莉奈と誠司 01 —莉奈の決断—
『厄災』メルコレディ。かつてこの南の地に現れた『厄災』。
彼女の能力の一つは、寒冷化。彼女が居座っていた期間、この地は雪に覆われていた。
短期間なら大して問題ではない。だが、その地に住まう者にとって、ルネディの影の能力よりも厄介な能力。
そのメルコレディは、当時のエリス、誠司、ナーディアの手によって滅ぼされた。
しかし今、その彼女が目前にいる。ルネディに続きこいつもか——誠司は歯噛みをする。
「……あなた、もしかして……セイジちゃん?」
メルコレディは震える声で誠司に尋ねた。
またか、こいつもか。こいつも対話しようとするのか——誠司は苛立ちを隠さずにメルコレディに答える。
「私の名前を呼ぶな、気持ち悪い」
「……うん、ごめんなさい」
——何故だ、何故謝る。やめろ。
「謝るぐらいなら、大人しく斬られろ」
「……それは……」
二人のやり取りに、周りは口を挟めない。先程まで一緒に食事をし、海竜と戦った仲間が『厄災』だったなんて——。
口ごもる『厄災』に、誠司は舌打ちをする。周囲の複雑な感情を置き去りに、誠司はメルコレディへと向かい駆けだした。
「誠司さんっ! 待って!」
莉奈が叫ぶ。だがそんな彼女の声も無視し、誠司はメルコレディに斬りかかった。
メルコレディは誠司の剣撃を避けながら彼に懇願する。
「……おねがい、話を!」
「貴様と話す事など、無い」
誠司はその声すら切り捨て、次々と鋭い剣撃を繰り出す。
誠司の攻撃は、ルネディとの戦いの時よりも冴えていた。自分の無力さを呪った彼は、あの日以来勘を取り戻す為に自分を追い込んでいたのだ。
縦に斬る、横に斬る、袈裟に斬る——だが、当たらない。
彼女はルネディ以上の凄まじい身体能力で、なんとかその刃を回避していた。
「私達は……どうすればいいんでしょう……」
レザリアが呻く。
「あれが……あの娘が『厄災』……」
ビオラが悲嘆する。
「……」
莉奈は無言で戦いを見つめる。
誠司は的確に刀を振り続ける。
そして、その刃がついにメルコレディを捉えた。脇腹を斬り裂く一撃。吹き出すドス黒い血。瞬時に塞がる傷。『厄災』である紛れもない証拠。
その状況を見守る三人は、事実を突き付けられ絶望をする。心のどこかでは、何かの間違いであって欲しかったと願っていたのに——。
やがてメルコレディは隙を見て自身の背後に氷の道を作り、その道をまるで滑るかの様に誠司と距離をとった。
「おい、舐めているのか?」
「……そんな……わたしは……」
「何故、『厄災』の力を持っているのに使わない?」
その誠司の問いに、口を結ぶメルコレディ。その様子が更に誠司を苛立たせた。
「言いたくないなら結構。そのまま消滅しろ」
その時だ。誠司の背後から、『魂』が近づいてきた。
「待てって言ってんでしょ、誠司さん!」
見かねた莉奈が背後から誠司に飛び蹴りを喰らわそうとする。しかし誠司は、なんなくその攻撃を躱した。
「莉奈、遊びじゃないんだ。離れていなさい」
「聞いて、誠司さん!」
「離れてろっ!」
莉奈には目もくれずメルコレディを睨み続ける誠司が、周囲を威圧する。その圧に莉奈は一瞬怯んでしまったが、すぐに気を持ち直した。
私が何とかしなきゃいけないんだ——。
なぜなら、もう、莉奈は『厄災』ルネディという存在を、彼女の顔を知ってしまっているから。
莉奈は大きく息を吸い込んだ。
「——待てって言ってんでしょうが、このクソ親父っ! 耳、遠くなっちゃったの!?」
莉奈が大声で叫ぶ。
その暴言に誠司はおろか、レザリアやビオラ、メルコレディさえも固まってしまった。さすがの誠司も、莉奈の事を横目で睨む。
「何だ、言ってみなさい」
勢いで止めてはみたものの、莉奈は言葉に窮する。
恐らく、シャーロン——メルコレディも魔法国の実験台とやらにされて理性を失っていたのだろう。
けど——それを誠司に伝える事は、妖精王やルネディの事も伝えなければならないという事だ。
それに伝えた所で、誠司が止まる保証はない。莉奈は唇を噛む。
「——何もないなら、邪魔するな」
「待って」
莉奈は一つの可能性に賭け、メルコレディに尋ねる。
「ねえ、シャーロン。あなたも人を苦しめたり……殺したりしたの?」
その莉奈の問いに、メルコレディはうつむき、答えた。
「……うん。いっぱい苦しめたし、いっぱい殺した」
莉奈は目を瞑り、息を吐く。
そうか、なら——覚悟は決まった。
「だ、そうだ。莉奈、満足したか? 分かったら——」
言いかける誠司の言葉を無視し、莉奈はメルコレディの元へと高速で飛来する。
「馬鹿、何をやっているんだ! すぐに離れろ!!」
怒鳴る誠司の言葉を無視して、莉奈は声を潜めメルコレディに話しかけた。
「ねえ、確認したい事があるの」
「……リナちゃん」
「ライラが溺れた時氷の床を出して助けてくれたり、海に氷の道を作ってくれたのって、あなたの力だよね?」
そうだ。あの状況は出来すぎている。偶然では片付けられない。
ビオラにピンポイントで氷床を作ったり、あんな派手な氷の道を作れる程の力はない。
なにより莉奈は気づいていた。ビオラの腰に付けている魔力回復薬が、最後に見た時から減っていない事に。
だからそれが、誰のおかげか、分かっていた。
メルコレディは寂しく微笑んで、莉奈の質問に答えた。
「……うん。知られたくなかったんだ、わたしが『厄災』だって。ほんとはビオラちゃんの手柄にしたかったんだけどね……ありがとう、リナちゃん。こんなわたしに優しくしてくれて、ありがとね。だから戻って。わたしはみんなの敵だから——」
「あなたは優しいんだね、『メル』」
「……! その呼び方、もしかして……」
「うん、ここを切り抜けたら教えてあげる」
莉奈は振り返り、小太刀を抜く。
「——おい、どういうつもりだ、莉奈」
メルコレディが過去に罪を犯していた以上、誠司には何を言っても無駄だろう。それを聞いた時から、覚悟は決まっている。自分の心に嘘はつけない。
莉奈は深呼吸をし、宣言をした。
「——ごめん、誠司さん。私、こっち側につくや」




