莉奈と誠司 02 —開戦—
「——正気か? 莉奈」
「当たり前じゃん。冗談でこんな事出来る訳ないでしょ?」
例え莉奈がどれだけの言葉を尽くしたとしても、誠司には届かないだろう。
当事者である誠司に対して当事者ではない莉奈が何か言った所で、それはただの綺麗事だ。
『厄災』を憎む誠司の気持ちは分かる。分かっているつもりではある。しかしそれも、莉奈の想像の範疇でしかない。
逆に、今の『シャーロン』しか見ていない、そしてルネディの人柄を知ってしまっている莉奈の気持ちも、誠司には到底理解出来ないだろう。
もうこの状況において、互いに分かり合う事など無理なのだ。こうなったら互いの正義を振りかざすしかない。
その様に睨み合う二人を見て、レザリアとビオラは頷き合い、動き出した。
「——くそっ、なんなんだ、君達まで……」
誠司が呻く。
レザリアとビオラは、莉奈とメルコレディの元に歩き、そして振り向いた。
レザリアが弓を構え、宣言する。
「申し訳ありません、セイジ様。リナは私が守ると決めておりますので」
ビオラが魔力回復薬を飲み干し、宣言する。
「仲間を見捨てる様な人間にはなるな、ってお婆様が言ってたわ」
「二人とも……」
莉奈の言葉に、二人は目配せをして頷く。
「……あの人本気だから、死ぬかもよ?」
莉奈の言葉に、二人は目を逸らし冷や汗を流す。
莉奈はため息をついて、メルコレディに笑いかけた。
「ねえ、メル。正直私達だけじゃ、大して時間稼ぎにならないと思う。けど頑張るから、その内に出来るだけ遠くに逃げて」
だが——その莉奈の提案に、メルコレディは首を横に振った。
「リナちゃん。セイジちゃんの娘なの?」
先程の『クソ親父』発言の事だろう。莉奈は苦笑する。
「うん。そうでありたいと思っている」
「じゃあ、もしここでわたしが逃げきれたとして、セイジちゃんとリナちゃんはどうなっちゃうの?」
「それは……」
莉奈は言葉に窮する。
下手をすれば勘当ものだ。この世界で築いてきた関係を、全て失ってしまうかもしれない。
「なら、わたしだけ逃げる訳にはいかないよ。話し合わなきゃ。ごめんね。わたしなんかの為に、ごめんね」
メルコレディは誠司を見る。誠司の殺気は、先程からずっと彼女を刺していた。
「メル……」
「大丈夫。わたし、みんなを守る為なら『厄災』の力を使うよ。セイジちゃんは傷つけないから、安心して」
誠司は睨む、メルコレディを。
何やら聞かれない様に対話をしている様だが、迂闊には動けない。
こちらからしてみれば、人質を取られている様なものだ。だから、迂闊には動けない。
そうだ、動けないのは、きっとそのせいだ。そうに違いない。
誠司は自身の奥底に芽生えた感情から目を逸らし、言い訳を重ねる。
それを認めてしまったら、誠司は自分自身を否定してしまう事になってしまうから。
誠司は冷たく言い放つ。
「話は終わったか? なら、大人しく殺されろ」
「来るよ!」
誠司が一瞬で間合いを詰めてくる。最初のターゲットは——レザリアだ。
「ひっ!」
突然の事に矢を急いでつがえようとするレザリアだが、誠司の速さには当然間に合わない。
レザリアは観念して、腕で顔を覆うが——突然、彼女の前に氷の壁が現れた。
「チッ!」
誠司は舌打ちをし、壁を蹴ってその勢いで莉奈に突っ込む。振り下ろされる剣を、莉奈は小太刀で受け流し空に退避した。
「ちょっと! 危ないでしょうがっ!」
「分かったか? 遊びじゃない事が」
着地した誠司は身を翻し、メルコレディへと駆ける。
その背後から性懲りも無く飛来する『魂』。誠司は屈み、莉奈の小太刀を躱す。
何を気遣かっているのか峰の部分で打っている様だが、はっきりいって甘すぎる。誠司は振り向く事なく、クナイを投擲した。
「……ぐっ!」
「レザリア!」
そのクナイは、背後から誠司を狙っていたレザリアの肩口に深々と突き刺さっていた。
容赦がない。もしそこに手心があるのだとすれば、彼女の命までは狙わなかった事であろう。
「君の狙撃能力は脅威だからね、先に潰させてもらうよ」
肩を押さえ、うずくまるレザリア。
莉奈の頭が熱くなる。メルコレディはレザリアを守りきれなかった事に愕然とする。そして、そんな中でビオラは——動けないでいた。
(どうしよう……何かアタシに出来ることは……)
メルコレディに斬り掛かる誠司を見ながら、ビオラは途方に暮れていた。
莉奈やシャーロンのために勇んで飛び出してはみたものの、何も自分に出来る事がない事に気づく。
空を飛ぶ事に関しては莉奈の方が上手だ。
『凍てつく時の結界魔法』は、一人で唱えても意味がない。
後は、先程活躍した『凍てつく氷の魔法』だが——ビオラは先刻の『シャーロン』とのやり取りを思い出す。
『——ビオラちゃん、降りてきて。手伝って欲しい事があるの』
あれは逃げ出す海竜に向かって、一か八か追撃の魔法を唱えようとしている時だった。シャーロンから通信が入る。
ビオラは急ぎ、シャーロンの元へと向かった。
「なあに? ボヤボヤしてると、逃げられてしまうわ」
とはいっても、四発の『凍てつく氷の魔法』で動きを止めたのにも関わらず、海竜は怒りで動き出してしまったのだ。
今動きが鈍いのはレザリアが逆鱗を穿ったお陰であり、ビオラの魔法はきっと効果を失ってしまったのであろう。
今から一発撃った所で——というのがビオラの分析であった。そしてその分析は、概ね当たっている。
怒りにより急激に体温の上昇している海竜には、もはや一発当てたぐらいではちょっとした足止めぐらいにしかならないだろう。
「うんとね、ビオラちゃん。今からわたしがやる事、ビオラちゃんがやった事にして欲しいの」
「え? 何言って……」
「お願い」
真っ直ぐにビオラの瞳を見つめるシャーロン。その真剣な眼差しに、ビオラは頷く。
「……分かったわ。何か考えがあるのね」
「……うん。ありがとう、ビオラちゃん」
そう言ってシャーロンは、莉奈達と海竜を結ぶ位置に移動をする。
そして両手を前に上げ——次の瞬間、海竜を巻き込んで、海に氷の道を作った。
信じられない。氷の最上級魔法『凍てつく氷の魔法』の、更に最上級の熟練者に匹敵するレベル。
驚いて絶句するビオラに、シャーロンは申し訳なさそうに話しかけた。
「ごめんね、この力、あまり使いたくなかったの。だから、ビオラちゃん——」
「——お姉様、道を繋げたわ! これで何とかならないかしら!?——お姉様……!!」
ビオラは手早く通信を終え、シャーロンを見る。
「これでいい? シャーロン」
「うん、ありが……」
その返事を聞くや否や、ビオラはシャーロンに抱きついた。
「すごい、すごいわ、シャーロン! ステキな力だわ! お姉様が、勝利確定って言ってた!」
シャーロンを解放したビオラは今度は彼女の手を取り、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。そんなビオラの反応に、シャーロンは戸惑った。
「え、えっと……ありがと」
「でも、なんで隠すの? こんな素晴らしい力、アタシだったら自慢しちゃうのに」
「うん……この力は……」
その時だった。莉奈と誠司が駆けて来たのは——。
そう、だからビオラの『凍てつく氷の魔法』は、所詮はメルコレディの力の劣化版である——少なくとも、今の彼女の実力では。
何より、魔力回復薬のストックも尽きてきている。
それら様々な要因を見透かされているのだろう。ビオラは誠司の脅威にはなり得ないと判断されている。
はなからビオラは、彼の相手として認識されていないのだ。
ビオラは無力な自分が嫌になり、肩を落とす。
その時、莉奈から通信が入った。
『——小声で失礼。ビオラ、大丈夫?』
「——お姉様……」
見ると誠司とメルコレディが戦っている中、誠司を牽制しながら離れた隙に通信している莉奈の姿があった。
「——お姉様……アタシ、何も出来ない。アタシはどうすれば……」
ビオラは弱音を吐く、自分が師匠と認めた人物に。叱られるのを覚悟で——。
だが、そんなビオラに莉奈は優しく語りかけた。
『——ビオラ、今の内に種をまいておきたいの。この場面で、あなたにしか出来ない事だよ』




