莉奈と誠司 04 —対話①—
「……なんで……どうして、莉奈……」
誠司が愕然とする。その肩口に食い込んだ剣からは、鮮血がドクドクと滴り落ちていた。
「リナちゃん!」
メルコレディが莉奈を支える。
その呼掛けに応え、痛みに耐えながらもメルコレディを見る莉奈の顔は、穏やかだった。
「メル……聞いたよね。人を殺した人は、殺してもいいんだって。これでメルも、思う存分戦えるね」
「いやっ! いやっ……!」
メルコレディが泣き叫ぶ。
「誠司さん……おめでとう。これで憎しみの連鎖の完成だよ」
「私は……そんな……つもりじゃ……」
誠司が膝から崩れ落ちる。
「リナちゃん! 喋らないで……じっとしててね!」
メルコレディは莉奈を座らせ、莉奈の傷口を丁寧になぞる。その傷口は優しく凍りつき、莉奈の出血を止めた。
誠司はその様子を、ショックのあまりただ茫然と眺めているだけだった。
「——リナ! リナぁ!」
泣きながら声を上げ、レザリアが駆け寄って来る姿が見える。
やっと来た。薄れゆく意識をなんとか繋ぎ止め、その姿を見た莉奈は安堵する。
——まったく。レザリアがいなきゃ、こんな無茶出来ないっていうの。
†
レザリアの回復魔法により治療を終えた莉奈。
結構な血を失ってふらつくが、無事である。メルコレディの止血がなかったら、危なかったかもしれないが。
遅れてやってきたビオラも合流し、五人は砂浜に円を描いて座った。
皆が座ったのを確認して、未だに元気なくうな垂れている誠司が呟く。
「莉奈、すまなかった……そんなつもりは、なかったんだ……」
「ううん、いいのいいの。これで落ち着いて話し合えれば」
莉奈は誠司の様子を見て、わずかな罪悪感を覚える。
レザリアの回復魔法を当てにしていなければ、あんな無茶はしなかった。
小太刀の力の抜き具合は正直、勘だったが——弱らせていた誠司なら、致命傷にはならないだろうとの判断だった。それでも完全に賭けではあったが。
そして莉奈は、最後のカードを切る。
「でもね、誠司さん。これだけは知っておいて欲しいの」
「……何だ」
「メルはね、溺れたライラを助けてくれたんだよ。泳げないライラをね。彼女はライラの命の恩人なんだよ」
「……そ……そうなのか?」
「うん、誠司さんの憎む『厄災』の力でね。メルがいなければ、ライラも……入れ替わりで現れた誠司さんもどうなっていたか分かんない」
再び深くうな垂れる誠司。
この事は、最初に言っても効果は薄かったであろう。
ただ、一連の流れを見てメルコレディの人となりを分かってしまった今の誠司には、深く突き刺さったはずだ。
「それにね、見て分かったと思うけど、今のメルは『厄災』の力を最後まで守る事にしか使わなかった。そこは分かってあげて」
「しかし……なら、この寒さはなんだ。今も使ってるじゃないか。正直、手足が動かなくて困るんだが」
誠司は疑問の声を上げる。
戦いの中では動き回っていたから気付くのが遅れてしまった。それに気付いた時は、メルコレディの力だと思っていた。
この真冬以上の寒さは『厄災』の力でなければ、一体なんだというんだ。
「あ、ごめん。ビオラ、お願い」
「はい、お姉様。——『全ての魔法を解除』」
ビオラは莉奈に促され、自身が唱えた魔法の解除をする。その途端に辺りは暖かい風に包まれた。
「これは……」
「うん、メルは『厄災』の力を守る為に使うって言っていたからね。私としても使わせたくなかったし。だからビオラにお願いした。『凍てつく氷の魔法』を最低出力で、なるべく気付かれない様に掛け続けてねって」
何故その様な事を——と考え、誠司は一つの結論に辿り着く。
「私を……弱らせるためか?」
「うん、そだよ。じゃなきゃ、私と誠司さんが互角の戦い出来る訳ないじゃない」
確かに違和感は拭えなかった。莉奈の動きがやけに良いと思っていたが、実際は逆だったという訳だ。誠司が弱らされていた。
「あんな寒さの中、全力で動き続けてたら体力消耗するって。誠司さんいい歳だし。それに誠司さん、昨日晩御飯食べなかったもんねー」
その言葉を聞き、ビオラが赤面する。
確かに昨晩、誠司は食事をとらずに眠りについた。この二十四時間で口にしたものといえば、お茶菓子を少々といったところか。寒さも相まって、莉奈の目論見通り体力の消耗は激しかった。
しかし誠司には一つ、腑に落ちない事がある。
「それなら歳や食事は別にしても、君達は私よりも薄着だろう。寒そうにしている様には見えなかったが……」
誠司のその質問を受け、待ってましたと言わんばかりに莉奈はしたり顔をする。
「若さ、と言いたい所だけどよく考えて、誠司さん。今はまだ五月だよ? 海だよ? 水着だよ?」
「——そうか、『防寒魔法』か。確か君は使えたんだったな」
「うん、ご名答。当たり前っちゃ当たり前だよね」
そう、海竜との戦いの時もこの魔法が皆にかかっていたからこそ、魔法によって凍りついた周囲の影響を気にせずに戦えていたのだ。若さではどうにもならない分野である。
こうして種明かしを聞いた誠司は、本題に入る。莉奈の元気そうな姿を見て、少しはショックも薄らいではきていた。
誠司は顔を上げ、メルコレディに向き合った。
「メルコレディ」
「……なあに?」
突然名指しされ、メルコレディは緊張する。
「莉奈が言っていた、『厄災』は作られたという話は本当か?」
「……うん。わたし達三人——わたしとルネディとマルティは、実験施設の子なの。魔力の高かったわたし達は『厄災』の実験台にされて、気付いたら理性を奪われていた。なんの言い訳にもならないけど……」
誠司が唸る。莉奈はある事が気になり、メルコレディに尋ねた。
「ねえ、メル。シャーロンっていう名前はもしかして……」
「うん。わたしがただの魔族だった時の名前」
「……そっか。じゃあ、シャーロンって呼んだ方がいい?」
「ううん。ルネディやマルティは施設に入れられてからの記憶しかなくて、名前がないの。施設に入ってからは番号で呼ばれていたから。だからわたしもメルでいい」
やはり優しい娘なのだ。『厄災』の力を使いたくない彼女にとって、その名前は心に巻きつく鎖であろうに。
「なるほど。それでは他の四人は?」
「四人? 三人じゃなくて?」
誠司の質問に、メルコレディは首を傾げる。その言葉に誠司は怪訝な顔をした。
「いや、四人だ。ジョヴェディ、ヴェネルディ、サーバト、ドメーニカ……」
その列挙されていく名前を聞いて、メルコレディは「ああ」と声を上げた。
「とりあえず他の三人は、自分から望んで『厄災』になった人達って聞いた。わたし達の実験が上手くいったからね。後の一人は——」
誠司は黙ってメルコレディの言葉を待つ。
「——ドメーニカはわたし達『厄災』の母。彼女の因子からわたし達は作られたの」




