氷上の妖精達 03 —それは跳ね、嘲り笑う—
「私、ライラっていいます、十六歳です!」
「アタシはビオラ。よろしくね」
「ライラちゃんにビオラちゃんね。よろしく!うわあ、おいしそー!」
「食べて食べてー!」
「うん、いただきますっ!」
二人との顔合わせを終え、シャーロンはサンドイッチにかぶりつく。
練習も兼ねていたので、余分に作ってあったのが幸いした。残った分は誠司に押し付けようとしていたのだが、その必要もなさそうだ。
莉奈達は雑談をしながら彼女の様子を見守る。そして——
「ふぅ、ごちそうさま! ありがとう、生き返ったよ」
——瞬く間にサンドイッチを平らげたシャーロンは幸せそうにお腹をさすっている。
そんな彼女の様子を見て、莉奈はにこやかにシャーロンに尋ねた。
「そんで、シャーロン。倒れた理由はなんとなく分かったけど、なんであんな所歩いてたの?」
「え? あの、うん。お腹空き過ぎちゃったの、ごめんね。ええとね……思い出した、散歩。散歩してたんだ。うん、食べ物を探し求めて」
食べ物を探し求めて散歩——その言葉に何か引っかからない訳でもないが、こんなに幸せそうに食事をするのだ。悪い人ではないだろうというのが莉奈の印象だ。
「そっか。この後は暇? これも何かの縁だし、せっかくだから私達と一緒に遊ぶ?」
「そだよ。シャー、一緒に遊ぼ!」
「ええと……嬉しいけど……わたしは……」
莉奈とライラの誘いに、口ごもるシャーロン。と、その時だった。
突然、まるで何かが海に落ちた様な大きく激しい音が聞こえてきた。
五人は顔を見合わせて表へと出る。
海の中から何かが跳ね上がった。そして、落ちると同時に再び鳴り響く激しい音。
「何よ、あれ……」
それを目撃した莉奈は、絶句する。
それは青味がかった長い体躯を持ち、竜の様な頭部を持っていた。
四つの脚に長い尻尾、全身は硬そうな鱗で覆われており、特に背部は鱗が盛り上がっている。そう、あれはまるで——。
「——お姉様……あれは『海竜』だわ」
——莉奈の想像を肯定するかの様に、ビオラがつぶやいた。
「……海……竜?」
「ええ。とても獰猛な怪物。れっきとした竜の一種よ」
ビオラが海竜を真っ直ぐ睨み、答える。そして彼女は振り返り、小屋へと急いで引き返した。
その様子を見た莉奈は、皆に叫ぶ。
「みんな、逃げるよ!」
莉奈の声に皆頷き、荷物を取りに小屋へ戻ろうとするが——小屋から魔法の杖と、沢山の魔力回復薬が差し込まれた腰巻きのホルダーを手にしたビオラが出てきた。
「お姉様、皆さんは逃げて。アタシは……戦ってくるわ」
「ビオラ! なんで!」
莉奈の悲痛な声も聞こえていないかの様に、ビオラは腰にホルダーを巻く。
「——あの海竜は、何年前だったかしら。お婆様が仕留め切れずに逃がした海竜なの。あれを放っておいたら、村が危ない。当時も大変な事になったわ」
「でも!」
止めようとする莉奈の声に首を振り、ビオラは海竜を睨みながら続ける。
「大丈夫よ、お姉様。アタシは『南の魔女』。うん、大丈夫。それに——今のアタシには『空を飛ぶ魔法』がある」
ビオラはそう言って、莉奈の方を見て微笑んだ。
だが、莉奈は気づいてしまった。その彼女の身体が、小刻みに震えている事に。
その視線を気にする事なく、彼女は『空を飛ぶ魔法』の詠唱を始める。
莉奈はビオラの決心を感じ取り、小屋へと駆け込む。そして、小太刀を携え戻ってきた。
詠唱を続けながらも驚いた顔をするビオラ。そんな彼女に、莉奈は小太刀を背中に縛りつけながら語りかける。
「じゃあ、私も戦う。私はビオラの師匠だからね。他のみんなは逃げて——」
そう言って莉奈は皆の方を振り返ったが、レザリアとライラの姿がない。
おや? と思う間もなく、レザリアは弓矢を、ライラは杖を持って小屋から出てきた。
「もう! 放っておくと、リナはすぐに危ない事するんですから!」
「みんな戦うんでしょ? 私も戦うよ!」
そんな二人の言葉に、莉奈はため息をつく。
「ねえ、あなた達……あなた達に何かあったら、私の責任になる事、わかって言ってる?」
冒険者の決まりだ。パーティーに何かあった場合、一番ランクの高い者が全責任を負う。
その事を思い出し、二人は「うっ……」と言葉を詰まらせる。そんな二人の手を取って、莉奈は続けた。
「——いい? だから危なくなったら、すぐに逃げるんだよ? 頼りにしてるからね」
「……うん! もちろん!」
元気よく返事をする二人に口元を緩ませながら、莉奈はシャーロンの方を向く。
「シャーロン、あなたは逃げて。でも、また空腹で倒れない様にね?」
だが、そんなおどけてみせる莉奈の言葉に対し、シャーロンは首を横に振った。
「わたしも……役に立てる事があるかもしれない。ご飯のお礼もしたいし」
「ちょっと待って。本当に危ないから……」
「大丈夫だよ、リナちゃん。危なくなったらすぐ逃げるから。お願い、いさせて」
シャーロンは真剣な眼差しで莉奈を見つめる。その眼差しを受け、莉奈は考える。
——基本は海上での戦いになるだろう。ライラには誠司さんに代わって貰おうとも思ったけど、誠司さんでは海竜への攻撃手段がない。
それなら、万一に備え、回復役としてライラにいてもらった方が良さそうだ。だったら——
「——分かった。シャーロンはライラの後ろに控えてて。ライラ、シャーロンを守ってあげるんだよ」
「任せて!」
「ありがとう、リナちゃん!」
こうして皆が頷きあった所で、ビオラが言の葉を紡ぎ終えた。
「——『空を飛ぶ魔法』」
溢れ出した魔力が彼女の身体に収束する。それを見た莉奈は、ビオラに話しかけた。
「さて、ビオラ。どうやって戦うつもりなの? 教えて」
「簡単よ、お姉様。アイツが動かなくなるまで、空から『凍てつく氷の魔法』を打ち込むだけ」
「……えっ、それだけ?」
「ええ、そうだけど?」
何というパワープレイだろう。莉奈は目を覆う。彼女の魔法の威力は分からないが、もうちょっと弱点狙いとかあるのかと思っていた。
でも——単純だからこそ、臨機応変に立ち回りやすいかもしれない。
「オーケー。じゃあ皆んな通信魔法。シャーロンは使える?」
「うん、もちろん」
「じゃあ、みんないくよ——」
五人は手を取り、互いを繋ぎ合う。
「——『想いを繋ぐ魔法』」
互いを繋ぎ合った莉奈が、ビオラが、ライラが、レザリアが、シャーロンが海竜を睨む。
その海竜は、獰猛な鳴き声を響かせる。
そして、まるで無力な者達を嘲り笑うかの様に悠々と海上へと跳ね上がり、こちらを真っ直ぐに見るのだった。




