。私もそうだったんでしょう?」


「……ああ。だからこそ怖いんだ。もう君の時みたいに、大切な家族を失うのは耐えられない。しかも、今回は私の手で——」


「あ、大切な家族って言った!」


 ヘザーは誠司の言葉を遮る。その言葉の続きを言わせない為に。その先を考えさせない為に。


 そして、目を細めて誠司をじっと見つめる。誠司はその視線に耐えられず、そっぽを向いてしまった。


「ああ、大切な家族だ。君も、莉奈も」


「それ、リナにも言ってあげるとすごい喜ぶと思うよ?『すまない、愛しの娘よー』とか、言ってあげれば?」


「……言えるかよ。茶化すな」


 そう言いつつも、誠司の口元は緩んでいた。ヘザーも頬を緩め、再び星を見上げながら誠司に語りかける。


「ねえ、リナといつも通りに接してあげて。あなたが悪いと思っているなら、なおさら」


「……ああ、努力するよ」


「だーめ。約束」


「まったく、厳しいな。ああ、約束する」




 二人は星を見続ける。いつの間にか照明魔法の灯りは消されていた。


「今日のセイジ、私と話しててもあまり辛くなさそうだね」


「ああ……なんでだろうな」


「これからも、この話し方でいい?」


「……あの時はすまなかった。君が望むなら」


 ヘザーは少しの間、沈黙する。


「やっぱ、やーめた」


「どうしてだい?」


「あなたが私に惚れたら困るもの。あなたが愛しているのは『エリス』。私を愛してはいけない。だって私は『ヘザー』。もし私が『エリス』に戻れる日が来ちゃったら、それはとても残酷だと思わない?」


「君は君だよ」


「ふふ。ありがと。でも、もし私が『エリス』に戻れても、『ヘザー』の記憶が残るとは限らないじゃない。あなた、また愛する人を失っちゃうかもよ?」


「……そんな方法、あるのかね」


「さあねー。よっと!」


 ヘザーは勢いよく立ち上がり、お尻の土を払いながら誠司に語りかける。


「では、私は馬車に戻りますね。リナには『胸を見てしまったからドキドキして顔を見れなくなった』と言っておきますので」


「おい……」


「冗談ですよ。夜は冷えます。セイジも風邪を引かないよう、気をつけて下さいね」


 すっかりいつもの調子に戻ってしまったヘザーに、誠司は苦笑いをする。


 だが、ヘザーと話したおかげで気持ちが安らいだ。明日は莉奈に普通に接しよう——誠司はそう思いながら、馬車へと向かうヘザーの背中を見送った。





(セイジ、ごめんね。愛する事を恐れているのは私。だって、私の魂は『エリス』だから……距離が縮まれば、きっとあなたを愛してしまう。私の方こそ、あなたを好きになるのが怖いんだよ?)


 ヘザーはそう心でつぶやきながら、誠司に見られぬようペロリと舌を出すのであった。





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