氷上の妖精達 05 —氷上の妖精達①—
ビオラが魔法を唱えると、一瞬にして辺りは冷気に包まれる。そして海竜と、その周囲の海が凍り付いていった。
「ギィャァァァーーッッ!」
海竜を中心に出来上がる氷床。海竜は叫び声を上げながらその氷床を破壊し、のたうち回る。
「……くっ、やっぱり一発では足りないわ」
ビオラは魔力回復薬を飲み干し海竜を睨む。莉奈は彼女に近づき、声を掛けた。
「ビオラ、まだいける!?」
「ええ、お姉様。さっそく次の詠唱を——」
そこまでビオラが言いかけた時だった。海竜はゆっくりと海の中へと潜り込んでいく。再び飛び掛かってくるかと莉奈はビオラを支えながら警戒するが——。
「上がって……来ない?」
もしかして逃げたのか? と、二人は辺りを注意深く観察する。やがて、その影を見付けたビオラが叫んだ。
「お姉様、あっち!」
ビオラの指差す方を見ると、巨大な海竜の影が海の中に浮かび上がってくるのが見えた。
その影は——陸の方へと向かっている。莉奈は慌てて通信魔法を立ち上げた。
「——ごめん、みんな! そっち行った、気をつけて!!」
三人から一斉に返事が返ってくる。莉奈はそれを聞きながら、ビオラを抱えて陸へと急ぎ向かう。
「ビオラ、もう一発!」
莉奈に言われるまでもなく詠唱を始めていたビオラは、海竜に追いついた所で詠唱を完成させる。わずかではあるが、莉奈に支えられている事で詠唱への集中も出来た。
ビオラは全魔力を乗せ、魔法を放った。
「——『凍てつく氷の魔法』!」
唱え終えると同時に魔力切れでガクンと力が抜けるビオラ。莉奈は慌てて、旋回しながらビオラを抱え飛ぶ。
ビオラの放った魔法は先程以上の威力で、再び海竜の周囲を凍りつかせた。たまらず海面から顔を出して叫ぶ海竜。
だがそれでも、海竜は動きを鈍くしながらも氷から逃げる様に逃げる様にと砂浜を目指す。
その様子を睨みながら、ビオラは力を振り絞って魔力回復薬を飲み干した。
「あはは……もうちょっと効くかと思ったんだけど、アタシじゃまだまだね……」
「大丈夫!? ビオラ!」
「ええ、ごめんなさい、お姉様。全力で魔力を乗せちゃったから、『空を飛ぶ魔法』の効果も切れちゃった。今唱え直すから、ちょっと待っててね」
「うぉいっ!」
これはいけない。陸にいるメンバーで有効な攻撃手段を持つのは、レザリアだけだ。
あの巨体に彼女の矢がどこまで通用するのか——莉奈は空中を旋回しながらビオラが魔法を唱え終えるのを待つのだった。
†
海竜がやってくる。すでに浅瀬まできたのか、今やその巨体は大部分が海面上に姿を表していた。
「来ましたね」
「大きい、すごい!」
初めて対峙する竜。レザリアは様子見で一矢、海竜に向かい放つ。しかしその矢は海竜の鱗に弾かれてしまった。
「……やはり、硬いですね」
だが、矢が当たった感覚はあった様だ。海竜は三人を睨む。
そして——。
「こっち来た!」
海竜はまだ動きの鈍い身体を引き摺りながら、レザリア達三人の方へと向かって来る。
「ライラ、シャーロン、離れてなさい。私がリナにいい所……コホン、私が海竜を引きつけますので」
「あ! レザリア、今、『リナにいい所』って言った!」
「言ってません、いえ、言いました」
そんな緊張感の無いやり取りをするレザリアとライラに、シャーロンは声を掛けた。
「あの……レザリアちゃん、ライラちゃん。大丈夫なの?」
不安がるシャーロンに、レザリアは頷き、ライラは親指を立てる。
そして、砂浜まで上がってきた海竜を見据えながらレザリアは息を吐いた。
「では、レザリア=エルシュラント、参ります」
レザリアは走りながら注意深く観察する。『凍てつく氷の魔法』が効いているのであろう、海竜の鱗には所々にひび割れている部分が散見された。
レザリアは海竜の側面に回りながら、そのひび割れた場所に向かって矢を放つ。その矢は正確に鱗を破壊し、海竜の肉体に突き刺さった。
だが——ダメージを与えられている様には見えない。海竜がレザリアを睨む。
直後、海竜は水平方向に回転した。尻尾での薙ぎ払いだ。
レザリアは飛び退きその攻撃を躱すが、遅れて風圧がやって来る。凄まじい威力だ、当たったらひとたまりもないだろう。
(……まったく、危ないですね。でも——)
再びレザリアの方を見る海竜。だが、海竜のその目に映し出されたのは、すでに目前まで迫り来る矢であった。
——トスッ、トスットスッ
「ギャァァァ――ッッ!」
レザリアの三本の矢が正確に海竜の左目を穿つ。堪らず叫び声を上げる海竜。レザリアは次の矢をつがえながらつぶやいた。
「——あなた、的が大き過ぎるんですよ」
海竜が暴れる。
見事海竜の左目を潰したレザリアだったが、海竜のそのあまりに激しい暴れっぷりに、攻めあぐねている様子だった。
そんな海竜の暴れっぷりを目の当たりにしたシャーロンは、今、ライラを抱え——必死に逃げていた。
「わ! わ! シャー、力持ち、すごい! はやい!……じゃなくて、降ろしてシャー、私も戦わなきゃ!」
「何言ってるのライラちゃん! あんなの当たったら、死んじゃうよ!」
海竜から距離を空けたところでジタバタするライラを降ろし、ライラを真っ直ぐ見つめるシャーロン。
だが、ライラは不敵に笑う。
「ふっふっふっー、実は私に作戦があるのです!」
「作戦?」
胸を張り、踏ん反り返るライラにシャーロンは聞き返す。
「あのね、竜には一枚だけ逆さに生えている『逆鱗』っていうのが喉にあるんだって。触ると怒るってヘザーが言ってた」
「……ヘザーって誰? って、うん、その話はわたしも知ってる」
「そんでね。触ると怒るって事は、触られたくないって事でしょ? つまり、そこが弱点なんだよ!」
「えぇー……まあ、確かに喉は弱点だと思うけど……」
ライラの説に、半信半疑なシャーロン。
シャーロンの知識には、確かに『竜の逆鱗には絶対に触れるな』という言い伝えはある。あるのだが——もしそこが本当に弱点なら、『竜の逆鱗を積極的に狙え』という話として広まっているのではないだろうか。
「じゃあ、行って来るね!」
「あ、ちょっと待ってライラちゃん! 作戦ってそれだけ!?」
止めようとするシャーロンの手をスルリとすり抜け、海竜へと向かって駆けて行くライラ。シャーロンも慌てて後を追おうとするが——
「危ない!」
——暴れ回る海竜の尻尾が、ライラを襲う。あんなのが直撃したら、彼女は肉片と化してしまうだろう。
シャーロンは急いで手を前に出そうとするが、駄目だ、間に合わない。薙ぎ払われる海竜の尻尾が、彼女を直撃——
「……え?」
目の前で起きた信じられない光景に、シャーロンは呆然とする。海竜の尻尾は、確かにライラを撃った。撃ったのだが——。
「おっとっとっ」
彼女は勢いで少しよろめいたものの、パタパタと元気そうに海竜に向かって駆け続けていた。
シャーロンは前に出した手をゆっくりと下ろしながらつぶやく。
「ライラちゃん。あなた、何者なの……」




