莉奈と誠司 03 —莉奈と誠司—
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戦いは熾烈を極めていた。
素早く剣撃を繰り出す誠司。その全てを避けようとするメルコレディ。
今の所すぐに修復出来る傷しか受けていないが、時たま来る莉奈の援護がなければ彼女はすでに深手を負っていた事だろう。
幾度目になるかも分からない氷を使った後方退避に、誠司は辟易する。
「——おい、何故攻撃して来ない」
「セイジちゃん、わたしはお話したいだけなの」
——止めろ。
「だから攻撃しないと?」
「……うん」
——止めてくれ。
「莉奈達をたぶらかしておいて、よく言えるな」
「……!……わたしは……そんな……」
——頼むから、『厄災』は悪であってくれ——。
「なら、貴様が生き返った理由を教えて貰おうか」
「……それは……分からないの……」
「そうか。なら話は終わりだ」
再びメルコレディに駆け出そうとする誠司。しかしその時、上から『魂』が迫ってくる。
「ふざけんなあっ!」
上空からの重力を乗せた莉奈の一撃。だがその攻撃を、誠司は軽く後方に下がって躱す。地面に着地した莉奈は誠司を睨んだ。
「だーれが、たぶらかされているですって!? これは私の意志! 誠司さんこそ……」
莉奈が言い終わる前に、誠司は横薙ぎを放つ。慌てて飛び退く莉奈。
「ちょっと、最後まで話——」
「うるさい」
そう冷たく言い放った誠司は、莉奈を避けメルコレディの元へ駆け出そうと——
——トスッ、トスットスッ
誠司の足元に矢が突き刺さる。遠方に、魔法により治療を終えたレザリアが弓を構え誠司を見据えていた。
「……まったく、どいつもこいつも」
悪態をつく誠司の前に、莉奈が立ちはだかる。
「分かった? メルを斬るっていうんなら、まず私達を倒しなさい」
「リナちゃん!」
メルコレディが心配して叫ぶ。そんな彼女に、莉奈は振り向かずに答えた。
「メル。手出ししないでね。今この人、大人しくさせるから——」
「どの口が言う」
誠司は言葉を吐き捨て、莉奈に斬りかかった——。
莉奈は空中を飛び、付かず離れず四方八方から誠司を斬る。
誠司は莉奈の『魂』を見て、躱していく。
互いに斬り結ぶ、斬り結ぶ、斬り結ぶ——今日の莉奈の動きは、素晴らしい。
——強くなったな。
誠司は莉奈と刃を交えながら、そんな事を考えてしまう。本当に強くなった。誠司の胸に、莉奈との様々な思い出が去来する。
——『君は思ったより筋がいいね。空を飛ぶんだったら、小回りのきく小太刀の方がいいかもしれないな』
——『本当ですか!? ありがとうございます!』
——『誠司さん、聞いて! 今日、初めてライラに攻撃が当たったの!』
——『ほう、それはすごいな。ノクスから聞いてるが、相当すばしっこいんだろう?』
——『あー、参った! 今日も誠司さんに一本も入れられなかったや』
——『はは、まだまだ負けんよ。まあ、数年後にはどうなるか分からんがね』
莉奈には莉奈の人生を歩んで欲しい。それが彼女の選んだ道ならば。例えそれが、敵対する道だとしても。
ふと、ライラの顔が思い浮かぶ。もし莉奈が家を出て行ってしまったら、ライラは悲しむだろうか——。
だが、今この瞬間だけは何もかもがどうでもよくなっていく。
自分の教えた娘が、全力を尽くして戦ってくれているのだ。
雑念が消えていく。
冷たい風が心地いい。
白い息が輝く。
誠司は莉奈の小太刀を弾き、彼女に吠えた。
「どうした、莉奈! こんなもんか! 全てを見せてみろ!!」
周りは息を飲んで見守っていた。二人の戦いを。
凄まじい——その一言につきる。
技量では圧倒的に誠司の方が上であろう。だが、自在に空を飛べるという一点をフル活用し、莉奈はあの誠司と互角に打ち合っている。
剣撃が鳴り響く。二人の荒い息遣いまで聞こえてくる様だ。二人は打ち合う。いつまでも、いつまでも——。
どれほど打ち合ったであろうか。転機は突然やって来た。
誠司の剣が、ついに莉奈を捉える。
莉奈は下がって躱そうとするが、その肩口に向かって振り下ろされた剣は莉奈の皮膚を斬り裂き——事もあろうに、莉奈の水着の紐までも斬り裂いた。めくれていく水着。反射で顔を背けてしまう誠司。
莉奈がこの機会を逃すはずがなかった。
「えっち」
そう言って莉奈は空中で回転し、誠司の側頭部に蹴りを入れる。さすがの誠司も、その威力に砂浜へと転がってしまう。
莉奈は背負っている小太刀の鞘の紐をずらして水着を押さえながら、その結果に呆然とする。
「……初めて……誠司さんに入った」
こんな形ではあるが、異世界に来て四年、初めて誠司に一撃入れられたのである。
誠司が呻きながら立ち上がった。
「くそっ、認めんぞ……」
「……ああ……全てを見せろって、そういう……」
「違う!」
いつもの調子でからかおうとする莉奈を、誠司は怒鳴りつけた。そして立ち上がり、メルコレディに向け駆けていく。
あわよくば、毒気が抜けるかもと思っての発言だったのだが——藪蛇だった。
「待て! 逃げるな!」
莉奈は後を追う。
「茶番は終わりだ!」
誠司が叫ぶ。
そしてメルコレディに振り下ろされる刃——それを間一髪、全速で飛来した莉奈の小太刀が受け止めた。
小気味よく響く剣撃音。莉奈はその体勢で誠司に問う。
「教えて! なんで『厄災』を目の敵にするの!」
「当たり前だろう! こいつのせいで多くの人が苦しめられ、殺されたんだ!」
メルコレディはうつむく。しかし、莉奈は対話を続ける。
「それだけなの!?」
「『厄災』は……エリスの仇だ!」
「本当に、それだけ!?」
「……『厄災』を滅ぼすのは……エリスの遺志だ!」
「じゃあ、何で……何でエリスさんは『厄災』を滅ぼしたかったの!」
「同じ事を何度も言わせるな! こいつが……多くの人を苦しめたからだ!」
誠司の剣が莉奈を押す。
その剣を莉奈が押し返す。
「敵を見失わないで、誠司さん!」
「……何?」
「聞くけどさ! じゃあ『厄災』を作った人は、敵じゃないの? その力を利用した人は、敵じゃないの!? 今の生き返った彼女を見て、本当に敵だと思ってるの!?」
「……何を言ってる……君は、何を……」
「『厄災』は自然に生まれたんじゃないって言ってるの! 誰かに作られて、理性を奪われて利用されてたのっ!」
莉奈は力強く誠司の剣を押し返す。
「何で……そんな……利用……作られた……だと」
「メルはそいつらの、被害者なんだっ!!」
「だからと言って……」
「誠司さんが『厄災』を憎む気持ちは分かる! でも、今私の後ろにいる娘は『厄災』メルコレディじゃない。仲間思いの優しい『メル』なんだよ!」
「……」
誠司の視界に、『厄災』メルコレディが映る。その彼女の顔が見えてしまった。誠司は堪らず、彼女から目を逸らす。
やめろ、何故、涙を流している。やめてくれ。頼むから、お前はただの『厄災』であってくれ——。
「答えて! 誠司さんの目には『メル』はどう映っている!?」
「私は……私は……」
莉奈は誠司の答えを待つ。その答え次第では——。
「彼女は……過去に人々を殺したんだ。だから……私の手で殺す」
「……そう」
誠司の答えを聞いた莉奈は短く返事を返し、その刀を受け止めている小太刀の力を急激に抜いた。
誠司は慌ててその手を止めようとしたが、遅かった。
——刀から、鮮血が流れ、滴り落ちる。
その誠司の刃は、莉奈の肩口に深々と食い込んでいたのだから——。




