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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第一部 第二章
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四年後の莉奈 03 —来訪者—




 莉奈は、落ち着きなく部屋の中をグルグル回っていた。


 先程誠司から入った通信魔法によれば『問題ない。今から連れて戻る』とのことだったが——。


 莉奈から状況を聞き、部屋の中で待機しているヘザーが声を掛ける。



「落ち着いて下さい、リナ。セイジは問題ないと言っていたのでしょう?」


「でもでもでも! 連れて戻るって! こんな夜に来訪者なんて初めてなんだよね?」


「ええ。少なくとも私の知る限りでは」


「変な人だったらどうしよう……」


 四年の付き合いで、誠司にはお人好しでどこか抜けている部分があるのを知っていた。


 もし誠司が悪い人に騙されていて、家の中に連れ込んでしまったら——莉奈はブツブツつぶやきながら部屋の扉に向かって木刀を身構えた。


「——リナ」


 ヘザーが声を掛けると莉奈はハッと我にかえり、木刀を置き、力なく椅子に腰掛けた。


「リナ、不安なのはわかりますが今は待ちましょう。もう間も無く帰ってくるでしょうから――」


 ヘザーが言い終わるその時、見計らったかの様に玄関の開く音が聞こえてきた。


「——帰って来たようですね」


 莉奈は耳を澄ます。会話は聞こえてこない、というより足音が一つしか聞こえてこない。


 そしてその足音は、誠司の歩き方のように聞こえる。


 どういう事だ、と思う間も無く部屋の扉が開き誠司が入ってきた。


 そして——その肩には意識を失っているであろう女性の姿が見て取れた。



「ただいま」と言い、誠司は肩に担いでいた女性をベッドに下ろし横に寝かせる。


「誠司さん、この人は?」


「ああ、多分近くに住むエルフの女性だろう」


 エルフ、と聞き莉奈は目を見張った。


 寝かせられている女性は金髪で耳が長く——ライラの耳より細長い様に見える——そして、草色を基調とした衣服に身を包んでいた。


 まさに物語でよく見たエルフそのものだった。


「わあ……本当にエルフだあ」


 莉奈は改めて自分は異世界にいるんだな、と感嘆の声を上げる。


 あの時、妖精の道を見た時以来の感動だ。妖精はもう鳩みたいに見慣れてしまったけれど。


 昔を思い出している内に、莉奈は一つの疑問が浮かんだ。


「ねえ、誠司さん」


「ん、何だ?」


些細ささいな事なんだけどさ。私が異世界に来た時もこの人みたいに、荷物の様な運び方をされたのかな?」


「ああ、あれはファイヤーマンズキャリーという運び方でな。是非、覚えておいた方がいい。今度やり方を——」


「え。お姫様抱っこがよかった……」


 男性が女性を運ぶ時はお姫様抱っこと相場が決まっている、と思い込んでいた莉奈と、効率的な運び方を得意げに教えようとしていた誠司が二人してうな垂れる。


 ヘザーはそんな二人を見てため息をつき、本を開いた。



「——ところで誠司さん、この人どうしたの?」


 莉奈は気を取り直し、エルフの方を見て誠司に尋ねる。


「うーん、それはだな——」


 そう誠司が言いづらそうに頬を掻いた所で、ベッドに寝かせられている女性から「うん……」という声が漏れた。


 莉奈がじっと見てると彼女は程なくして目を開き、頭に手を当てて上体を起こす。


「ここは……」


 そう言いながら彼女は辺りを見渡す。莉奈、ヘザーとぼんやりと視線を移していき、最後に誠司の姿を確認した所で目を見開いた。


「わ、セイジ様、お久しぶりです! 私です、レザリアです!」


 彼女は慌てて立ち上がり、誠司に向かって深く頭を下げる。


(……ちょっと待って、さっき誠司さんは『覚えのない『魂』』って言ってたよね?)


 不思議に思い莉奈と、そしてヘザーも誠司の方に顔を向ける。誠司はあごに手を当てて考え込んでいた。


「レザリア、レザリア……君は『月の集落』のエルフ……で間違いない、んだよね?」


「お……覚えて……いらっしゃら……ない……」


 レザリアと名乗った彼女は大げさによろめき、よよとベッドに崩れ落ちた。さすがの誠司もこれには慌てる。


「待ってくれ、今思い出す、思い出すから!」


 莉奈とヘザーの冷たい視線を受けながら、誠司はうんうんと唸り出した。


 だがレザリアは次の瞬間にはガバッと飛び起き、誠司を見据える。


「いえ、エルフにとってはつい最近の事でもセイジ様にとっては昔の話、覚えていないのも無理はないのでしょう。ですが我々『月の集落』のエルフ一同、あの日の感謝を忘れたことはありません!」


 胸に手を当て力説するレザリアに誠司は「お、おう……」とたじろいでいる。


「まあ、私はセイジ様を遠くから眺めていただけですが」


 そのレザリアの言葉に誠司はガクッと崩れ落ちた。


 莉奈は、エルフとは高潔で純朴なイメージを持っていた。いや、それは間違ってはいないのだろうが——想像の斜め上を行っている。


「な、なるほど。それでレザリア君はどうしてここに来たんだい」


「そうでした! でも、その前にお礼を言わせて下さい!」


 眼鏡を掛け直し、何とか平静を装い尋ねる誠司に、レザリアは目を輝かせ指を組み誠司に迫る。


「先程は暴漢から助けて頂きありがとうございましたっ!」


「え!? レザリアさん襲われてたの!?」


 驚いて聞き返してしまったのは莉奈だ。


 誠司のことを知っていたであろうレザリアがこの家に向かっていたのはわかるが、そんな暴漢と称されるやからまでがこの家に近づいていたのなら話は別だ。


 警戒レベルを引き上げなければならない。


「はい。私達エルフは夜目がききます。なので灯りを点けずにこちらに向かっていたのですが……その闇夜の中、ソイツは突然背後に現れ私の首元に刃を当て……」


 そこでレザリアはブルっと身体を震わせる。


「油断してました。あの暗さで私達エルフの背後をとるなんて相当の手練れに違いありません。私はそのまま気を失ってしまいましたが……今私がここに居るという事は、セイジ様が助けて下さったのですよね!?」


 おや?と思い、莉奈とヘザーは誠司の方を再び見る。誠司は露骨に目を逸らした。


 その態度から、果たして何が起こったのか想像するのは容易たやすかった。


「いや、そのなんだ、気にするな。うん、本当に気にするな」


 再び莉奈達の冷ややかな視線を浴びながら、誠司はしどろもどろで答える。


 レザリアはその様子を不思議に思いつつも本題に入った。


「ありがとうございます。このお礼は必ず。それでここに来た目的ですが——」


 レザリアは姿勢を正し誠司に頭を下げる。


「——『西の魔女』エリス様、そしてその伴侶はんりょであらせられるセイジ様にお願い事があって参りました」




 西の魔女エリス——莉奈はこの家が『魔女の家』と呼ばれているということは、ノクスから聞いていた。


 その魔女とは恐らく誠司の妻、写真立ての中の誠司と共に写っている女性のことだろうと察しがつく。


 だが莉奈がその話題に触れかけると、誠司もノクスも決まって寂しそうな顔をするのだった。そんな顔を見たくなくて、莉奈はその話題を口にする事はなくなっていた。


 ——そして今もまた、誠司は寂しそうな顔をしていた。



「——すまないな、レザリア君。エリスはもう、いないんだ」


 誠司は逡巡しゅんじゅんしながらも、やがて口を開いた。その言葉を聞いたレザリアに動揺が走る。


「え? いないって、どういうことですか……まさか……」


「ああ、先の一連の『厄災』との戦いでな。そこまで話は伝わってなかったか」


 寂しそうに話す誠司を見て、レザリアの顔が青ざめる。『厄災』との戦い。エリスはもういない。彼女に何があったのか、レザリアは察してしまったのだ。


「私達の耳に伝わってきたのは『救国の英雄』の話で、エリス様とセイジ様の尽力じんりょくにより『厄災』を退しりぞけられたと……お二人のお力により世界は救われたと……」


「いや、私は何もしていない、出来なかった。全てエリスのおかげだ。私だけおめおめと生き延びてしまったよ」


 自嘲気味に話す誠司の言葉を聞き、レザリアは絶句し、力なくベッドに座り込んでしまった。


 レザリアにとってエリスは、まさに憧憬しょうけいの存在だったのだ――その人はもういない。鼻をすする音が静かに響く。


 やがてレザリアは、ポツリポツリと言葉を紡いだ。


「信じられません、あのエリス様が……ごめんなさい、私、何も知らなくて……」


「広める話でもないからな。君達が知らないのも無理はないし、私も折り合いはついている。気にしないでくれ。それでだ、お願いがあって来たんだろう、何かあったのかい?」


 誠司は腰を下ろし、瞳をうるませているレザリアに目線を合わせ優しく問いかけた。しかし、レザリアは言いよどむ。


「でも……あれはエリス様のご厚意だったので……その様な事があったのでしたらセイジ様にご迷惑をお掛けする訳には……」


 その言葉を聞き、誠司は何か思い当たったように手を打った。


「ああ、そうか、思い出してきたぞ。確かあの時エリスは君達に『何か困ったことがあったら私とセイジの家を訪ねなさい』と言っていたね。それで君は来たのだろう? だったらエリスの意志は私の意志だ、何でも話してみなさい。それと——」


 誠司は立ち上がり、レザリアを椅子の方にうながしながら続ける。


「——そういえばあの時、私達の事をいつも離れた所から見ていたエルフがいたね。あれが君だったか」


 誠司の言葉に、レザリアは涙をぬぐい、笑顔を作り立ち上がった。


 まだ若干(にじ)んだ瞳で、少し、まだほんのちょっと震える声で元気よく挨拶する。


「そうです! それが私、レザリア。レザリア=エルシュラントです。以後、お見知りおきを!」






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