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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第二部 第七章
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氷上の妖精達 04 —五月の燕—








 ——あれは何年前だっただろうか。




「——『轟く雷鳴の魔法』」


 ナーディアの放つ雷鳴が、今はもう何もない海を撃つ。雷はバチバチと弾け、海面へと散っていった。


「——チッ、逃しちまったかい。あともう一歩だったのに。歳は取りたくないもんだねえ」


「お婆様……」


 港には去っていく海竜を忌々しい表情で眺めるナーディア。その傍らには、そのナーディアを見守るビオラの姿があった。


 海竜が村を襲ってから数十分、異変に気付いたナーディアが急いで駆けつけたものの、村は甚大な被害を受けていた。


 ナーディアの奮闘により深手を負わせる事が出来たが、不利と見るや海竜は魔法の届かない位置まで距離を置いてこちらをジッと窺う。


 そして、やがて諦めたのか、海竜は飛び跳ねながら去っていったのだった。


 すっかり穏やかになった海を眺め、ナーディアは魔力回復薬を腰から取り出す。


 ナーディアも魔女とは呼ばれているが、所詮は人間族だ。その魔力量は、魔族の魔女と呼ばれる人物には遠く及ばない。激しい魔法を連発する様な戦いでは、この魔力回復薬頼みだ。


「また来るかもね。アタシが生きてる間に来てくれればいいいんだけど」


「そんな事言わないで、お婆様」


 魔力回復薬を飲み干し呟くナーディアに、ビオラは空になった瓶を受け取りながら励ます。そんなビオラの気遣いに、ナーディアは目を細めて答えた。


「いいや、いい加減アタシもお迎えが近いからね。いいかい、ビオラ。アンタには役目がある。アタシが居なくなってから、もし奴が現れても、絶対に相手をするんじゃないよ」


「お婆様、それでは村が!」


 ビオラは声を上げる。だが、そんなビオラの頭をナーディアは優しく撫でた。


「すまないねえ。もっと色んな魔法を教えてあげられたら良かったんだけど、アンタには役目を押し付けちまった。アンタはその時が来るまで、生き延びる事に専念するんだ。村の皆んなにも、そう言ってあるから安心おし——」









 ビオラは当時の記憶を思い返しながら、空を飛ぶ。


(……ごめんなさい、お婆様。やっぱりアタシ、村の人を放っておけないわ)




 ——ビオラ、今日は大漁だ。好きなだけ持ってけ!



 ——ビオラちゃん、今日はウチでご飯食べていきなよ!



 ——館に招待してくれるって!?……いやあ、あはは、申し訳ないからな、遠慮しとくよ……。




 村の人々の顔が目に浮かぶ。ビオラに優しくしてくれる村の人達。


 その人達に、アタシは何も恩返し出来てないじゃないか——アタシだって、何かしてあげたいんだから!


 ビオラは村人達の為、先代南の魔女ナーディアがとどめを刺しきれなかった憎き海竜へと向かい、一直線に飛んで行く。


 その後を追うように飛んでいる莉奈は、相手に近づくにつれ分かるその巨体に驚愕していた。


(……でっ、か!)


 学校のプールよりも全然大きい。尻尾まで合わせれば、五十メートルぐらいあるのではないだろうか。


 今、海竜は飛んでくる莉奈達に気がつき警戒をしている。莉奈はビオラに並んで、作戦を伝える。


「ビオラ、私があいつの注意を引き付けるから、あなたは魔法に集中して」


「分かったわ。ごめんね、お姉様。気をつけてね」


「任せなさい!」


 と、強がってはみたものの、海竜に叩かれたり飲み込まれたりしたら一発アウトだ。


 莉奈はまず、相手の動きを観察する事にする。


 空にいるからといって、飛び跳ねられたら決して安全とはいえない。莉奈は、海竜の周りを旋回する。


「やいやいやい、このデカブツめ! コネで三つ星冒険者になった、この莉奈さんが相手だ! 覚悟しなさいっ!」


 海竜に向かって、言葉は通じないと思うが一応煽ってみる。


 しかし、その煽りに呼応するかの様に、海竜は海へ沈み——次の瞬間、大きな口を開いて莉奈目掛けて飛んできた。


(いやいやいや、だから怖いって!)


 水飛沫と共に迫って来る海竜の顔を躱し、莉奈は反撃を試みようとするが——


「お姉様、後ろ!」


 ——詠唱を中断して叫ばれるビオラの声を聞き、慌てて回避行動をとる。その直後、莉奈のいた場所を尻尾が通過した。


 海竜はそのまま海へと落ちる。立ち昇る水柱。莉奈はビオラに通信をする。


「——さんきゅ、ビオラ。でも、もう大丈夫。あなたは魔法に専念して」


『——……ええ!』


 再び海竜は水面から顔を出し莉奈を見上げる。莉奈も海竜を睨む。ただ、莉奈は今の一回の交戦で確信した。


(ヴァナルガンドさんより……遅い!)


 当たり前ではあるが、空中を駆けるヴァナルガンドと、ただ跳ねるだけの海竜では、空中戦では雲泥の差だろう。


 尻尾の攻撃には気をつけなければならないが、莉奈にとって空中では、ただ大きいだけの相手だ。


 莉奈はニヤリと笑い、海竜に向かって手の平を上に向けクイックイッと動かす。その挑発に乗ったのか、海竜は鳴き声を上げ海へと潜った。


(……来る)


 激しい水飛沫の音と共に、海竜は今度は莉奈の背後から飛び掛かってきた。


 だが、どこから襲い掛かってきても同じ事だ。莉奈は海竜の攻撃が届かない位置まで急上昇をする。


 空振りに終わる海竜の噛みつき攻撃。その跳躍の頂点で、莉奈は海竜の顔目掛けて高速で飛び向かった。


「いただきっ!」


 その莉奈の小太刀の一刀は、海竜の髭を斬り裂く。悲鳴を上げる海竜。


 海竜は身を反転させると同時に、莉奈に尻尾を叩きつけようとした。


 しかし——。



「結構狙い、正確だよね」



 莉奈は身体をずらし、尻尾の軌跡へ小太刀の刃を置く。


 果たして、降り下ろされた尻尾は見事小太刀を通過し、切り離された尻尾の先端が宙を舞った。


 落ちていく海竜。その様子を見ていたビオラは驚愕をする。


 昨日の特訓で、莉奈の空を飛ぶ技術が只者ではない事は分かっていた。いや、分かっていたつもりだった。


 だが、いざこうして自由に飛び回っている姿を目の当たりにしてしまうと、同じ空を飛ぶ者としてビオラには分かってしまう。異常だ。レベルが違い過ぎる。


(……さすがお姉様、すごいわ。アタシもいつか、あれぐらい飛べる様になりたいな……)


 ビオラは憧憬の人物を眺め、そして海竜の方に向き直る。水柱の後に海面に顔を出した海竜は、怒り狂っていた。


(それじゃあ、次はアタシの番ね)


 言の葉が紡ぎ終わる。魔力が杖に収束する。


 ビオラは海竜に向かい、その魔法の名を唱えた。



「——『凍てつく氷の魔法』!」





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