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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第二部 第六章
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『南の魔女』 09 —惨劇の宴—








「お待たせしました。さあ、遠慮せずどんどん召し上がってね!」


 笑顔で料理を運んで来るビオラ。私達の前に並べられていく料理みたいな何か。なんだよコレ。私達は顔を見合わせる。


 私達の目の前にあるのは、とてもじゃないが料理とは呼べない代物だ。


 全体的に紫がかった色合いに、異臭とまでは言わないが、決して食べ物からはしない匂いを放つ、名状めいじょうし難き何か。


 かろうじて皿に乗っている事で、料理であろうと判別できる。いや、なんか魔女の釜で煮込んだ魔法的な何かだろコレ。


 これは、アレだ。ビオラは物語に一人はいる、壊滅的に料理が下手な人なのか。ここか、ここで来てしまうのか——。


 私達はアイコンタクトで相談を——


「?……どうしたの、皆さん。冷めない内に……」


「申し訳ありません。私は食事がとれませんので、私の分は皆さんでお召し上がり下さい」


 料理から目を背け、澄まし顔で言ってのけるヘザー。上手い事逃げやがった。くっ、確かにそうだけどさあ、そうなんだけどさあ! 私達にふらないでよ。


「あ、そうだったわ。すっかり忘れてた。じゃあ、ヘザーさんの分は皆さんに分けますね」


 ヘザーいち抜けか。まずい、何か、何か私も——。


「あ、ああ、そうだビオラ君。私はそろそろ娘と身体を交換しなくてはならなくてね。そういう体質なんだ。すまない、私の分は娘に食べさせてくれ」


 おい、ちょっと待て誠司さん。愛娘を犠牲にする気か? くそ、信じられない。後でしっかりライラにチクってやるからなっ!


「あら、そうなの? よく分からないけど、せめて一口だけでも——」


「あー、あー、もう限界だ。いやあ、残念だ。ライラ、ライラ、今すぐ起きなさい」


 急いでかたわらに置いてある刀を握りしめる誠司さん。その直後、誠司さんの身体が光に包まれる。なりふり構ってないな、ちくしょう。


 一瞬の光の後、現れる少女。



 少女はいつもの様に自分の身を守る祈りを捧げる——。



 その様子をポカンとした表情で見つめるビオラ。まあ、説明がないとそうなるよね。


「あのね、ビオラ。こちら誠司さんの娘のライラ。訳あってどっちかしか出て来れなくて、今みたいに誠司さんと入れ替わる事になってるんだ」


「そ、そうなんだ。ごめんなさい、少し驚いちゃって」


 やがて祈りを終えた少女は目を開ける。そして目の前に並べられている物をジッと見つめ、開口一番——



「なにこれ」



 ——うおーい、空気読め!


「ライラ、ライラ! あのね、こちら『南の魔女』のビオラさん。はい、挨拶っ!」


「わ! ビオラさん、私、ライラっていいます。十六歳です!」


 ペコリと頭を下げるライラ。ビオラも状況を理解出来たのか、笑顔でライラに返す。


「よろしくね、ライラちゃん。今日はね、あなた達のためにご馳走様を用意したの。いっぱい食べてね」


 ビオラの言葉に、目の前に並べられている何かをマジマジと眺めるライラ。


「……これが……料理……」


「さ、ライラ! いっぱい食べちゃおうね!」


 大丈夫、食いしん坊のライラなら、きっとやってくれるはず。


 私の言葉を受け、ライラは「いただきます……」と言い、恐る恐る料理を口に運ぶ。そして一口——行った!


 私が固唾を飲んで見守っていると、ライラはスプーンをそっとテーブルに置き、目を閉じて祈りを捧げる——。



「——『毒を無くす魔法』」



 そんなにかよ! 毒なのか、コレ、毒なのか!?


 その様子を見たビオラもさすがに察したのか、今にも泣き出しそうな顔になってしまう。


「……お口に……合わなかったの……?」


 その顔を見て、ライラは助けを求める様な視線で私を見た。頼むからそんな目で見ないでおくれ。


 返事をしないライラのその表情を見たビオラは、目を拭いながら私の方を向いた。


「……お姉様。一口食べて、正直な感想を聞かせてくれる? どんな感想でもいいから」


 来た。来てしまった、私の順番が。断れない順番が。仕方ない。覚悟を決めよう。


「……うん、分かった、ビオラ。でも、正直に言うよ?」


「……ええ、お姉様に言われるなら」


 私はその場にいる三人と顔を合わせ頷き合い、スプーンで一口分掬い取る。


 そして、震える手でそれを口に——含んだ。



 うんうん、なるほどね。



「……どう、お姉様。感想は——」


「不味い」


「……え?」


 私は、口の中の物を無理矢理飲み込み、続ける。


「不味いって言った。料理に対する冒涜だ。ビオラ、あなた味見した?」


「いえ、お客様に出す物に口をつける訳には……」


「食べて」


「……でも」


「食べなさい」


 私に促され、自分の料理を口に含むビオラ。


 そしてこちらの方を向き——泣きながら口からダバーッと吐き出した。よかった、味音痴ではなさそうだ。


「いい? あなたのした事は、まず、食べてもらう人に失礼。そして食材に失礼。その食材を作った人達に失礼。ここまではいい?」


「……うん」


 いけない、あまりの不味さに変なスイッチが入ってしまった。だが、言ってあげるのが彼女の為だ。


「あなた料理は? 普段はしてるの? 村の人に食べさせた事は?」


「あの……魔法の練習が忙しくて、普段は丸かじりしたり、火を通すだけだったり……ちゃんと味付けしたのは、一回村の人にご馳走様した時だけ……」


 なるほど、だから村の人は寄り付かなくなったのか。私はビオラの腕を引っ張る。


「ビオラ、こっちへいらっしゃい。レシピ本はある? ちゃんと見て作った?」


「なんとなくは……」


「なんとなくじゃダメ! レシピには意味があるの。魔法と一緒!」


「……!!」


「あなた、変なアレンジ加えようとしたでしょ?」


「……うん、自分の好きな物入れてみたり、こうしたら美味しくなるかなあって、直感で……」


「百年早い!」


「ひいっ! ごめんなさい、師匠っ!」




 ——こうして、私とビオラの料理の特訓が始まった。



「師匠! 適量ってどのくらいでしょう!」


「適量は適量だっ!」


「分かりませんっ!」


「ええとね、最初はほんの少し、思ったより少ないくらい。足すことは出来ても引くことは出来ないからね。見ててね——」


「はあぁ、お姉様……」





 そして、惨劇の宴から二時間。飴と鞭でビオラとの特訓を終えた私は、すっかりお腹を空かせているライラの元へと料理を運ぶ。


 おや? さっきの料理らしき物が片付けられている。まさか、食べたのか?


「ねえ、ヘザー。あの名状し難き物は?」


「名状し難き……ああ、あれは薬の材料になりそうなので回収しておきましたよ」


「おお、さんきゅ!」


 さすがに食材の成れの果てとはいえ、棄てるのは忍びない。ヘザーならきっと、有効活用してくれる事だろう。


「はい、じゃ、お待たせー。たんとお食べ」


「わ! 久しぶりのリナの料理だ! レアだ!」


 実はこの世界に来てからは、色々な訓練に夢中であまり料理はしていない。


 でも、私は小さい頃から自分で料理をしてきたんだ。たまに作ると、ライラは美味しい美味しいと言って食べてくれる。でもね、ライラ——。


「ふふーん。私は手伝っただけ、ほとんどビオラが作ったんだよー。どう、美味しそうでしょ」


「うそ!? でもリナの料理の匂いがするよ!」


 鼻いいな、こいつ。


 確かに、レシピから外れる場合のお手本として、私が最後に味付けを実践してみせた。変えていい部分、変えてはいけない部分——だからレシピには、適量という文字があるのだ。


 でも、レシピを守り、頑張って作り上げたのはビオラだ。彼女は真面目だ。今日教えた事を守れば、遠くない内に村の人に料理を振る舞える日も来るだろう。


 ライラは美味しそうにパクつく。


「んー、おいしー! ビオラ、すごい!」


「……ホント?……やだ、嬉しいよ、お姉様……」


「ビオラが頑張ったからだよ。さ、私も食べよー。ほら、ビオラも!」


「……うん!」




 こうして、無事惨劇を回避した私達はなごやかに夜を過ごした。ビオラは『南の魔女』とは言え、私ともライラとも歳が近い。話は盛り上がる。



「——でもさあ、ここら辺の海、崖ばっかりじゃん。砂浜とかあれば海で遊んでいきたかったんだけどねー」


 私の愚痴に、ビオラは不敵に笑う。


「ふふふ。お姉様、ありますよ——砂浜」


「!!……マジか」


「ええ、それはもう、ちゃんとした砂浜が——」


 ビオラの言葉に、私は胸を躍らせる。海。憧れの海。そこであんな事になってしまうとは。



 ——私に決断の時が迫る。







これにて第六章終了。

第二部も、最後の舞台へと移ります。


引き続き、お楽しみ下さいませ。

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