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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第二部 第七章
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氷上の妖精達 03 —それは跳ね、嘲り笑う—







「私、ライラっていいます、十六歳です!」


「アタシはビオラ。よろしくね」


「ライラちゃんにビオラちゃんね。よろしく!うわあ、おいしそー!」


「食べて食べてー!」


「うん、いただきますっ!」


 二人との顔合わせを終え、シャーロンはサンドイッチにかぶりつく。


 練習も兼ねていたので、余分に作ってあったのが幸いした。残った分は誠司に押し付けようとしていたのだが、その必要もなさそうだ。


 莉奈達は雑談をしながら彼女の様子を見守る。そして——


「ふぅ、ごちそうさま! ありがとう、生き返ったよ」


 ——瞬く間にサンドイッチを平らげたシャーロンは幸せそうにお腹をさすっている。


 そんな彼女の様子を見て、莉奈はにこやかにシャーロンに尋ねた。


「そんで、シャーロン。倒れた理由はなんとなく分かったけど、なんであんな所歩いてたの?」


「え? あの、うん。お腹空き過ぎちゃったの、ごめんね。ええとね……思い出した、散歩。散歩してたんだ。うん、食べ物を探し求めて」


 食べ物を探し求めて散歩——その言葉に何か引っかからない訳でもないが、こんなに幸せそうに食事をするのだ。悪い人ではないだろうというのが莉奈の印象だ。


「そっか。この後は暇? これも何かの縁だし、せっかくだから私達と一緒に遊ぶ?」


「そだよ。シャー、一緒に遊ぼ!」


「ええと……嬉しいけど……わたしは……」


 莉奈とライラの誘いに、口ごもるシャーロン。と、その時だった。



 突然、まるで何かが海に落ちた様な大きく激しい音が聞こえてきた。



 五人は顔を見合わせて表へと出る。


 海の中から何かが跳ね上がった。そして、落ちると同時に再び鳴り響く激しい音。


「何よ、あれ……」


 それを目撃した莉奈は、絶句する。


 それは青味がかった長い体躯を持ち、竜の様な頭部を持っていた。


 四つの脚に長い尻尾、全身は硬そうな鱗で覆われており、特に背部は鱗が盛り上がっている。そう、あれはまるで——。


「——お姉様……あれは『海竜』だわ」


 ——莉奈の想像を肯定するかの様に、ビオラがつぶやいた。


「……海……竜?」


「ええ。とても獰猛な怪物。れっきとした竜の一種よ」


 ビオラが海竜を真っ直ぐ睨み、答える。そして彼女は振り返り、小屋へと急いで引き返した。


 その様子を見た莉奈は、皆に叫ぶ。


「みんな、逃げるよ!」


 莉奈の声に皆頷き、荷物を取りに小屋へ戻ろうとするが——小屋から魔法の杖と、沢山の魔力回復薬が差し込まれた腰巻きのホルダーを手にしたビオラが出てきた。


「お姉様、皆さんは逃げて。アタシは……戦ってくるわ」


「ビオラ! なんで!」


 莉奈の悲痛な声も聞こえていないかの様に、ビオラは腰にホルダーを巻く。


「——あの海竜は、何年前だったかしら。お婆様が仕留め切れずに逃がした海竜なの。あれを放っておいたら、村が危ない。当時も大変な事になったわ」


「でも!」


 止めようとする莉奈の声に首を振り、ビオラは海竜を睨みながら続ける。


「大丈夫よ、お姉様。アタシは『南の魔女』。うん、大丈夫。それに——今のアタシには『空を飛ぶ魔法』がある」


 ビオラはそう言って、莉奈の方を見て微笑んだ。


 だが、莉奈は気づいてしまった。その彼女の身体が、小刻みに震えている事に。


 その視線を気にする事なく、彼女は『空を飛ぶ魔法』の詠唱を始める。


 莉奈はビオラの決心を感じ取り、小屋へと駆け込む。そして、小太刀をたずさえ戻ってきた。


 詠唱を続けながらも驚いた顔をするビオラ。そんな彼女に、莉奈は小太刀を背中に縛りつけながら語りかける。


「じゃあ、私も戦う。私はビオラの師匠だからね。他のみんなは逃げて——」


 そう言って莉奈は皆の方を振り返ったが、レザリアとライラの姿がない。


 おや? と思う間もなく、レザリアは弓矢を、ライラは杖を持って小屋から出てきた。


「もう! 放っておくと、リナはすぐに危ない事するんですから!」


「みんな戦うんでしょ? 私も戦うよ!」


 そんな二人の言葉に、莉奈はため息をつく。


「ねえ、あなた達……あなた達に何かあったら、私の責任になる事、わかって言ってる?」


 冒険者の決まりだ。パーティーに何かあった場合、一番ランクの高い者が全責任を負う。


 その事を思い出し、二人は「うっ……」と言葉を詰まらせる。そんな二人の手を取って、莉奈は続けた。


「——いい? だから危なくなったら、すぐに逃げるんだよ? 頼りにしてるからね」


「……うん! もちろん!」


 元気よく返事をする二人に口元を緩ませながら、莉奈はシャーロンの方を向く。


「シャーロン、あなたは逃げて。でも、また空腹で倒れない様にね?」


 だが、そんなおどけてみせる莉奈の言葉に対し、シャーロンは首を横に振った。


「わたしも……役に立てる事があるかもしれない。ご飯のお礼もしたいし」


「ちょっと待って。本当に危ないから……」


「大丈夫だよ、リナちゃん。危なくなったらすぐ逃げるから。お願い、いさせて」


 シャーロンは真剣な眼差しで莉奈を見つめる。その眼差しを受け、莉奈は考える。



 ——基本は海上での戦いになるだろう。ライラには誠司さんに代わって貰おうとも思ったけど、誠司さんでは海竜への攻撃手段がない。


 それなら、万一に備え、回復役としてライラにいてもらった方が良さそうだ。だったら——



「——分かった。シャーロンはライラの後ろに控えてて。ライラ、シャーロンを守ってあげるんだよ」


「任せて!」


「ありがとう、リナちゃん!」


 こうして皆が頷きあった所で、ビオラが言の葉を紡ぎ終えた。


「——『空を飛ぶ魔法』」


 溢れ出した魔力が彼女の身体に収束する。それを見た莉奈は、ビオラに話しかけた。


「さて、ビオラ。どうやって戦うつもりなの? 教えて」


「簡単よ、お姉様。アイツが動かなくなるまで、空から『凍てつく氷の魔法』を打ち込むだけ」


「……えっ、それだけ?」


「ええ、そうだけど?」


 何というパワープレイだろう。莉奈は目を覆う。彼女の魔法の威力は分からないが、もうちょっと弱点狙いとかあるのかと思っていた。


 でも——単純だからこそ、臨機応変に立ち回りやすいかもしれない。


「オーケー。じゃあ皆んな通信魔法。シャーロンは使える?」


「うん、もちろん」


「じゃあ、みんないくよ——」


 五人は手を取り、互いを繋ぎ合う。


「——『想いを繋ぐ魔法』」


 互いを繋ぎ合った莉奈が、ビオラが、ライラが、レザリアが、シャーロンが海竜を睨む。


 その海竜は、獰猛な鳴き声を響かせる。


 そして、まるで無力な者達をあざけり笑うかの様に悠々と海上へと跳ね上がり、こちらを真っ直ぐに見るのだった。






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